エピローグ
「やーまーぐーちー、あーきーひーろー」
2人が遠くから駆け寄ってくる騎馬を見た時、マイチだと気づく
までに時間がかかる。着崩れてはいたが、服装がいつもと違って
華麗な装いに、同一人物の確認にタイムラグが発生した為だった。
あと髭も短めに整えてあったのも大きかったかもしれない。
2人の目の前で馬から降りた彼は、乱れた呼吸と着崩れを正して、
畑の中にいた彼らを木陰に引き寄せて問いかける。
周りにいた村人は、次々に村へ帰っていった。
マイチが珍しく、分かりやすい手振りで人払いを命じたのだ。
「今日の朝からサンシカンより呼び出しを受けて、
この国のカンショ栽培について任されたんじゃ。
それは良いんじゃが、不可思議な人物に会っての。
「バックナー〜」という名前で背がこーんなに高くてな、
覆面をかぶって緑色の目をしておったの。2人とも、心当たりはないかの?」
彼は山口さんの頭より少しだけ高い位置に手を差し伸べて尋ねた。
山口さんは
「緑色の目でバックナーという名前ならアメリカ人辺りではないか?」
と答える。
「歳はいくつくらい?雰囲気は偉い人?覆面のほかに何か特徴的な
服装はしていなかった?」
叡弘が細かく尋ねると、マイチは近くに落ちていた木の棒で、
異国人の服装を地べたへ簡単に描き始めた。
「服の色は明るい草の色で……袂がほとんど無いが長い袖じゃった。
脚も布の少ない袴のような仕上がりだったの。
それで人の上に立ちそうな口振りとかなり教養のありそうな眼差し
をしとった。国を司るサンシカンや、ウラシイ王子と普通に話を
していたから、相当な奴かもしれないの。
手を握られて挨拶された時に見た、日焼けした大きな手が、
赤くなっておったな。
声は低く落ち着いて、少ししゃがれておった。
歳は四十路前のワシや五十路のジャナウェーカタよりも年上で、
そろそろ古希に近いウラシイ王子よりは少し若いかもしれんの。
覆面で見れなかったが、顔が見れても、
異国人の顔は彫りが深くて年がサッパリじゃからの。うーむ……」
見た目秘密結社の構成員のような、ふざけた人物像ができたが、
彼は大真面目である。
少しの間、3人に沈黙が流れた。
「……イヤイヤイヤイヤ、ありえないありえないから。
米国屈指の司令官様がなんでココにいるワケ?おかしいし、
訳わかんない」
山口は彼の描いた絵を見て、小声でありえないと首を横に振り言う。
その様子を見ていた歴史に疎い叡弘も、良く分からないと言う表情
をしていた。
叡弘は
「山口さん、今度はなんだい?ダグラス・マッカーサーでも出て来たの?」
と誘い水を山口さんに向けてみる。
彼の中で条件とマッチしている『マッカーサー』は、
カラー写真で名前と顔ぐらいしか知らないが……
「……キセルは?やたらでかいキセルとか、持ってなかったか?」
と山口さんは食い入るように彼に叫ぶ。
答えは「いいえ」だった。
ひとまずその異国人がダグラス・マッカーサー氏
である可能性を潰して山口さんは凄くホッとしている。
……ように叡弘には見えた。
「まだ俺の予測なんだけど……有名な方の「バックナーさん」は
沖縄戦のアメリカ陸軍側のトップで指揮官なんだ。
確か戦死したはず?なんだよな。俺たちみたいに、こっちに来ち
まったのかなぁ。イヤイヤ、戦争のプロが出て来たよ……
マイチさんは何か変な事言われたか?」
ひどく憂鬱そうに彼へ尋ねる。
「そういえば……、
『国の貧しさは民を深く傷つける。私の生まれた国もそうやって
酷い戦争に巻き込まれた。豊かさは我々の盾になるだろう』って
低い声で言われて手を握られたの」と
彼は不思議そうな表情で呟く。
山口はため息をついて、
「戦争の話はしていなかったなら良いんだが……
奴さんが本気で戦争に動いたら、国の将来が本当に無くなるぜ。
それにしても、マイチさんは彼に敬意を払われたんだな。
手を握ったのは彼らの挨拶なんだよ」と2人に言った。
彼は本当に済まなさそうに、
「ふむ。話はしていなかったが……すまんの。
国の外交は国王陛下とサンシカン達に任せるのが従来のしきたり
なんじゃ。一介のペーチンが口を挟める問題ではないの。
下手したら、ワシの首が飛んで、一族も路頭に迷ってしまう。
……許してくれの」と謝ってしまうほど恐縮していた。
「いえ、心配しすぎたのはこちらの方で。どうか気にしないで
くださいね。……いやサツマが攻めて来ても大丈夫な気がして来た。
でも戦の準備なんてかけらも見当たらないからな。
何考えているんだろう」
山口さんは謝りながら呟やいている。
すでに見た目が身分の低い農民と、身分の高いサムレが取り交す
会話では無くなって来ていた。
「ジャナウェーカタはカンショを国中に広めて、
生まれた利益を基にして謝恩使を送ると確かに言っていた。
……じゃが、もしもその金で戦の準備をしておったら?」
マイチが呟いて3人は生唾を飲み込む。
叡弘はハッとして、
「今は何もしていないように見せかけて、すでに戦争が始まって
いるとしたら、とんでもないことになりますよ」と続ける。
山口さんが
「……いや、もう始まっている。カンショの栽培も、きっと戦争の
一端に過ぎない。民に戦局を左右されるのを防ぐ為に、必要になる
ギリギリまで隠すつもりだろう。……俺ならそうする。
マイチさん、叡弘。やっぱり俺は彼に会わなくてはならない。
会わせてもらえないだろうか?」と
山口さんは渋い顔で答えを導き出した。
これは早い夕方の、カンショ畑でのお伽話。
【次のお話は……】
3章のあらすじ紹介になります。
【「旅の場所」沖縄県 那覇市 儀間】
エピローグ サイモン・ボリバー・バックナー・ジュニア 了
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