第19話
早い夕方に叡弘たちは、オロク村に到着し、
急いでバンショで早速、魔法使いの詳しい問い合わせを確認した。
だがしかし……だがしかし。
係員が言うには、
「あの方は本当に優秀なんですが、気分屋ですからね。
表で何かお土産を買って行った方がよろしいですね」とのんびり言う。
ナーファの隣町とはいえ、
のんびりとした田園風景が広がるオロク村は
人もノンビリとしている気風だった。
大抵の問題は気風の通りのんびりと解決するのだが、
緊急や重病人が出た場合、「隣のナーファを頼って行く」
と言うのが対処の定石であった為だった。
が専門の魔法使いはここにしか居ない。
バンショから出てすぐの表通りは道幅が広く、
露店が数件軒を連ねる。
案内では宿屋や店が少し離れた場所にあり、
市場より賑やかではないが簡単な買い物や
食事ができるようになっていた。
夕日が暮れようとしていた時間なので、
焼肉の串売りを出している屋台が繁盛していた。
よく見ると、どうやらお持ち帰り専門店のようだ。
肉と味付けのタレの焼ける匂いが彼らの食欲を強く刺激する。
すかさず山口さんが、
「焼肉、お土産に良いと思うよ。焼ける匂いも美味しそう」と勧める。
順番に並んで10分ほど待って、すぐに順番が回ってきた。
屋台の鉄板で焼いているのは豚肉の串焼きや腸詰め、耳などである。
手軽に食べられる部位なので、仕事帰りに買って帰る人が多いようだ。
「お客さん、豚も捨てるところが無いって言うけど、
今夜は嫁さん悦ばせてあげないかい?
とっておきのイラブー揚げ、
東のチネンから入荷したんだ。子供も増えるかもよ?」
と明るい声で黒コゲになった、トグロを巻いているウミヘビを指差して、
味見の為に大きくなっていた山口さんに向かって言う。
彼は「病人なんで遠慮しときます。それに今、俺に嫁はいないんだ」
と申し訳無さそうに返事を返した。
店主は見た目から山口さんを既婚者に間違えてしまったようだ。
ちょっと悪いな、と思ったのだろうか、
「すまないな。じゃあ坊ちゃんと焼肉、夕飯にするんだな。
これはおまけだ」
と注文した串焼きと腸詰めの他に、耳を焼いたものも少し、
大きな葉で包んで付けてくれる。なんでも酒のアテにおススメらしい。
買い物を済ませて、バンショの厩舎の側に止めてあった
バイクの方へ戻ると、傍にひとりの女の子がいる。
歳は叡弘の見た目年齢より少し幼いぐらいの小さな子で、
服にはつぎ当てが所々施され、裸足で立っている。
近づいて見ると、なんとバイクが少女に向かって
何やら話し込んでいた。
「おじちゃん、もっと旅のお話して。
チルはまだ、この村の外から出た事ないの。
ウラシイもナーファも楽しそうだし、一緒に行きたいな!」
女の子は目を輝かさせて、とても楽しそうだ。
「お嬢ちゃん。もう遅い時間になるから、お家に戻らないとダメだよ」と
見ていた2人は声をかける。
山口さんは肩に収まるように小さくなって、様子を黙って窺っている。
少女は怒って
「チルはここにいたいんだもん。
あなたがバイクさんのご主人様?チルも一緒に……」
叡弘はチルの言葉を遮り、
「バイクに聞いたかもしれないけれど、
僕らは病気の友達を治す為にここに来たんだ。
それに、今は3人で精一杯だから、一緒に連れていく事はできないよ。
勝手に連れて行っても、チルちゃんのお父さんとお母さんが
悲しんでしまうよ」と答えた。
言葉は優しいが、はっきりと拒絶の意思が感じられる。
あまりの言葉の冷たさに、少女は大声で泣いてしまう。
「イヤァー。来年から畑で働くの!働いていたら、
もうムラの外、行けなくなちゃう。
お姉ちゃん達みたいに、痛い「大人のハジチ」も
我慢して入れなきゃなんないし。痛いのイヤァー」
大声に何か事件があったのかと通りの方から人が集まって来た。
チルの母親が駆け寄って来て、頭に鉄拳を食らわすまで
彼女は泣き止まなかった。
その手の甲にもしっかりと刺突が施されている。
ワクタバンショの係員から注意を受けた例のハジチだ。
「あんたはもう、いい加減にしなさい。
お父さんは体が弱いから、心配させないで。お家に帰るよ!」
と彼女を引き寄せる。チルの母親は彼らに
「……ご迷惑をかけてすみません」と小さく謝った。
叡弘はチルに、「これしか出せないけど、機嫌なおしてくれる?」
とさっき屋台でおまけに貰った豚耳の包みを渡す。
さっき山口さんが、渡して良いと小声で勧めてくれたのだ。
少女は機嫌が完全に戻って、笑顔で受け取った。
母親はいたたまれないようで、恐縮してしまっている。
彼らは「少ないけどみんなで仲良く食べて下さいね」と言って
早々とその場を立ち去った。
【次のお話は……】
遅い時間に、魔法使いの家を訪ねる。
【「旅の場所」沖縄県 那覇市 小禄】
第19話 オロク村へようこそ 了
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