第24話
ある晴れた日の夕暮れ、夏の始まりのウリズンの風が吹く。
この国では夏の雨が天からの恵みとして降ってくる事を
約束した風だった。
すでに冬の寒さは微塵も感じられなくなっている。
心地よい風を感じながら、一人の男が屋敷の畳間で漢文の本をめくり、
静かに読書を楽しんでいる。
読んでいる本は『史記』。
大明国の古から伝わるベストセラー本であった。
ふぅ。と彼はため息をついて、
『千軍は得易きも、一将は求め難し』
と何やら小さく呟いている。
(やっぱりここに言葉が書いてあったな。言葉通りになるとは
思えなかったが)
男は黒く豊かなヤギ髭を撫で、その言葉が書かれている部分を
黙って見つめる。
頭には金の彫刻が施された、優美なジーファーがカラジに
刺さって輝いていた。
◇
昨日の朝まで話は遡る。
叔父のウラシイ王子があの異国人を、国王の前に連れて来たのだ。
聞けばヤマトの国へこちらから攻め込み、
二度とこちらに手を伸ばさないよう、
恐怖を植え付ける方法がある。と信じられない奏上があったのだ。
ウラシイ王子は、やって来た彼と一緒に考えた案を実行し、
この国からヤマトの国のサツマへ攻め入り、軍事境界線を引き
有利な条件でトクガワと講和に持ち込む事を奏上した。
話し合いの為に覆面を解いた彼が、小さな低い声で
「ジャップ共に、どちらがこの世界の主人かを思い出させてやる」
と何やら外見よりも気になる、かなり物騒な物言いをしていたが……
一方で、前準備が必要だとも言われ、
国王とサンシカンから国中の大掛かりな土地の測量と、
敵地の情報取集、軍港として立地が良いクニガミのウンテン港周辺に、
大規模な軍港と戦艦の建設許可をもぎ取って行く。
それぞれ適当な理由をつけて。
近衛たちの鍛え直しなんておまけでしかない。
測量の件については、
彼の風体によく似た人間がいないか報告するように。とも追加された。
国王たちは頭を抱えて考え込む。
相手の、特にバックナージュニアの考えが読めなかったのだ。
普通、外国の民が小さなこの国に立ち寄っただけでも
充分驚くべきことなのに、
武力を持ってこの国を守ろうとしているのだ。
彼とウラシイも含めて本当に「君ら、何考えてるの?」と
素直に聞きたい衝動に駆られてしまう。
◇
昼、国王の通達でスイ城正殿のウナーの広場に、
アジと重臣ら、とその関係者が集まった。
集団の中にはリザンの姿もあった。
今回は人数が多く、本来アジ達が評議を行う正殿に
人数が納まらずこの形となる。
この場にはウラシイ王子はいたが、将軍の姿はない。
「これよりウシュガナシーメーからお言葉を賜る。
皆、心して拝聴するように」と
サンシカンのグスクマウェーカタに告げられ、
突然、ウナーは水を打ったように静かになった。
風の音だけが、もの言いたげに響く。
「アジ達よ。トクガワへの謝恩使を、
国を挙げて急ぎ仕度しなければならなくなった。
進貢船とは別に船を作らなければ、明国に礼を失するであろう?
そのため資金の造成に、新しい作物を導入することにした。
近くチャタン間切からもたらされたカンショを
ギマ村と先導して広めて行きたいと思っておる。
そのために作付けの面積を知っておきたい為、
諸侯達には田畑の検地測量を急いで進めてほしい。頼む」
……国王は臣下に向かって頭を下げる。
集まったアジ達は、最初こそ国王の叩頭に遠慮がちであったが、
口々に反対した。年貢米の生産管理は形式的にアジ達の仕事で、
今まで上から何も言われずに任されており、
横領が常態化していた事を国王から隠したかったのである。
よくよく観察していると、
特にグスクマウェーカタの派閥に入っているアジの多くが
反対の意見を奏上してきた。
「国王陛下、どうか頭をお上げください。
今までのやり方では足りませんか。
我々はこのままのやり方で精一杯、王府へ仕えてきました。
どうか遠くのトクガワよりも、国の民である私たちの暮らし向きを
気にかけていただきたい」
国王のそばにいるサンシカンも言外に出さないが、
最大派閥のグスクマ組を取りなそうとはしなかった。
彼らはかつてリザンへ役目を押し付けたように、
今度は数の力で国王の意見をねじ伏せようとした。しかし……
「……黙れ。従来通りの慣習に慣れきった、屑アジなど
この国の民のためにはならん」
大声で喝を入れる者が居たのだ。
リザンの声だ。神聖な評議に何するものぞ、とリザンに視線が集まる。
彼は刺さるような視線に屈せず、続けた。
握り締める拳には、暗い紫色のハジチが光っている。
「この国は明国との朝貢によって成り立っている国だ。
確かにトクガワに組みすればたちまち立ち行かなくなるだろう。
しかし、明国が遠い島嶼にいる我々を助けてくれるとは限らない。
今自らの力で考えて立たなければ、我々はトクガワに、
生きる術を奪われてしまうぞ。
国王陛下、そのための謝恩使なのですよね?」と彼は問いかける。
「その通りだリザン。お前を見捨てた私を、お前は見捨てたりしないのだな」
国王は絞り出すように答える。
リザンは淡々と言葉を続け、
「今。トクガワの事を考える前に、成すべき事を致しましょう。
私にこの国の民を苦しめるアジどもを処分する許可を出してください。
年貢米の二重帳簿を全て抑えてあります」
彼は持参していたアイテムボックスから、
大量の書類が綴られた束を出してきたのだ。
「国王陛下、あの者が言っている事は嘘だ。
ワシらを信じてはくださらないのか?」
と震えた声がする。サンシカンのグスクマウェーカタだ。
国王は苦り切った表情で、
「確かにあの帳簿を見てしまえば、誰が不正をしているかわかるな。
だが大量処分は気が引ける。
管理職のアジ以上の者たちを、公職追放という処分でどうじゃ?」
呆れ気味の国王は、震え上がる彼らに命までは取らないと譲歩する。
結論から言うと、その日の内にグスクマウェーカタ一派が拘束され、
農民の身分に落とされる。
彼らはサムレの特権とハジチの制御を刺青によって奪われ、
王都スイから一族ごと追い出されたのだった。
「……ではこの場でサンシカンの職に空きができたな。
大きな不正を質した褒美に、リザンよ。サンシカンになってはくれぬか?」
グスクマウェーカタ一派の更迭を戦慄して見ていた
アジ達の気持ちをよそに、
サンシカンの職にリザンは就く事になった。
これからしばらくは、国王のリザンを使った恐怖政治が続くだろう。
この場にいる誰しもがそう思った。
スイ城のウナーに夕暮れの日差しが差し込む。
【次のお話は……】
琉球王国のトップ会議でサンシカンについたリザン。
琉球側の役者が、「表向き」揃った形になりました。
【「旅の場所」沖縄県 那覇市 首里城跡】
第24話 国王様ご乱心 了
作品および画像の無断引用・転載を禁止します。©️ロータス2018




