第14話
とても気持ちのいい昼下がり。ウリズンの頃だろうか。
ある屋敷の縁側で1人で碁を打つ裕福な初老の男性……
頭には金の簪を挿し、穏やかな表情に白髪混じりの山羊髭を蓄え、
見た目は老人の様に見える人物が苦しそうに息を吐いた。
「……クメが騒がしいのう、どうしたらいいんじゃ」
答えの無い問いかけに、また碁の手を打つ。
老人にはまるで打つ音だけが返事の様に聞こえてくる。
(タイコウ殿下がみまかわれて、ヤマトでの守護大名が
ツシマのソウからサツマのシマヅに変わりおったわい。
評判を聞く限り、闘う才能に恵まれた血生臭いシマヅが、
難癖つけてこの国に無理強いするのは目に見えているんじゃ
朝鮮出兵の時、気が回らずに彼らに借入までしてしまったのも痛い)
鬱々とした考えに囚われた彼に、
駆け寄ってきた3歳になる孫息子が声をかけた。
「おじじ様、お加減は大丈夫ですか?」
幼く無邪気な笑顔にハッとした老人は、
柔らかい微笑を彼に向け、そっと見つめる。
「爺が困っているのを助けてくれたのだな。ありがとう」
優しい仕草で彼を抱き寄せ頭を撫でた。
(……この子達の時代になった時、
サツマとこの国の関係はどうなっているのだろう。
全て考え過ぎであって欲しいんじゃが……)
未知への恐怖から逃げる様に抱きしめる手へ力を込め、暗い考えを振り払う。
すぐに「おじじ様、痛い」と泣かれてしまい、
「すまないの、許してくれるか?」と急いで手を放す。
やがて孫に笑顔が戻ったのを見ると、彼はやっと安心する。
とりとめの無い恐怖はほころび、霧散していく……
最近のウラシイ王子は、終始こんな調子で憂鬱な日常を繰り返している。
かつて強靭を誇った肉体も今では痩せ細ってしまい、
拭けば飛びそうな印象へ変わってしまった。
ウラシイの地を治める彼はこの国の王、ネイ国王の叔父に当たり、
先々代の国王の忘れ形見で、今は亡き3人兄弟の末っ子になる。
先代王の養子に当たる現国王の後ろ盾であった。
例えばもし、国王が間違えた政治を行おうとするならば、
彼は先の短い命に代えても諌めなければならない。
何でも無くても、心労が溜まる辛い立場の人間だ。
(こんな時、長兄のイエ王子と次兄のナカグシク王子が居れば、
答えの1つぐらいは捻り出せたのに。ネイ様は養子じゃし。
長い治世の割に、お世継ぎや姫すら居ないのも頭痛いしの。
でもあんまり言いすぎると国が傾いてしまう)
性根が元々そうなのか、孫以外にも何だか色々
抱え込んでしまっている……
そんな老人にも、明るい話題は有った。
ナーファの南、ギマ村のペーチン。マイチの事である。
この屋敷、ウラシイウドゥンの広間で彼に謁見した時の第1印象は、
老いぼれた自分とは違い、新しく国を引っ張る側になるだろう。
……引っ張り方はまだ荒削りだが、
尻が軽く協力者と力を合わせていける才能を持っている。
と前向きな印象を抱く。
通常、ペーチンという人々を束ねる立場までになると、
大体の役人たちは自分の担当した領地内から出てこないのだ。
一方でアジと呼ばれる各領土の諸侯たちは主にナーファの首都、
スイに詰めていて、日夜権力闘争に明け暮れていた。
彼らの為にあらゆる雑務は各村のペーチンが行い、
彼らへの裁可権は間切の領主に当たるアジたちが握っている。
「マイチは無事チャタン間切へ辿り着いたか。
この島の嵐に打ち克つ植物を見つけたと言っていたがの。
ウチの孫みたいに笑顔が気持ちのいい明るい子じゃった。
楽しみじゃの……」
◇
しばらく経って、老人は謁見の間へ呼び出される。
変わった風体のウランダーが遠くイチュマン間切のナシロ村から、
歩きで護送されてきたのだと連絡があったのだ。
彼は村にやってきた倭寇たちを、村の男衆と共に海へ追い払ったという。
縄で縛られた年嵩の彼はかなり小汚い風采をしており、
何故だと納得がいかない表情でこちらを見据える。
緑色に輝く鋭い眼光からは知性を湛えた雰囲気が感じられ、
老人から見ても、彼が只者ではない事は明らかだった。
着ている薄汚れた明るい緑色の服も、
仕立ての作りがこちらの物とだいぶ違うようだが、かなり機能的に見える。
「殿下の御前である、控えられよ」
侍従たちが彼を棒で抑えつけ無理矢理、彼を跪かせようするが、
縛られたまま抗う彼は、老人に向かって大音声を放つ。
「殿下。習慣が違うので、跪くことをどうかお許し願いたい。
……ただ、私達の最高の礼をもって、ご挨拶をさせてください」
老人はその声に一瞬気圧される。
しかし怖いもの見たさが勝ったのか挨拶する事を許した。
縄を解かれた異人は老人に向かって、
つと立ち上がり、右手を額に付ける……
一瞬だがとても美しい所作を示す。
これが彼の言う「挨拶」のようだった。
老人は喜んで、「舞を舞っている様だの」と言ったが、
表情は暗く笑っていない。
状況は異人にとって不利に傾いて行く。
これからの判断次第で異人は奴隷として売られる事もあるだろうし、
「無礼である」と最悪今殺されても何も言えないのだ。
一方で座り直した異人は胡座をかくことができず、困っている。
その様子に呆れた老人が仕方なく
「良いから楽にして座りなさい」と声をかけた。
どうやら板間や床へ座る習慣が無いのか脚が上手く曲がらず、
彼が落ち着くまで暫く待つ。
異人の名は「バックナージュニア」。
軍人でこの国のサムレの様に、
誇り高き祖国を敵から守ってきた。と話し始める。
「とある島の南側へ、戦争の司令官として赴き、
前線を見回っている時に意識を失った。
もう少しでジャップの本拠地に近い本土攻撃ができると思っていたんだが
……ここに行き着いた」
と彼は自嘲気味に言う。
老人は聞き慣れない「戦争の司令官」と聞いて内心慄く。
この国が古い王から、新しい王へ王位をゆずりわたした頃に、実はアジ達諸侯以下は全て武装解除していた。武器は最低限あるものの、現在では一般の士族達もごっそり牙を抜かれ、官僚制に精を出す文官ばかりになってしまったのだ。血生臭い「戦争」は、この国にとってもはや「遠い過去の出来事」に過ぎない。
(……彼を味方にして雁字搦めにしなければ。 まず自分たちが侵される)
老人は、彼の様子を見てそう直感した。そこには既に孫を愛でる好々爺の姿は無く、ひとかどの武将が闘気を漲らせて座っていた。
【次のお話は……】
国際色豊かな港街に着いた主人公達。
……次回は残酷な描写が入っています。
苦手な方は、飛ばして次話から読んでください。
【「旅の場所」沖縄県 浦添市 浦添御殿】
第14話 ウラシイ王子の「憂鬱な日常」 了
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