第20話
彼らはチルから逃げるようにして、魔法使いの元へ向かう。
日は完全に暮れていたが、バイクのライトが行き先を明るく照らし、
歩く人もいないのですぐに着いた。
目的の場所についたものの、戸は閉まっている。
「ごめんください。急患です」と戸を叩くと家人が出て来た。
若い男の子で「急患はどなた……こちらですね」
と言って受付の板間に通され、座らせた山口さんにいくつか質問して
カルテのような紙に筆で何やら書きとめた。
近づく足音とともに、
「おいおい飯時だってのに、って本当に急患かよ」
とおっさんのぼやきが聞こえて来た。
少年と彼らはおっさんを見上げる。
見た目ものぐさそうな男性が佇む。
ボサボサの頭によれよれの着物、ごま塩みたいなヒゲで、
少なくとも医者には見えない。
彼は少年からカルテを引き継ぎ、「今日は先に休んでろ」
と声をかけて山口さんの前に座って見ていた。
しばらく経って、
「お前さん、クワエ村に居たんだよな?。
この症状はフテンマの街にあるダンジョンのボス、いわゆる女の精霊、
フテンマの女神様に何かして、
お前さんは呪いを受けた。心当たりはないか?」
山口さんは驚いて、クワエ村からフテンマまでの
旅程を思い出していると、「見当がつかない」と答える。
「例えばな、フテンマで女郎屋に入ってすぐにダンジョンに入ったとか、
街中で女性の誰かにひどいウソをついたとか、
フテンマの女神様はとても嫉妬深くて有名だから、
……畏れ多くもお前さんに惚れたかも知れないな」
最後の方は聞くに耐えなかったが、山口さんは頑張って、
記憶を手繰り寄せる。
……嫁に惚れた事はあっても、女に惚れられた記憶が無い。
魔法使いは続けて、
「この間、隣のギマ村で同じような状態のヤツを治したんだが、
なんでも嫁のお土産を買ったら金がなくなって、
その足で仲間とダンジョンで薬草の採集に向かったそうだ。
ソイツだけお客さんと同じような症状になっていてな。
治療に行ってきたんだ」
叡弘はおかしくて笑いを堪えていると、山口さんから睨まれた。
「それから買ってきたお土産よりちょっと良いのを、
フテンマの女神様へお供えをしたら嫉妬が解けて、呪いが解けた、
と言う流れになったのさ。
……解決までの時間は半年と長かったぜ。
お前さんはすぐに答えが出て、良かったな」
山口さんのはっとした声が聞こえた。
どうやら気に掛かることを思い出したようだ。
「……そういえば前の世界にいた時に、嫁と4つになる娘に水族館、
つまり遊ぶ場所へ行く約束をして、仕事の都合で行けなくなった。
その時嫁は娘を一生懸命あやしていたっけな
……それは呪いの条件に合うのか?」
なんと山口さんには奥さんと子供がいたらしい。
叡弘は時々子供扱いされた事に納得する。
「ああ、おおよそ2番目の条件だな、大方の予想だと思うが、
娘の純粋な怒りに神様が便乗した形だな。
父親ってのは、こんな時弱いもんだからな。
3番目の条件じゃなくて良かったな。
1番目と同じ方法で呪いは解けるぞ」
魔法使いは物騒な事を言いながら、
笑顔で山口さんの症状が治療可能である事を伝える。
叡弘は3番目の呪いを解く方法に薄ら寒い恐怖を感じた為、
深くは追求しようとはしなかった。
「フテンマの女神様の好物を、臨時の祭壇を作って供えればいい。
そしたら、へそ曲がりも直るよ。
で、好物がな……お前さん達、いいもの持ってきているじゃないか。
絶品の肉料理と酒なんだよ」
叡弘が持っていた葉の包みに目をやる。
どうやら女神様は肉食愛好家らしい。
「ではこれを捧げて……」と彼が言葉を繋げてみようとすると、遮られた。
「今日はもう遅い。明日、昼飯の時間に捧げた方が
より怒りを買わなくて済むからな。
量が多く必要だから豚1頭分、買い占めて来てくれ。
酒と祭壇の準備はこちらでやる」
と頼まれる。
「これは今日、みんなで食べよう。
そのつもりで買ってきてくれたんだろう?
今日はウチに泊まっていってくれ」と男性はイタズラっぽく微笑む。
魔法使いの男性は、タラと言い、村のみんなから「先生」と
呼ばれているそうだ。
治療した客が報酬として置いていった酒を山口さんに進めながら、
買ってきた肉を摘む。
タラの隣では、先程の少年……
サンラーと言うそうだが、静かにこちらを窺い、
囲炉裏で小さな明かりを灯し、皆でそれを囲んでの酒盛りを始める。
叡弘は飲めないので、黙って串焼きの肉を頬張っていた。
タラは山口さんに元いた世界の事をいくつか尋ねている。山口さんは、
「……この世界より大体400年後の未来から来たので
社会は高度に発展していますが、魔法のない世界です。
その代わりに技術によって生活が発展していて、
夜も昼のように明るいのが普通ですね。
身分制度は無くなって男女も建前上平等です。
有力者を選挙によって決め、相応しくない時は、
選挙によって引きずり下ろす事が取り決めで許されています。
一方で食料の確保は国内で満たすことが出来ず、
資源も少ないのでそれぞれ輸入が頼りです。
……あと高度な医療技術が発達しているので、
この時代では治せなかった病気、
例えば結核や梅毒、この地域特有のマラリアなどの治療が
魔術の力なしで完治できるようになっていますよ」とざっくり説明する。
「……結核や梅毒、それにマラリアまで治る病気なのか?
あれらは呪いではないのか?」
最初は気持ちが入っていない声で相づちをしていたタラだったが、
病気が呪いとして認識され患者が運び込まれる事も多く、
手を尽くしても治る事はなかったことから、
治る病気ときいてタラが食いついてきた。
居眠りをしていたサンラーが声を驚いて起き、目を擦っている。
山口さんはタラにマラリアをそのまま理解されたのが不思議だった。
叡弘は「言葉が翻訳されているみたい」と
山口さんに伝えてやっと彼は腑に落ちた。
彼はタラに
「私は医者では無いので一般常識として知っているくらいですよ。
具体的な治療法までは分かりません」と言葉を続け、謝った。
タラは「とても興味深い話が聞けて楽しかったよ。
今日はもう休もう」
彼らへ就寝を促す。楽しい時間が過ぎていった。
【次のお話は……】
フテンマ普天間の女神、ご来臨。
【「旅の場所」沖縄県 那覇市 小禄】
第20話 「お医者様」の言う事は絶対です 了
作品および画像の無断引用・転載を禁止します。©️ロータス2018
【水族館】
沖縄返還に伴う事業で国頭にできた水族館展示が前進になる水族館。
山口さんの娘ちゃんは21世紀生まれの平成っ子(描き始めた当初のイメージ)。
最近は他にもできているそうですが、沖縄県民がいう「水族館」はここの印象が強い。
2002(平成14)年に建て替えられ開館。
こちらは書いてる間に平成から令和になったったw
【呪い(まじない)と医療の境目】
伝染病の対策なら公衆衛生でしょ?と言えるのも蓄積のある現代ならでは。
特効薬さえない病気への対処は見えず、長らく人々を苦しめて来ました。
いわゆる「医者半分、ユタ半分」という言葉が現代でも残っています。
戦時中まで徴兵検査後に娼館へ行く方もいたようで(検査ストレスがかなり強い)
軍隊など集団での伝染病対策は問題視されていました。
ユタは当時、風紀を乱すとして規制対象へ。
たくさんの作品の中から、本作を読んでいただけて嬉しいです。
ありがとうございます。




