閑話 前編
「やーっとノグ二村についたの。コレが噂に聞くカンショかの?」
ある昼下がり、旅支度のマイチはこれまでに見たことのない葉っぱを、
ノグ二村の畑で見つけたのだった。
村はこの島の中間地点で西海岸に位置する。
北は遠くモトブ半島、南も距離があるが、ウラシイの街と海城を望む。
水はけがよく、どちらかと言えば稲作に向かない土地柄である。
「旅の方、どうかカンショの葉をむしらないでいただきたい。
この作物は葉が育っていないと、立派に根が育ってくれませんのじゃ」
畑の世話をしていた農夫が、彼へ心配そうに声をかける。
「これはすまんの。「カンショ」という作物を、
この村へ取り入れられたと聞いたでの。
ワシはギマ村のマイチと申す。でも葉を食べるのではないのか?
根を食べるのか?」
ニコニコしながら農夫に答える。
「わざわざ遠い南のギマ村から、ようこそお越しくださったのですね。
これは、私が明国から持ってきた物で、
いずれはこの村を支える作物になるでしょう。
よろしければ、うちでカンショを食べてみませんか?
蒸して食べるのも良いですが、焼いて食べるのが
1番甘みを感じられますよ」と勧めてくれる。
家の庭に入ると、家族に歓迎される。
農夫の奥さんと子ども達、それとご近所さんだった。
丁度、三時茶の時間だったらしい。
縁側には焼きたての焼き芋とお茶の用意がされ、
彼の家にたどり着くまでには、2人とも仲のいい友人になっていた。
縁側で自己紹介をキチンとせねば、と
彼はは頭を隠していたフードを外すが、
農夫はジーファーの形を見るなり恐縮してしまう。
「どうか今は簪の事は気にしないで、ワシも貴方と気持ちは同じだの。
飢饉の問題に、身分なんかクソ食らえじゃ。
お前様の村の評判を聞いて、
ワシらの村にも取り入れができんか相談に参ったんじゃよ」と微笑む。
「上役のペーチンさまにそう言われると、胸のすく思いがします」と
農夫も一緒に笑いあう。
それからマイチは、農夫の境遇を静かに聞いていた。
育った村のあまりの貧しさから、納税の義務で仲の良かった
友人たちを失い、サムレの立場でも村を発展させる術を、
ずっと長い間探してきた事。
去年の始めに朝貢船に乗った先でやっとカンショに行き着いた事、
遭難してヤマト経由で戻ってきた村での試験栽培に初成功した事、
……彼の命懸けの旅の結果が、
最近ようやく落ち着き始めた所でマイチが村にやってきた事。
話の途中で、
「美味しいカンショが冷めてしまいます。召し上がってくださいませ」
と農夫の奥さんから声がかかる。
マイチが程よく冷まったカンショの焦げた紫色の皮をそっと剥くと、
黄金色の中身が現れた。ほんのり甘い香りが彼を包む。
口に含むと程よい甘味が口の中で解けた。
カンショをひと口味わった後に、話の続きを繋ぐ。
「……天候に左右されるこの国の貧しい食卓が、
カンショによってどのくらい解消できるかの?
ワシらの手にかかっておるの。
お前様はどんな王様や殿様にも負けない、立派なサムレよ。
……よくぞ、カンショを貧しいこの国へ持ってきてくれた。
どうか心から礼を言わせてくれ」と頭を下げる。
農夫は目前の光景に驚きながらも、
「とんでもないです。貧しい国中の村々にもカンショを広めたいと
私も願っていました。
しかし、私1人の力では小さなノグ二村までが精一杯で、
次に執り行われる朝貢船の支度もすでに始まっています。
……とても国中に広める手を回せません。
貴方様こそ私にとって天からの使いのようです」
と彼は本当に嬉しそうに答える。
涙を滲ませる彼の笑顔にマイチは照れてしまったのか、
「……少し恥ずかしいから、様づけはやめてくれんかの。
もしナーファに近いギマ村にカンショが根付けば、
スイ勤めをしているアジ達の食卓にも上がろう。
この美味を知れば、己が間切にも広めたいと思うはずじゃて。
早速じゃが、明日からカンショの植え方から
教えて欲しいの?どうじゃ?」とマイチは農夫へ尋ねた。
「よろしいですとも!」
農夫が答え、お互いを肩をポンポンと笑顔で叩きあう。
その後、マイチは彼の家に数日泊まり込む事になる。
「ナーファのお役人」を簡単に泊められる家は村内には無く、
農夫の家は「ギリギリ泊められる家」になる。
……ノグ二村は田舎で、周辺の村々と同じく宿屋が無いのだ。
彼の奥さんが、ご近所さんにお願いして客人の風呂や
食事の支度を進め、子ども達も大忙しで彼女を助けていた。
「母さん、ペーチンさまのドゥンチに行って、
必要な物を持ってきたよ。
ナーファのお役人はここまで来ることがないから、
ペーチンさまも是非会いたいって
伝えて欲しいって言われた」と伝えると、
母親は「お客様が準備できたらお使いしてもらってもいいねぇ?
マイチ様も小綺麗な格好で会いたいかもだからねぇ」
と素早く彼らへ指示を出す。
「わかった」と言って子ども達はまたドゥンチへ出かけていく。
遅い夕方に差し掛かりマイチは客人として風呂をご馳走され、
身支度を整え始めた。
麻布の略装だが旅支度の格好よりは役人らしく見えてくる。
彼の頭の上には銀色の簪が輝き、農夫も身分に合わせた身支度を整え、
夕食の宴席へ誘う。
日が落ちて、
「ごめんください」と屋敷の門から2人に声がかかる。
ノグ二村のペーチンがやってきたのだ。
3人は和やかに会話を進め、またまた仲良くなるまでに
時間はかからない。
酒も進んでいくと言葉も砕けていく。
「いやぁ、お恥ずかしい限りでカンショのことは、
このヨナハのマチューに全てお任せしてるんです。
彼はあの進貢船の長も務めている優秀な人材でして、まさかね。
ギマ村のペーチンにも目をかけられるなんて、只者じゃないですよ。
カンショもこの通り美味いし、今年の始めにも村で大豊作だったんです。
良い事は続く物ですなぁ」とノグ二村のペーチンは終始ご機嫌だ。
彼はマイチにギマ村でのカンショ栽培を勧め、
「国中へ広く広めて欲しい」と希望を述べる。
「カンショの植え方から丁寧にご指導致します」と微笑む。
酒を飲み飲み、供されたご馳走を食べ、3人は明日に備えた。
ひとまず、この国の未来は明るいようだ。
【次のお話は……】
カンショサツマイモ伝播記、後編。
【「旅の場所」沖縄県 読谷村 野國】
【後書き】
甘藷はサツマイモ、苷蔗はサトウキビ……
読み方は同じ「カンショ」で違う作物です。
閑話 マチューとマイチの「焼くだけクッキング」 前編 了
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