第23話
殿下と将軍は主に仕事の話をして、2人は夜を明かしてしまった。
先日「客人の臭い身体」を洗う羽目になった侍従の1人が
若い部下を伴い、呼ばれた部屋の前でおろおろしている。
(どうしよう……怖くて障子を開けられない。お客様は無事か?)
「侍従か、部屋に入りなさい。客人もお待ちしている」
障子の中から声がする。聞き覚えのある主人の声だ。
彼は恐る恐る、障子に手をかける。
部屋に入ると酒臭い部屋で倒れてうずくまっている客人へ
主人は何やら術式を施している。
ぼんやりと映し出されるステータスのゲージ部分は身分差のためか、
上手く読み取れない。
「客人はとても酒に強くて、眠るまでに朝になってしまったの。
早く眠って欲しくて貴重なユメミグサの古酒まで呑ませてやっとじゃ。
ところで、そち達はこれがはっきり……」
静かに尋ねる主人の返事へ、2人は手早く首を横にふる。
嘘でも「見える」と答えてしまったら、憧れて就く事のできた晴れの役目を
奪われてしまう予感がしたのだ。
「実に良き答えだの……」
老人はだいぶ疲れた表情で微笑む。
やがてステータス画面を閉じ、すやすやと眠っている客人の
着ている服を脱がそうとする。彼の表情は暗い。
「材料をそろえていないから、酒精を使って手早くハジチを施す。
持っている魔力が暴走しても困りものだからの」
侍従達は指示に黙して頷き、ハジチの用意を始めた。
◇
当代で酒精を使ってハジチを施す士族はまず居ない。
遡って記録を散見できるのは築城の名手と謳われた中城按司の護佐丸や、
王府の開祖にあたる尚巴志王くらいだ。
「血生臭い彼らの時代」から遠く離れて、古に滅びたはずの技術が
蘇ろうとする。全ては「何か」に呼応する様に。
「ハジチを施せる部分に術式文様をワシが書く。焼き込み作業は
生活魔法の応用じゃから頼んだぞ」
フワリと裸体を浮かせられた将軍の身体へ、かなり速い速度で
書きこんで行くが、古傷が薄く残る胸と背中部分から
術式文様が自動で書き変わり始め、老人が描いたものよりも
かなり緻密な文様が現れる。侍従たちは焼き込み作業を丁寧に、
しかし手早く済ませた。
「空の王者と戦神の加護を受けし者であったか。
本当にこの国へ住う者では無いのだな……ひとまずこれで」
気が付くと午後の日差しを、部屋の障子が受けていた。
長い作業が終わって、酒臭い部屋の空気を追い払う。
するとあまりの酒の匂いに、遠く市場にいるはずの酔っぱらい共が
「芳しい。もっと嗅いでいたい」と
ウラシイウドゥンの垣根近くまで押し寄せてきた。
もちろん、塀近くの原っぱで香りを楽しみながら
「きっと美しい天女様でも、お屋敷の庭先へ降りてきたに違いない」と
妄想に耽溺する有様だった。各々予想を立て、三味線を掻き鳴らし
即興の歌まで歌い出す輩も出てくる。
『ウラシイの御殿に降りてきた天女さまの芳しい羽衣衣装を、
切端でも良いから欲しい。この香りだけでずっと縛られていたい。
そんな生き方でも悔いは無いだろう』
夕暮れの風が運ぶ三味線の音色を心地良く聴きながら、彼は目を覚ます。
異国情緒に溢れながらもかなり艶めいた歌だと言うのだけは、
よく伝わってくる。
目覚めを待っていた老人が傍らに座って事務的に説明を始めた。
「この国には、能力を制御するハジチと言う手続きがあっての。
お前さんの能力値をはっきり観れるのは本人以外では王族以上の身分に
限られてくる。見られる人物が限られるのは力が強い証拠であるの。
不用意に曝されると問題になりそうじゃから、とても簡単に言うと
強い酒を使って心に鍵を掛けておいたの」
バックナージュニアは老人の不可思議な説明に、理解がなかなか
追い付かないものの、身体には目立つ痛みや異常はなく、
優しく労ってくれる相手へ
「何やら必要な処置をしてくれたのか。感謝する」と
礼を言うので精一杯だった。
(1日を寝て過ごしてしまった。明日からまた動ける様になるだろうか?)
彼は少し不安になりながらも侍従たちによって再び寝床へ戻される。
この日、古都ウラシイは芳しい一夜を迎える事になった。
【次のお話は……】
物語後の記録にも遺るバックナージュニア米陸軍中将。
ウラシイ王子との出会いから、……物語は静かに動き始める。
【「旅の場所」沖縄県 浦添市 浦添御殿】
【後書き】
酔っ払い「芳しい香りの正体は、いかついおっさんか。
全く浮き世は夢も希望もねぇな」
バックナージュニア「ヒロインでも無いのに、脱がされたぞ?」
第23話 「将軍」と「殿下」 後編 了
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【琉球の戦国時代】
群雄割拠していた頃。
尚巴志の三山統一から尚円王への譲渡しまで。
以降は薩摩侵入まで大規模な武力衝突はなかった。
作中のハジチは能力者管理の必要から生まれたもの。
女性特有のものではない。
【空の王者と戦神の加護】
アメリカ合衆国の国章と合衆国旧陸軍省の紋章モチーフから。
ローマ様式甲冑 (ローリーカ・セグメンタータ)……
いやイタリアも相手じゃなかったっけと言うのはたぶん無粋。
【お酒】
泡盛の酒造は首里近辺でしか許可されず、高価な奢侈品であった。
舶来品の蜂蜜酒が返って安価だったかもしれない。
村では自家製の口噛み酒もあるにはある……
たくさんの作品の中から、本作を読んでいただけて嬉しいです。
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