第26話
ノグ二村からの帰還よりさらに一月後、
マイチはスイ城の一室に呼び出された。
呼び出し人は今をときめくサンシカン、
ジャナウェーカタだった。
彼はは迷った挙句に1人でこの呼び出しに応じる。
「中央のサンシカン様から一介のペーチンに一体何の用向きなのか、
……さっぱり分からんの。
やっと最近、カンショの育ちが村で安定してきたのにもったいないの」
と一人ゴチる。彼は全く、意識をカンショに振り分けられている。
呼び出しに応え、部屋で待たされる彼は、
己の身分に合わせた黄色のハチマチと衣装で畏まっていた。
しばらくして「サンシカンの御前である、控えられよ」と
侍従から声をかけられる。
姿勢を正して、畏まって叩頭の礼を取る。
入って来たのはサンシカンだけではなく、他にウラシイ王子と
謎の覆面男がいた。
目の端で捉えた服は見慣れないが、仕立てもらったのだろう、
やたらと機能的な服装だと彼は内心思い至る。
事実、琉装を着慣れないバックナージュニアはこちらの和装を好んだ。
「この度サンシカンに任命されたジャナである。以後見知り置くように」
彼へサンシカンの1人から挨拶をされた。
他の人物の様子を見てみると、
どうやらこの中で、ジャナが牛耳を執る立場なのが良く分かった。
「……チャタン間切までの道のりは大変じゃったの、強い子よ。
望んだ収穫はあったかの?」と
ウラシイ王子がホクホクとした笑顔で尋ねる。
面識のあるウラシイ王子がいてホッとしたのか、彼は笑顔で答えた。
「はい。この国の嵐に打ち克つ作物を、
私の親友であるマチューが明国より命がけで持って来てくれました。
私は忙しいマチューの代わりに、国中へこの作物を広めたいと
考えています」
ジャナウェーカタが
「実のある報告に感謝する。現在、国王陛下直々に諸侯らへ命じて
急ぎ検地を進め、カンショの作付け面積と年貢米の作付け調整を
行っている。カンショから得られる利益からトクガワへ謝恩使の
支度をする為だ。検地で得る情報と君の手腕何如によって、
この国の行く末まで決まってしまう。
……ギマのペーチンよ。かなり重たい任務だが、
請けてくれるか?」
あまりにも重い問いと眼差しに、彼は一瞬言葉を詰まらせる。
しかし静かな笑みを湛え、問いへ応じた。
「この国の民は貧しく、腹が満たされていない者がほとんど。
貧しさは私たちにとって近い内に致命傷となるはずです。
ですから、カンショによって少しでも多くの、できればこの国の
民全員が飢えぬようにしていきたい。
それが実現できるのなら、トクガワ様の件はおまけでついて来て
くれましょう。
カンショの件はどうぞ、このギマへお任せくださいませ」
「そうだ。国の貧しさは民を深く傷つける。私の生まれた国も
そうやって酷い戦争に巻き込まれた。
豊かさは我々の盾になるだろう」
と彼の意見に謎の覆面男が力強く同意してくれている。
端から見ると酷く滑稽だが、誰も何も言わなかった。
マイチはキョトンとして近づいてくる覆面男を見つめる。
「強い子には紹介が遅れたの。こちらはバックナージュニア殿と言ってな。
詳しくは言えんが、遠くから来たワシらの大事なお客さんなんじゃよ。
難しい相談事を一緒に解決してもらっているんじゃの」と
彼に将軍を紹介する。
彼に近づいて握手をする覆面男と視線が合う。
緑色の瞳は優しい光を放っているが、眼光の底深さに
内心怖くなり彼は急いで視線を離す。
(山口を連れてこれば良かった。何ぞ分かる事があったやもしれん……)
とマイチは困惑しながらも、考えを巡らせた。
要件を済ませ、彼は部屋から退出し騎馬で王宮からギマ村へ戻る。
最初こそションボリしていたマイチだが、
「大丈夫。マチューもきっと、最初は1人ぼっちだったからの。
ワシにも愉快な仲間がたくさん居るではないか」と思い直す。
彼の立ち直りの早さは一級品である。
ギマ村では村人たちがマイチを出迎えてくれた。
1月あまり前の「ペーチン様の強行軍」を覚えていたのだ。
「父上、無事のお戻りになって、嬉しゅうございます」
と息子からも明るい声がかかる。
最近では彼の息子も一緒に、カンショ栽培を勧めるようになった。
この間まで書類仕事に埋もれていた青白いもやしっ子は、
細いままだがすっかり日に焼け、たくましい印象に変わっている。
村に着くなり、「山口か叡弘はおらんか?」と
息子にマイチが尋ねる。ついでにハチマチも預かってもらった。
「ご一緒に海の砦に近い畑で、カンショの手入れをなさっていますよ」
息子の言葉を最後まで聞かずに、砦の方へ馬を駆って走って行く。
まったく、年の割に尻の軽いお役人様だ。
叡弘と山口さんは海沿いの砦に近い、砂の多く混じった畑で
カンショの葉を間引きしている。
虫食いや枯葉は病気の原因となる為、マメな観察が必要だった。
彼らはギマ村で新作物・カンショをのんびりと育てていたのだ。
若夏の厳しくなった日差しが午後のカンショ畑に差し込む。
【次のお話は……】
スイの呼び出しから無事にギマ村へ帰還したマイチ。
彼の言葉から、今まで物語の片隅にいた主人公達が
大きな渦へ巻き込まれていきます。
【「旅の場所」沖縄県 那覇市 首里城跡から儀間村】
第26話 「ご対面」 了
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