第13話
朝の早い時間、叡弘たちは宿を発って古都ウラシイの港へ向かう。
店員の説明を一緒に聞いた山口さんに
「明日行って見よう」と約束していたのだ。
「……古い都のウラシイはナーファに次ぐ大きな港町です。
まずは夜明け前に開かれる魚介類のセリ市と、
新鮮な食材を使った名物料理の屋台が市場にたくさん立っていまして、
美味しそうな屋台の匂いだけでお腹一杯になるそうですよ。
あとウラシイ海城が今普請中なので、ナーファ港の沖に止まっている、
色々な外国の船が停泊している所が海伝いに見れて面白いです。
港の隣に古い石切場もあって、血気の多い男衆が大きな石材を切り出す様は
賑やかでまるで毎日がお祭り騒ぎですね。
またナーファから北東の丘に、古くて佇まいの美しい御城と
古に居た王様方のお墓があります。
城は今の王様とは違う一族の王様が居城として使っていたそうで、
今ではユタ達の学び舎、「学問の館」として知られています」
「文字の読めないお客様もいらっしゃるので、
このくらいのお問い合わせは普通ですよ」
と矢継ぎ早に説明され、
さも当然のように彼女は爽やかな営業スマイルまで添えて来る。
……パーフェクトだ。
そのあと食事を軽くつまみながら、
2人はウラシイの観光スポットを回る順番を決めて1日を終わらせる。
興奮した山口さんが店員へ喰い付いて、評判の良い店を5軒ほど
教えてもらっていた時は呆れてしまった。
……なんだか宝物の地図のような、小さな地図を
満足げに書いていたのは、……見なかった事にした。
とりあえず、明日は早い。
翌朝、出立時であるにもかかわらず山口さんが
叡弘の肩でぐったりしている。辛そうだ。大丈夫?と聞くと、
「一昨日、ヤギ汁が美味しくて食べ過ぎたのが、まだ腹に残っててな」
彼は申し訳なさそうに手短に囁く。
◇
ニーノシマの宿から、20分程でウラシイの街境へ入る。
バイクからも2人へ昨晩の店員と似た様な案内がされた。
追加された情報として、
街道宿道が石畳で舗装され始めた地域で水はけが良い事、
物流拠点の為か運び屋が多いため車道と歩道が分かれている事、
バンショに魔法使いがいる事、
バンショは港のすぐそばでイリジマという地名に在る事、
「学問の館」という施設は歴史がかなり古く、
収蔵される資料の中にはこの国の神話時代から書き記された
最古の魔導書「オモロソウシ」が眠る。
他にもお城の麓に領主館があり、 領主は「ウラシイ王子」と呼ばれ、
民から人気のある人物でもある事を伝えられた。
農村から都市へ入って、情報が満載になってきているようだ。
◇
バイクの案内でしばらく走って行くと、やがて石畳の道に切り替わる。
石畳の全体の幅は10mくらいで案外狭い。
車道が真ん中に通っていて大体7メートルぐらいで、
車道から一段上がった幅1mぐらいの歩道があった。
車道と歩道の段差の中に削られた溝があり、
泥水やゴミはそこに流れる様に車道にはわずかな傾斜が与えられている。
人が思い思いに歩いているので、
道の混雑はこれまでの街と変わらなかったが、
道の半分くらいの大きさの荷馬車が通る時に歩道を利用するらしい。
たどり着いたイリジマは大きな港である。
石材を採掘した跡に発展した古い歴史を持つ。
入り口にある高台の広場から、晴れ渡った海辺を見渡すと
男たちが掛け声を合わせて大きなサンゴ石を
採掘しているのが遠くに見える。さらに目線を南の沖合に向けると、
日本の船や教科書に載るような中国船、海賊映画に出てくる様なガレオン船が
複数停泊していて異国情緒の色が濃い。
翻って北の沖の方には普請中のウラシイ海城が
たくさんの松明で照らされ、幻想的な風景が広がる。
2人はバイクの案内にウラシイ海城がない理由に気付く。
……マッピング能力が向こうまで遠くて届かないのだ。
道行く人に帆船のことを聞くと、
「天竺から来たエゲレスか、南蛮から来たオランダの船か、
ヤマトの国と取引のあるイスパニアの船のどちらか」
と気前よく教えてくれた。
この辺りの住人は、道ゆく旅人たちによく聞かれるらしい。
大きいサイズの山口さんは、この眺めを眩しそうに見つめている。
海風がとても気持ち良い。
「俺たち、すごいところに来たんだな……」
彼は泣きそうな声でささやく。
「……ここの世界も俺たちと同じように歴史通りコトが進めば、
豊かな姿のこの国は5年後には本当に大きく変わってしまうんだ。
それでも叡弘はこの国で生きて行きたいと思うか?」
今度は落ち着いた声で叡弘へ質問を投げかける。
叡弘は質問の答えに困った。
もともと沖縄へ旅行に来たのは完全にレジャー目的で、有名なラーメン店は知っていても、旅行先の歴史を深く理解しようとはしなかったからだ。ゆったり観光地を巡って、楽しくて気持ちの良い経験をして旅行を完結させているだけ……普通の観光旅行なんて、本来ならばどこでもそんな物だ。
「……正直な気持ちで言うと、自分は元いた世界での歴史なんて
興味無かった。楽しい観光地だし、そうだと思わなかったら、
沖縄へ来ることも無かったよ。
山口さんは戦争が起きると言うけれど、自分には実感が無いんだ。
だからここで酷い争いが始まる前に、よそに逃げよう?
……山口さんなら、どこが平和か知っているんでしょ?」
山口さんは、真面目な表情で仕方ないよな、と前置きしてから言葉を続ける。
「俺は体が治ったら、マイチさんのところへ行く。
……俺の故郷を想ってくれるはずの彼の手伝いがしたいんだ」
「この時代はちょうど時代の転換期で、
世界中の古い王が新しい王に打ち倒される。
今の日本、「ヤマトの国」で一番安全な地域はな、江戸だよ。
……良かったじゃないか」
静かに彼を見つめながら、微笑んでいる。哀しそうな大人の優しい笑顔だ。
「……まあ、病気が治ったらの話だから聞いておきたかったんだ。
ゆっくり考えてくれ」
2人はしばらくその場から立ち去る気分になれなかった。
お昼近くになって、2人の腹の虫が鳴るまでは。
もう競り市が終わっているから、
港の人達用に開かれた朝の屋台と、旅人用に開かれた
昼の屋台が入れ替わる頃合いだ。
朝の屋台に行けなかったのはちょっと残念だったが。
「お腹が空いた。もう真面目な話はいいよな?」
山口さんが情けない声で聞いてきたので、叡弘は笑いながら、
「僕はマイチさんみたいに呑み込み早くないから、
お手柔らかにお願いします」
と彼に歩み寄る。
「じゃあ仲直りだな」
2人は硬い握手を交わし合った。
【次のお話は……】
古都ウラシイの旅を満喫している主人公の背後で動く、
ある俠達の物語が始まります。
【「 旅の場所 」沖縄県 宜野湾市 宜野湾から浦添市 西洲へ】
第13話 「ウラシイ」へ行こう 了
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