第1話
やがて森を抜け、煙の立つ場所が詳しく見えてくる。
向かう方向へ茅葺の屋根が2、3軒見え始めたのだ。
ただ、ここに来るまで有るはずの電信柱が全く見当たらず、
道にも目立つ轍すら見当たらなかったのである。
一体どこへ飛ばされたんだと、
彼は内心呆れながらも自ら決めた目的地へ近づいて行く。
建物は10軒ほどあるようだが、やはり人影は見当たらない。
……ここは集落だろうか?
サイドバーを降ろし一旦停車して辺りを見回す。
辿り着いた茅葺屋根の家屋は、
丈の長い草で編まれた草壁と城の石垣とまでは行かないが、
小振りの石を積んだ高い石垣が取り囲む。
そっと覗き込んだ薄暗い家の中は、
踏み固めた土間の先に石で竃が組まれ、
申し訳程度な小さな炎と煙を放っていた。
最初に見かけた湯気の正体はコレのようで板間は見られず、
彼にはガラクタに見える物が無造作に置かれている。
(まるで発展途上国のCMで見るような場所じゃないか。豊かそうに見えないぞ)
さらに歩くと村の真ん中にある広場へ続き、
時代劇に出てくるような木で作られた立派な御触書が
広場の中央にしっかりと打ち付けられていた。
つらつらと筆文字が書かれていたのを読みたくて
覗き込もうとした次の瞬間、彼は驚いて後ずさってしまう。
筆文字が一瞬にして活字に変換され、
彼にも楽に読めるようになったのだ。
『クワエ村民へ告ぐ。 農閑期を利用して断続的に続いていた
「ウラシイ海城」の修復期限を切り上げる為に、臨時で人足を募集する。
給金と食糧は弾むので、急いで来られたし。ウラシイバンショ』
「んー……農閑期に城の修復を?人がいないのはわかったけどね、
ここはどこなのさ……クワエ村?」
海の方を見回してみるが、「城」らしき建物は見当たらない。
疲れたのか停めてあったバイクの荷物から
引っ張り出した水筒の水を一口飲んで、
努めて落ち着こうとする。
早く誰かに出会わないとまずいよなぁ、
と不安を抱え始める彼が座り込むと背後から突然声が聞こえてきた。
「坊主、どこから来た?こりゃあ、何だ?」
驚いて振り向くとかなり痩せていて、
つぎ当てだらけな着物を着ている老人が1人で近付いて来る。
頭にはくたびれた布を巻いて、左手に小さく古びた中華鍋を携えていた。
彼は急に呼びかけられて心底驚いてはいたが、
驚きよりも言葉が通じる相手が現れた事に
安心がまさって拍子抜けしてしまった。
「大丈夫かい?坊や。わしはこの村の長でクワエ村のジルと言う。
お前さんはどこから来たのかな?」
老人は口調こそとても優しいが、探るような厳しい眼差しを彼に向けた。
「始めまして村長さん。僕の名前は鈴木叡弘と言います。
日本人で今は南へ向けて旅をしていて……
言葉が通じるようなので、ここはどこなのか、
どういう所なのか教えてください」
老人はフムと頷きながら、言葉を続ける。
「坊やはアキヒロと言うのか。「ニホン」という村は遠くにあるのかな?
聞き慣れない名前であるね。
ワシらはここ、すなわちクワエ村周辺にある
村々の名前ぐらいしか分からない。
遠い村とのことは、偉いお役人達に任せてあるでな」
老人は困った表情ではあるものの、彼へ簡潔に答えてくれた。
「村の皆は御触れのあった城の普請が終わるまで
しばらく帰ってこないが、今日はもう遅い。
成人前の子どもを外に置いておくと山賊や化け物に捕まるから、
村に泊まっていきなされ。
仕様がないが、ワシの家なら泊められるかもしれん」
叡弘は彼の言葉に甘え、
不思議な村で夜を過ごす事になるのだった。
【次のお話は……】
村長しかいない、謎な村に泊まる事になった主人公。
【「旅の場所」沖縄県 北谷町 桑江】
第1話 ワレワレハ「ニホンジン」……デス? 了
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