第18話
ナーファ港の東、夜明け前のクメ村のドゥンチの庭で
ティーの型を練習している男が1人……
諸肌を脱いで繰り出す型の動きは美しく、
傍目には舞の練習をしているものかと勘違いされる程であった。
よく引き締まった肌に汗が流れ、最後の一撃を繰り出す。
一面に闘気を放ち、呼吸を整えその場に立ち尽くしている。
よく見ると手の甲に暗い紫色のハジチが輝いていた。
「天は我の義を通してくれるだろうか……」
彼は低い声でつぶやく。
庭には誰もおらず、答えは返ってこなかった。
髷と服を整えて彼は屋敷の中に入っていく。
夜が明けようとしている。仕事の時間だ。
彼はクメ村の長、名をリザンという。
初老を迎える彼は眉間に皺を寄せて悩んでいる。
手に持つ漢文で書かれた書類には、
ヤマトの将軍イエヤスの花押が記されており、
リザンは唇を噛み締め、それを睨め付ける。
クメ村は大明国の南部から移り住んできた民が暮らし続ける場所で、12の部族が代々の国王に仕え、現在では琉球国王と大明国皇帝の関係をつなぐ「橋」として機能し、主に貿易に関する行政部署がここクメ村に集中していた。
……2年前、ヤマトで漂着してしまったこの国の人間を、
送り返してくれたまでは良かったんだが……
まさかのトクガワが「謝恩使を送って寄越せ」と大事にしてきたのだ。
大明国が築いた朝貢貿易で貧しいこの国が動いていることは
向こう側も分かりきっているはず。
宗主国と朝貢関係のない国へ謝恩使を送ったら最後、
見捨てられ、孤立するこの国は、欲深いヤマトへ取り込まれてしまう。
その時は守護を任されているサツマが攻めて来るだろう……
……取り込まれたなら、
あらゆる形でひたすら搾取されるだけの地獄しか思い浮かばない。
この国の未来がないのだ。
戦世にでもなれば、強いとは言えないこの国の民は、
誰も居なくなってしまうのでは無かろうか……
去年、大明国へと一年がかりの朝貢の旅を終え、
王宮に帰還し報告を終えたリザンを待っていたのは、
国王以下家臣団からの問題の丸投げだった。
彼もあまりの理不尽さに本当は投げ返したかったが、堪えた。
その割に意見を上役へ上奏すると、
「アジでもない下位のサムレが偉そうに」
と嘲笑い、上奏した文章を突き返す。
役職の高いアジ達の一番望んだこの外交問題への対処は、
下位の担当者に責任を擦り付け、事件をウヤムヤにする事だった。
何かあればトカゲの尻尾切りと同じく、彼を殺せば一件落着だ。
的にされた方はたまったものではない。
状況を見ていたウラシイ王子が手をこまねいていたのも無理はなかった。
連携できる味方が誰もいない……
(……「断じて行えば、鬼神もまた之を避く」か。
こんな言葉ぐらいしか、慰みにならん。
今のところ出来ることは……スイの害虫どもを片付けなくては。いざ戦となれば足手まといにしかならないからな。片付るとなると手慰みのハブ獲りのように、一撃で頭を潰さないとこちらが潰される。サンシカンの誰かひとり、グスクマかクニガミ、グシチャンのどちらかを潰さねば。戦になりそうな厄介事は部下に押し付けて、自分たちの派閥と利害を一番に考える腐れサムレなど、滅んだ方が民の為だ。
3人とも同じだが、手足になる人間も残さないと。
……誰がいい?誰を潰せば1番効率が高い?)
リザンは何度も上奏文を却下され続け、
最近ではクメ村のドゥンチに引きこもってしまった。
陰湿な王宮官僚社会の辛さに半ばヤケになっていたのだ。
それを見ていた部下たちが、負担を肩代わりし、
彼は最小限の仕事をこなしつつ、
やっとこの問題に向き合っていたのだった。
(まずサンシカンにならないと、ウシュガナシーメーに直訴すらできない。
どうにかして彼らの弱みを握らねば……)
リザンは長く考えた後、側役たちを呼び、王宮の噂や評判を詳しく聞いた。
長い旅の間、クメ村の留守居役だった者たちだ。
彼らが言うには、
「現在の王宮で1番幅を利かせている派閥の長は
サンシカンのグスクマウェーカタで、
派閥の維持に不当な資金を使用している」という事を伝えられる。
末端で小役人の間ならある程度許容できる。
しかし官僚政治の発言権を確保するための汚職なら大問題だ。
今は王宮で取り沙汰されていないが、
大局を動かす際に重い足枷になる事は分かりきっていた。
早速彼は部下に、
グスクマウェーカタ達の不当な資金の出所を
それとなく探る様、指示を出していく。
その頃にはドゥンチの外はとっぷりと日が暮れていた。
【次のお話は……】
山口さんの病気を、直してくれる医者がいる村へ到着した主人公たち。
上手くいくかな?
【「旅の場所」沖縄県 那覇市 久米殿内】
第18話 噂の「あの人」 了
作品および画像の無断引用・転載を禁止します。©️ロータス2018




