閑話 前編
浜辺に放り出されたマイクとヨシュアは面食らっていたが、
遠くに見える城砦を目指して少しずつ進んで行く。
途中木陰で持っていたレーションを頬張り、
細めに休憩を取ることで、素早く調子を取り戻す。
中でも頭がとても疲れていたのか、
普段は不味くて口にしないチョコレートの甘さは身に沁みた。
「歩いている間も偵察機1機も飛んで来ない。やっぱりか。
城についたら、誰かいるはずだから聞いてみよう。
言葉通じるといいけどな」
皮肉混じりにマイクがヨシュアに話しかけるが、
彼は丁度木陰でなにやら話し込んでいる3人組の紳士を見つけ、
声をかけてみている。着物を着て、ゆったりと座っている姿は
まるでモニュメントの様だった。
早速「ココハドコデスカ?」と尋ねている。
ヨシュアが「オー、オー」言って会話の内容を伺っている。
どうやら話が通じる様だ。助かる。
マイクはヨシュアにゆっくり近づき、
彼の紹介で会話の輪の中に入る。
ヨシュアは
「この方達はこの辺の集落で長をしている方たちで、
グシカワ村の北でマラリアが流行していると話し合っていた所、
私たちが声をかけて来たんだと」と伝える。
マイクは恐る恐る「……英語で喋ったのか?」と疑問をぶつけ、
ヨシュアは「古めかしい言いまわしだったけど、
綺麗な英語に聞こえたぜ」と返事をする。
(……あの精霊は、俺たちから言葉までは奪わなかったらしい。
慈悲なのか悪意なのか、よく分からなくなってきた)
優雅な動きでキセルをくわえて煙を吸っていた左側の老人は、
カッチンの御城へ行けばバンショの役人が
対応してくれることを教えてくれた。
真ん中のおっさんはマイクの目が青空のように青い事に驚いている。
泥でくすんでいるマイクの金髪がヘルメットからもし見えていたら、
こんな人間がいるものかと彼らは腰を抜かしたかもしれない。
右側に座る若者は、2人の部下の様だった。彼は2人の世話を焼く。
こちらに向かって会釈をすると、その後はこちらを見ることも無く
無関心になる。
彼らはそれぞれに礼を言って、城へ向かう。
カッチンの御城の門へ入ると、受付に真っ直ぐ通してもらえた。
思い当たる悪事は何もないので、堂々として列に並んでいる。
やがて自分たちの順番になり、受付の係員に質問をいくつか投げかけた。
ここはどこで、いつなのか?
使われている年号も教えてもらったのだが、
西暦を確認しようとすると骨が折れた。
結局教えてもらった西暦は「1604」年で、
残念ながらアメリカも心底憎い東京も
自分たちの知っているあのナチスドイツもない時代だ。
あの精霊の激情に任せて、言い放った通りになっている。
青ざめたマイクはしばらく頭を抱え、動き出す様子がない。
動けないのだ。
仕方なくヨシュアが放心状態のマイクを抱える様にして、
係員が緊急に用意した宿で休息をとる。
2人はあまりに疲れて、数日寝込んでしまう。
マイクの意識が回復したある朝、頭の上にヒヤリとした物が置かれていた。
氷嚢だ。
ベッドではない寝床だったが居心地は良く、
隣ではヨシュアが腕を枕にして横向きに寝転がる。
目を開けると、心配そうに受付の手続きをしてくれた係員がこちらを窺う。
よくよく見るとまだ若い女性だ。
「5日寝込んでいましたよ。相当疲れていたのですね。
まだ大人しくしていてください」
髪をゆったりと結い上げ、情報として知っているジャップの着ているような、
明るい緑色の着物を着た若い女性はマウシと言い、
穏やかな表情でマイクを見て小さく笑った。
「イチュマンの街から大きな街のナーファに、最近貴方のような目や髪の、
外国の方がいらっしゃった、と聞いています。
……お知り合いだと良いですね」
彼女は静かな声で2人が元気を出せるような話題を言う。
ヨシュアも起きていたのだ。何か言いたげにニコニコして彼を見る。
「マイク、彼女は俺たちの天使じゃないか。
どっちがモノにしても文句なしだぜ」
どうやらヨシュアは看病してもらったマウシに恋をしちゃった様だ。
目をキラキラさせてかなり鬱陶しい。
(……まあこちとら半年以上、女性をお見かけしていないのだから、
痛いほどヨシュアの気持ちは分かるつもりだ。
……俺は有色人種のジャップ相手に、同じ真似は到底出来ないが)
「マウシ嬢の困らないように、気をつけろよ。迷惑かけるな」
マイクは一応釘を刺しておく。
2人は看病の間に、すっかり身奇麗にされてしまう。
しばらくして、手を借りず動けるようになってくると、
着ていた服や装備品は新品同様にして渡され、
銃もなんでわかんの?と言える程
綺麗に油で磨かれ整備されて戻ってきた。
とにかくここはあの戦地では無いらしい。
2人の「戦後」は、のんびりと始まったばっかりなのだ。
【次のお話は……】
一目惚れしたマウシを追いかけたいヨシュアと、
呆れているマイク。……異文化へ少しずつ溶け込む2人。
【「旅の場所」沖縄県 うるま市 勝連城跡】
閑話 カッチンの街 〜2人の「戦後」〜 了
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【言葉の壁】
太平洋戦線で攻略した島嶼には多様な言語が分布しています。
戦時中まで日本の占領下にあった地域では
「皇民化教育」を進めて日本語の公用語教育が行われたとされます。
名残でその当時教育を受けた世代は戦後を長く離れても
日本語標準語を話すことができたそうです。
日本国内でも方言の訛りが強い地域(沖縄県を含む)でも
標準語教育の傍ら、かつては方言札などペナルティが存在しました。
マイク達が話すアメリカ英語、
ハエバル村の長たちが話す古風なイギリス英語。
翻訳が自動であっても(チートだけどな?)
英語、外国語であっても時代が違うと言葉に差は出るかも知れません。
たくさんの作品の中から、本作を読んでいただけて嬉しいです。
ありがとうございます。




