閑話 後編
ノグ二村の朝焼けと共に、マチュー家から
村のペーチンが退出した。
彼は午前中の予定を繰り下げて、マチューにカンショの
栽培方法の流れを教えてもらう段取りもつける。
やがて畑への支度が整った3人は、家の前にあるカンショ畑から、
マチューは2人に一条のイモカズラを手に取らせた。
彼は「私が教わったやり方では、カンショは種からではなく、
つる草のような状態に葉を切り分けて、輪のように丸く植えていきます。
最初は水撒きもこまめに行いますが、収穫前に水は少しまく程度ですね。
撒きすぎると腐ります。
また、痩せた土地に向いた作物なので、肥料もほどんど要りません。
それから、葉っぱが立派な物ほど収穫を大きく見込めます。枯葉や虫食いは病気なのでマメに除いてください」と説明しながら、収穫前の場所なのか、畝を突き崩し、大きくなったカンショがどのような生え方をしているか見せてくれる。
「土がサラサラしておるの。固い土では育たないかもしれん。
魔力も使うのか?」
といろいろ書き取りをしながらマイチが言う。
「まるで数珠つなぎのように収穫できるのですね。他の作物とは収穫の形が変わりそうで、面白いですね」これはノグ二村のペーチンだ。
「カンショは土の中に実が生るので、台風の時も影響がなく、他の作物より干ばつに対して強い作物でして。土の上に生えているカズラも、少しの水で再生するほど丈夫なものです。逆に他の作物と混ぜて畑で育てると、カンショが勝ってしまいますので、普段の農作業とは違って魔力を使わずに手作業で畑を作り、植えて行きます」と注意された。
その後、一連の説明を聞いたノグ二村のペーチンは別れの挨拶を言い、
急いで仕事に戻る。
日は中天を指しはじめ、暖かい午後へ時間は流れていく。
「マイチ。魔力なしの栽培と言っても、
水撒きはそんな神経質にやるものではないよ」
とマチューがふざけて笑う。
「撒きすぎると腐ると言ったのもお主じゃぞ。上手く出来んもんかの?」
プンプンして水撒き用の柄杓を彼の方へ振り上げる。
……何度か水撒きの練習をする内に、
村中のカンショ畑には、水がすっかり行き届く。
マイチは葉の大きさと柄杓の水の量を帳簿に書きつけて行き、
魔力を使わずにして、少しずつ要領を掴んで行ったのだ。
午後はマチューの書類仕事を手伝う彼は、
「一宿一飯の恩があるからの」と
疲れているのにも関わらずノリノリで仕事を捌く。
手間を大きく省かれた彼に凄く感謝されたのは言うまでもない。
特に計算仕事の後に三時茶だったので、
同じ 甘味が続いているにもかかわらず、優しい甘さが疲れに沁みる。
翌日、マチューにカンショ畑の土を耕すやり方を、見せてもらう。
昨日畝を崩しているところを見ていたので、
どのくらい耕せば良いのか見せてもらったのだ。
「ウチの村の土だと3、4回ほど手で農具を使って耕せば大丈夫です。
しかし北のハネジ間切みたいに、粘土のように水はけが悪くて、
固い土だとカンショの栽培には向きませんね。
この場合には、稲を植えてしまった方が良いかと」
と付け加える。
作業を進めながら彼らは
「シマジリの土はここの土より砂が多くてサラサラだが、
魔力なしの土作りに手抜きはできん。
水はけが悪ければ、砂を土に混ぜてみようか」と工夫を凝らす。
午後は帳簿にまとめた覚え書きの不足分を、聞き取りをして
知識の穴埋めをしていく。現代風味でいうと、
県の農業試験場辺りが発刊する様な
『新作物・カンショのノグ二村栽培に関わる簡易調査報告書』
などとタイトルの付きそうな覚え書きが2冊、短時間で同じモノが出来上がる。
1冊はマチューに渡す分だ。
農作業に使わなかった魔力を集中して書類仕事へ向けたのは、
言うまでもない。
文官であるマイチの能力を目の当たりにした彼は、
驚きの表情を隠せなかった。
「マチュー、家の者も本当に世話になったの。
本当はもっとゆっくりしたいんじゃが、
ワシの帰りを長く待つ者たちの為に、帰り道を急がねばならん。
明日の朝早くには村から出立するの。……有り難う」と
彼は涙を滲ませて微笑む。
彼らの話し声が聞こえていたのだろう、
「マイチおじちゃん、行かないで!」
数日来の付き合いにも関わらず、子ども達も
彼をだいぶ気に入っていたのか走り寄って抱きつき、
泣き出してしまった。
……旅人の別れの時間だ。
「ワシも離れるのは辛いが、行かねばならんの。
ノグ二村の事や、君たちのこと、君らのお父さんが
やり遂げた偉業を忘れない。
もしこの村に辛い事が起きたと聞いたら、神様が聞き届けるかは
別になるがの。ワシからも精一杯、神様にお願いしてみよう。
……君たちには返せない恩が出来たからの」
そう優しく言って、子ども達をよしよしとあやす。
別れの晩餐はささやかにもてなされ、出発に備えた。
帰り道は荷物とカンショの根とツタで嵩張り、
ノグ二村のペーチンに無理を言って良馬を用意してもらう。
マイチはその日の夕方に荷造りを済ませ、
翌日の明け方近い時間に発った。
2日後、マイチはギマ村に単騎で辿り着く。
急ぎの旅は苛烈を極め、良馬を廃馬寸前まで追い込まれ
村の入り口付近で倒れ込む。
異変に気付いた村人たちはやつれた馬とまるでボロ切れの様になった
ペーチンを助け起こし、懸命な治療を施す。
さらに3日後、彼の意識が復活して、
疲労の残る身体で庭に畑を作ろうとするマイチを家族が強く押し留め、
やっと体力が回復し、
頑固にも萎れたイモカズラを使ってカンショ畑を耕すようになって
3日後に、叡弘たちがこの村にやってきたのだった。
静かな風が、優しくギマ村を包む。
【次のお話は……】
人間に戻った山口さん(仮)。
魔法使い見習いに登録した主人公。次に向かうのは……
【「旅の場所」沖縄県 読谷村 野國】
閑話 マチューとマイチの「焼くだけクッキング」 後編 了
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