第15話
叡弘たちはウラシイを発って、ナーファにたどり着く。
王都のスイまではまだ距離があり、バンショは山口さんが言うには、
何故か元の世界の沖縄県庁と同じ場所に立っているらしい。
県庁所在地の泉崎だ。
ここではワクタバンショと呼ばれている。
場所を確認した後に、バンショから近くにあるという
国際港・ナーファ港へ向かった。
湿地帯の河口部分に開かれた市場では
様々な地域の交易品と人々が直に行き交い、
今までの街や村では見られない華やかさを誇っている。
彼らは多くの商品を見て回り、屋台の料理も楽しむ。
異国情緒あふれる港を無邪気にに堪能していたのだ。
その光景を見るまでは。
鎖に体を繋げられた大勢の人間が、曳かれて目の前までやってくる。
彼らに嵌められた木製の首枷や鉄製の手枷を動かす音が、
その場一帯に重々しく響き渡った。
「通りがけの旦那様、奥様、坊っちゃまにお嬢さま。
遠くの島からやってきたウチの奴隷たちはいかがですか?
使役や見世物、賭の闘技用にどうぞ。大変お買い得となっております!」
曳き回されている奴隷たちは、大柄な黒人男性や
南方系の顔立ちの少女など様々。
2人は商売の口上で振り向き、唖然とその光景に釘付けになる。
目の前で公然と奴隷取引が行われているのだから。
彼らの生まれ育った「日本」ではもう普通には見られない違法な商売だ。
山口さんは半ば呆れながら、小声で撤収を呼びかけた。
「あと300年ぐらい経たないと、この国で「基本的人権」が適応されない。
ここでは俺達の方が考えがおかしいと考えなきゃ。
厄介事に巻き込まれる前にずらかるぜ」
よく見ると、大人の奴隷たちの影に、今までのムラで見たような
子ども達までいる。
光景に眼が離せず動けないままになっていた叡弘は、山口さんの制止を聞かず、
不可解だと言わんばかりに商人へチップを押し付けるように渡した。
破格の報酬に喜んだ商人は、これがどういう事かを2人に説明を始める。
(厠 達三さまイラスト)
「バンショで税を支払う月にムラ単位の人頭税が払えなくて、こうやって村から子どもが売られてくるのさ。コイツらには悪いが、島や村の外に出て必要経費分、つまり1年稼いでもらうって事だよ。
坊ちゃん。コレはどうだい?特に別嬪じゃないが、ほかのと比べて歯が綺麗に生え揃っている。短い期間労働者だから金抜きもまだだし、このまま買い取って育てて番わせれば、子どもも産めて使役できる数も増やせるさね。必要なら舌や目ん玉をくり抜くぜ。抜歯もタダだ。痩せて食用だけは向かないが、……今なら大変お買い得だよ」
……完全に人間を家畜扱いしている。至極当然に。
「買うなら好みの躾もして、趣味の刺青や飾りを体の好きなところへ施すのもツウの愉しみさ。手間が大変だが所有欲と達成感が味わえる。それから飯は粗食でかまわねぇ。食べ過ぎちまっても病気になっちまうからな」
……見た目の叡弘と同じくらいか、痩せて小さい子どもを目の前に引っ張り出される。恐怖に怯え、震えている子どもの腕を掴み嬉々として彼は売り込みをかけ始めた。手首を縛る枷は重く、掴まれた子どもは自分で腕を持ち上げる事もできない。
出稼ぎ中に傷つけられた身体の事は、間切やムラに戻された時に不問にされ、契約次第では本人の意思とは無関係に体を破壊する事も商人は厭わないと言う。
取引を行う奴隷商にとっては、至っていつも通りの営業トークだった。
声の調子からも分かってはいたが叡弘は相手が満面の笑みである事に気がついて、だんだんと胸糞が悪くなって行く。
ついには激しい嘔吐感に襲われ、しゃがんで動けなくなってしまう。
彼にはどうやら、刺激が強すぎた様らしい。
「……すまんな店主、俺達帰るわ」
様子を見ていた山口さんはすぐに姿を大きくして、
それ以上何も言わず叡弘を抱えながらバイクを押して立ち去った。
奴隷商の店主は、心配そうな表情をして得意客たちを見送るが、
しばらく経つと彼らの事は何でも無かったかのように、
声を張り上げて自らの商品の売り込みを続けた。
港のそばに在ったクメ村の入り口にある宿に泊まる事にする。
見た目中華風で高級そうな宿だが、
マイチから渡された「お勧めメモ」に沿った条件の宿は、
街の中でここだけだった。
山口さんは宿の手続きを済ませて叡弘とバイクの安全を確保すると、
今までの強い緊張が途切れたのか部屋に入った途端、倒れ込んでしまう。
…………
どのくらい時間が経ったのかわからないが、
意識を喪って1日はまだ過ぎていない。
肌でそう感じながら叡弘は、瞼をだるそうに開けて周りを見た。薄暗い部屋に寝かされ、となりの布団には山口さんが疲れた表情で布団の上に寝ている。その様子を見た彼は、自らの軽率さを酷く後悔していた。
あの子たちをどうしても助けたかった。溟くて怖い場所から救い出したかった。……けれど、あんなに大勢は、僕の手が小さすぎて届かない。
救えない無力感が自身への怒りに変わり最後は気持ち悪くなって、状況を全て分かっていた山口さんを引っ張り回しただけで、何も解決できていない。
……自身の意外な正義感の発露に、混乱と疲労が合わさる。瞳から涙が溢れて意識が飛ぶ。すべては一瞬の出来事だった。それから叡弘が体の調子を取り戻すまでに、1週間以上を要した。
山口さんは疲労から目覚めてずっと調子が良い。
だが、2人の間でこの話題だけは一旦留め置かれた。
まずは目的のあるバンショへ行かなくては……
症状が重く気になった宿代は後払いになってしまって、店員から手数料込みで200万銅の支払いを求められる。手痛い出費だが、宿が医者まで呼んで適切な治療までしてくれたのだ。2人に不満など無かった。
改めて向かったワクタのバンショの受付は、
一階の大広間で最初20名程の列に並び、窓口まで長く待たされる。
やっと順番が回って来て、受付嬢が持ってきた封書の
内容を確認をして驚かれた。
急いで受付担当の長が呼び出され、丁寧な謝罪を受けてしまう。
「ギマ村のペーチン、マイチ様から封書をお預かりされていたのですね。
大変な手間をかけてしまい誠に誠に申し訳ございません。
失礼ですがサムレ専用の窓口へお越しくださいませ……」
彼はこちらが可哀相だと思うくらいに青ざめていた。
「マイチさんはどのくらい偉い人なの?」
叡弘が小声で山口さんに尋ねると、彼は手早く答えてくれる。
「国で三番目ぐらいに偉い人で、主に首里に詰めている
領主たちに代わって実際の領地経営を任される。
責任も重いぞ。副村長と言った方が分かりやすいかもな」
返事を聞いた叡弘は、あの朗らかな彼の意外な一面に驚く。
それからサムレ用受付は話が既に通っていたのか、すぐに対応してもらう。
魔法使い見習い登録の手続きは3日後にできるそうなので、
彼らは予定を待ちながらナーファの市場や港を見て愉しむ事にした。
そこで叡弘は再び奴隷取引を見ることもあったが、
もはや以前のように気持ちが激しく揺れる事は無くなった。
【次のお話は……】
当初の目的だった、「魔法使い見習い登録」を
ワクタバンショで行う主人公。
【「旅の場所」那覇市 泉崎/那覇港/久米村】
第15話 ナーファのバンショはドコデスカ? 了
作品および画像の無断引用・転載を禁止します。©️ロータス2018
【奴隷売買】
戦闘後における日本人奴隷の売買も
規制され始めたのは豊臣政権時代から。
陸と海の路を辿って
遥かな遠い地へ連れて行かれることも。
一方で東南アジアでの日本人街や傭兵稼業が
引く手数多だったようで
戦国時代の収束によって海の向こうへ
活路を見出した人々もいたようです。
【人頭税】
採用された地域は
洋を越えていくつかあるそうで。
沖縄県の場合は
明治の琉球処分〜廃藩置県後、旧慣温存政策を背景に
撤廃運動で廃止されるまで長く継続して存在しました。
【基本的人権】
沖縄返還まで琉球政府時代を過ごした
沖縄県民が喉から手が出るほど欲しかったもの。
復帰後に尊重されているか?というのはまた別のお話に。
与えられた割に当たり前にあるものでもない。
自ら勝ち取った訳ではないからだろうか。
たくさんの作品の中から、本作を読んでいただけて嬉しいです。
ありがとうございます。




