第22話
遅い夕方、イチュマンからの埃まみれで薄汚い格好を、
徹底的に整えさせられたバックナージュニアが
用意された和室で寛ぐ。
ウラシイ王子の着物を急いで貸し出して貰ったのだろう、
彼は自身の身の丈よりも短いが、やたら上質な着物を着せられている。
……先程までしていた王子との話し合いから、
ここが作戦地の「沖縄本島」であり、
今いる場所は彼のいた世界から300年ほど昔に流れついた事を、
おおよそではあるものの、やっと理解させられたのである。
彼の殺伐とした雰囲気に内心狼狽えていた王子も
それでやっと落ち着きを取り戻し、
汗と泥の混じった、彼の強い匂いから早く逃れたい為に
風呂を振る舞ったのだ。
ウラシイ御殿の近習たちの丁寧な身支度によって、
王子の目前に、1人の風変わりな偉丈夫が姿を現した。
◇
風呂の後、自身の身の上に起きたことからまだ、混乱を隠せない彼は
呟くように王子を静かに見つめながら話し始める。
小さな筆で簡単に紙へ書きつけていた世界地図を筒状に丸め、
東西端に分割された太平洋をつなぐ。
「……西にいた我らと極東のジャパン。
ここではヤマトと呼んでいるらしいが、
いくつかの国が敵味方に分かれ国を挙げて戦に取り組む事になった。
元はここら辺にある島の取り合いが原因だ。
ヤマトは南洋の島国を占領し、
さらに我らの領土ハワイへ攻め込んだ」
彼は大西洋を中心に書いていた世界地図を
広げなおして東の端を指で指し示す。
別の紙に、また地図を書き始めた。
手早く沖縄諸島の地図を簡単に書き込んでいるようだ。
「……我らは敵軍と総力戦の泥仕合をしながら、
南の島々を占領し直した。
敵勢力の補給路の分断と日本本土への本格的な攻撃準備のため、
北にいた私も、南海に在るこの島の攻略を任されたんだ。
周辺にある離島の攻撃を潰してから、
配備の薄い読谷の浜へ上陸して島を南北へ分断し、
肉薄した戦闘の末、敵の多くいたニーノシマやウラシイ、
それからナーファの街を殲滅させ、
司令部を置いたスイも、ケシズミにしてやった……」
地図を次々と指差して行く彼は静かな口調だが、
言っている事は地獄絵図に変わりない。
薄暗い部屋での照明の明かりが揺らめく。
「して、島の民はどうなったんじゃ」と王子は冷静に言葉を繋ぐ。
「敵国の1つであるドイツが降伏した頃、
泥沼になっていた敵軍の本陣がスイから南のシマジリに移って、
兵隊に取られた者以外にも住民がだいぶ巻き込まれて行った。
降伏して来た避難民や捕虜を収容所で見ると
ジャップ達の必死さが伝わって来たぞ。
兵役の年齢に満たない少年やか弱いはずの女学生たち、
逆に兵役の労に耐えきれないはずの老人まで、
文字通り容赦なく根こそぎ前線に動員していたからな。
我が国はそこまで酷くはなかったんだ。
それでも敵軍の彼らは勇敢なのか、クレイジーなのか分からんが
絶対に音を上げようとはしなかった」と静かに答える。
王子は約300年後、この国はヤマトの一部に取り込まれた末、
血みどろの総力戦を経験する未来に戦慄していた。
飛び石のように南海へ散りばめられたこの国には、
「今」は大明国のおこぼれになんとか預かっているだけで、
軍事的な価値は見当たらない。
だが文明が進んで、長距離を簡単に移動する術を持った
目の前にいる未来人は、
この島の軍事的な価値を知っていたからだ。
「まあ、殿下の7代ほど後の話だから、今心配してどうなる事でもない」
と彼は両手を差し上げ、彼の様子を見て心配そうに笑う。
「せっかく来たんだ。古くて面白そうなこの国を
満喫してみようかな?」
と明るい話題に切り替えると、彼の口調が随分と和らぐ。
王子は楽しそうな彼を見て、不安気に尋ねる。
「……外国の将軍だと言うお前さんに是非頼みたいことがあるが、
聞いてみてはくれないかの?」
機嫌のいい彼は王子に
「出来ることなら。どんな願いか言ってみなさいな」と促す。
「……国の民をどうか、戦に強いヤマトの国から救ってほしい。
このままでは300年後の民と同じになってしまう」
と王子は遠慮がちに言うが、
彼は「後どのくらいで?」と軽い雰囲気で確認する。
「早くて3年、遅くても5年以内じゃの」と王子は断言した。
終始ご機嫌な彼はそれを聞いて願いを聞き入れる。
……どうやら可能らしい。
「……準備ならやることならたくさんあるぞ。
まず最低限でもこの島の正確な測量を一年以内に行う。
新しい作物を取り入れたから、年貢米との計算で急いで必要だ、
とか適当に言って。
王様の名前でこの島中の諸侯さま方に検地のお触れを出して広く伝え、
細かい都市ではなく、主に陣地に適した農村や丘陵の立地が解ればいい。
敵の本拠地を叩くために、この島の人口が密集していない
国側辺りに対策本部の基地と木造でいいから大砲を乗せた戦艦を作る。
……あー地図なんで置いて来ちゃったんだろう。
……せっかく作らせたのに」
と彼はとても残念な表情で、ため息をついている。
しかし、深刻でもなく意外にも楽しそうな様子だ。
「目標では5年後。連合国軍によって計画されていた、
実行に移せなかったオリンピック作戦と同じく戦艦で
本土の関東平野ではなく九州の鹿児島、
こちらでいうサツマの領地へ南から攻め込むのはどうだ?
その為に敵地の大まかな情報を、3か月以内に素早く整理して
私に伝えるように頼む。
それから国王の近衛を直接鍛え直すから、すぐに連れて来てほしい」
と地図を指差してサクサク指示を出している。
……どれも大きな仕事だ。
王子は願いが受け入れられた反面、
「……なぜこんなに考え切れるんじゃ?」と彼に聞く。
「私の仕事は戦争仕事を予定通りに遂行する事だよ。
戦わずして勝つのが一番良いがな。
友軍の損耗を最小限に抑え、勝利をもぎ取るのも
将たる者の務めでしょう?」
静かだが自信ありげな返事が返ってくる。
「殿下。米国人である私にとってジャパン、
ヤマトは征服すべきフロンティアだ。ここでもそれは変わらない」
彼はにかんでいる。
米国軍人としての誇りをくすぐられたのか、すこぶる機嫌が良い。
ウラシイ王子はバックナージュニアに終始圧倒され、
話す時間はあっという間に過ぎていった。
酒のつまみの話を続けながらも、2人の距離は急速に縮まる。
【次のお話は……】
おじさん達は、お酒につよい。
【「旅の場所」沖縄県 浦添市 浦添御殿】
第22話 「将軍」と「殿下」 前編 了
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