プロローグ
その日の朝はさらさらと雨が降っていた。
春のはじめに作付けした畑や田んぼの稲にとって、
待ち兼ねた恵みの雨だった。
叡弘たちは雨が止むのを待って、出立の準備を進めている。
タルの家は病院も兼ねているらしく、
受付の広い板間で村人が治療の順番を待ちながら談笑している。
今日の雨と昨日の騒ぎで診察できなかった患者で混雑し、
村人は山口さんを見つけると
「大変だったね。呪いが解けてよかったさ」
と口々に言う。
昼頃に雨が止み、やがて太陽が顔を出す。
オロク村の空に大きな虹がかかる。
タラは休憩中を見計らって、彼らへ別れの言葉を言ってきた。
「女神様はあんなこと言っていたが、お前さんはきっと大丈夫。
村にこんなに見事な虹がかかるのは久しぶりなんだ。
きっと祝福してくれているのさ」と笑う。
タラに別れの言葉を言って、バイクのスターターを回す。
少しぬかるんだ道を軽快に進んで行く。
土埃の気にならないツーリング日和の天気だった。
……今日からバイクは2人乗りになる。
しばらく運転は服装の件があってか、叡弘に任された。
山口さんも運転はできるらしく、必要な時に交代でできるよう
考えておかなければならないなと彼は考えを記憶に留める。
オロク村から隣村のギマ村まで、15分足らずの旅が終わる。
集落までは遠くなく、オロク村の様に田んぼや畑に囲まれた
こじんまりとした地味な印象が目立つ。
いつものバイクの報告では
「ギマ村はナーファ那覇の西に位置し、
海沿いには海賊を取り締まる砦が築かれている。
内部は主に農村地域で、ダンジョンは無い。
北のニーノシマの様に、ナーファの南の門前宿として機能している小さな村」
と告げられ、地味な印象は変わらない。
「本当に来ちゃったけど、マイチさん、帰ってきているかな?」
と山口さんは心配そうに村の入り口を見つめる。叡弘は、
「村に入ったらいつもの様に、バンショに行ってみよう?」
と返事をする。村内に大きな建物を見つけ、向かっていった。
バンショは宿屋とまとめて建てられている。
宿屋の主人に聞くと彼が居る「家兼事務所」のギマドゥンチは、
村の北外れ、ナーファに近い所に所在していた。
宿屋で宿泊の受付をしてバイクを預かってもらう。
オロク村でも同じだったが、狭い路地の多い村落内でバイクは、
どうしてもお荷物になってしまうのだった。
彼らはギマドゥンチの門の前にきていた。
灰色がかって赤くはないものの、
立派な瓦葺きの和風建築で緊張して門をくぐると、
「よう!フテンマの2人じゃないか。久しぶりだの!」と
バンショの庭に広げられた、イモカズラがまばらな芋畑の真ん中で
ほっかむりをしたおじさんが水撒きをする。……マイチだ。
「……ふん、山口の方は病が治ったようだの。
発光していなければ、中々の男振りよ。
独り者の男は、村の娘が夜這いにくるから気をつけるんじゃぞ?ふふ」
と何やら不穏な事を笑いながら言い、
「叡弘は背は伸びたがまだまだじゃの!」と笑っている。
最近の2人はフテンマの女神に会っていたためか、
女性に食傷気味な苦い表情で彼を見ている。
「旦那様、旅人が怖がっているではありませんか」と
マイチの後ろから落ち着いた女性の声がかかる。
「ごめんなさいね。いつも旅人が立ち寄ると、
この話題で驚かせて反応を楽しんでいるんですよ。
私達の村の可愛い娘達だって、誰でもいい訳じゃないんですよ」
と優しく笑っていた。
「マナベ、すまんの。風変わりな2人がどんな反応するか、
楽しみでの。許してくれ」とすまなさそうに言葉を返す。
頭が上がらない様子をみると、
どうやらこの優しそうなご婦人は、彼の奥さんらしい。
「さあ、三時茶の用意ができましたよ。
旦那様は書類仕事に畑仕事までされては身体が持ちませんよ。
少しは休んで下さいな。あ、お客様のお相手はお願いしますね」
と彼女は建物の縁側に用意されたお茶と蒸したカンショでもてなしてくれた。
屋敷の縁側には彼の子どもたちだろうか。
一緒におやつを食べている。
「父上がチャタン間切のノグニ村から
取り寄せた味見用のカンショです。
つる草を埋めて育てると、こんなに甘い根が生えるなんて不思議ですよね」
と楽しそうに話しながら、自己紹介をした
線の細い息子さんもカンショを勧める。
優しい面影は母親似といった所だろうか。隣で活発そうな妹さんが、
幼い甥っ子君にカンショのカケラを食べさせている。
叡弘はあまりに若い父親クンの登場に驚く。
山口さんに至っては女神の呪いを解きたいのだろう、
「俺も頑張る!」と言う始末なのだ。
程よく温まっているカンショが、
甘い匂いでアキヒロ達の鼻をくすぐってきた。
「……でな、ノグ二村にいたヨナハのマチューが、
仕事のついでに村の飢饉に備えてカンショを明国から
持って来てくれたんだの。無理言ってお裾分けしてもらったんだ。
育て方も簡単に教えてくれていい奴だったの。
こんな美味しいカンショでもし、ギマ村だけでなく国中で
飢饉が避けられたら?そう考えると、ワクワクするの。
年貢に納めた残り物のコメを必ず食わんでも良くなるから、
村人たちの負担が軽くなるかもしれん」
目を輝かせたマイチからムフフと笑みがこぼれる。
口に一杯カンショを頬張っている山口さんは、
彼の言葉にいたく感動したのか
「出来るらけ早くカンヒョ栽培を広めまひょう。
貿易らけで、国は成り立ちましぇんから」
静かな笑みを湛える彼に、返事をした。
ギマドゥンチに、優しい時間が流れる。
【次のお話は……】
叡弘達がギマ村でカンショ栽培を始めた頃、
王国の最深部で起こっていた出来事です。
【「旅の場所」沖縄県 那覇市 儀間村】
プロローグ ギマ村へ 了
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