閑話 後編
越来村での野営が終わり、
遠くに艦砲射撃の音を聞きながら、彼らは東に向かい始める。
「夜間の照明弾、眩しかったな。
距離があるのにここまで明るかった。お陰であんまり寝れてない」
ウンザリした表情を見せるマイクにヨシュアは、
「全くだ」と短く返事を返す。
「なぁマイク、昨日捕虜にした奴ら、無事収容されたかな?
相当参っていたから、ちょっと気になるんだよな」
マイクは困った表情をして彼の方へ振り向き、言葉を選んで言う。
「大丈夫さ。動けそうなヤツらは歩いて向かっているし、
足のおぼつかない老人達は後続のトラックに乗せられるハズさ。
それより自分の心配をしろよ?
ここには小さな敵もいるんだからな。マラリアだ」
「治療薬があるのは有り難いさ」
ヨシュアは言葉を続けながらチューインガムを口に放り込む。
ロングセラーのハッカ味は、眠気覚ましに丁度良く出来ていた。
2人は昨日と同じように、部隊の仲間とてくてく歩いて行く。
通りがかった越来村の高台から東の方向が見える。
かなり古い砦跡のようで、高台の上が拓けているだけ……
付近を艦砲射撃でえぐられている為、全体の様子はよく分からない。
丘を登りきるとバックナー・ベイを遠くに望めた。
たどり着いた者達がはしゃいで、
目指す目的地はどこか?と指を指している。
先が見える距離に来たのだとマイクがひと息つく。
……タバコの時間だ。
タバコをくゆらせながら海辺を見つめ、感慨に耽る。
(ペンシルバニアから本当に遠いところに来たもんだ)
極東の小さな島々で腹一杯、
激しい命のやりとりを繰り返してきた。
ペリリューは奇跡的に帰ってこれたがな……
ここではどうなることやら……
紫煙を肺に行き渡らせ、大きく深呼吸して隊列へ戻っていく。
太平洋側まであと2時間の地点を、再び歩き始めた。
タバコを飲まないヨシュアは先を歩いている。
◇
第1海兵師団は越来村からやっと隣の具志川村へ入ると、
隊員達にも疲労が見え始めた。
住民達の中には素直に捕虜収容所へ向かう者もいれば、
無謀にも彼らへ攻撃してきた者も出て来たのだ。
……精神的に一番キたのは、
洞窟に隠れていた避難民が彼らの説得に応じず、
恐怖に追い詰められて集団自決してしまう事だった。
実は彼らが先日通り過ぎた読谷村でも、
偶然遭遇しなかっただけで「同じこと」は起こっている。
「血も涙も無い鬼畜だと、軍や役場に散々教えられた。
あなた方アメリカーに殺される覚悟で
自宅に居る。さぁ、早く殺してくれ」
昨日、日系2世の同僚が上官へ伝えていた言葉を
そのまま思い出させる光景だ。
追加された捕虜収容任務の為にわざわざ救おうとして、
せっかく差し伸べた手をことごとく振り払われるのは勿論、
その為に隊員達は理不尽さと無力感にも苛まれ消耗して行く。
「クソが。聞き分けの悪いイエロー・モンキーどもめ。
こちらへ素直に従えば良いものを」
彼らは罵詈雑言を口々に吐き出し、東へ行軍を続ける。
自ら野蛮な行動をしていないと言わんばかりに、
捕虜の救助を記録に撮る一方で、
「白人以外に人間扱いなど不遜である」
として満身創痍で無抵抗な捕虜たちへ、
更なる暴力を振るおうとした者も出て来る有様だった。
具志川村も概ねそのように過ごし、
更に日が暮れて勝連村の南風原に着いた頃には、
彼らは心身共にすり減らしていた。
勝連村に着いて野営を始めた彼らは、
もの凄い光景を目の当たりにする。
確保した読谷飛行場や、太平洋側に配備された戦艦ミズーリで
夕飯の時間が終わり、
中頭地域へ照明弾と艦砲射撃を
まるで豪雨のように叩き込む……
それに応戦するかのように、
南に在る宜野湾や浦添方面から高射砲の砲撃が嘉手納へ向かう。
激しい砲音と地響きが距離のある彼らの居る勝連にまで伝わって来た。
……戦後、「鉄の暴風 」と語り伝えられる光景である。
中城湾を挟み海伝いに望め、奥の方は特に真昼のように明るい。
向こうが主戦場となる浦添や那覇辺りだろうか。
「なあマイク、高台があっちにあるから、
登って見ないか?もっとよく見れるんじゃないか?」
と500メートル先ぐらいにある高台の影をヨシュアが指差して笑う。
聞けば隊長達は向こうに居るそうだ。
「仲間が居るなら、行って見ても良いかもな」
マイクは疲れ切った様子で荷物をまとめる。
「夜中のピクニックに向かうが、泣くなよ?」
誘ったヨシュアも空元気な声で笑う。
高台に近づくと、入り口付近にに打ち捨てられた高射砲が置かれ、
崖の淵に沿って建てられた砦があった。
石垣が高く積まれ、素朴だが美しい輪郭を露わにしている。
2人は月明かりを頼りに薄暗いが砦への坂を登って行く。
道の途中、艦砲射撃の穴が少なかった事から、
早い段階で攻撃対象から外された地域のようだ。とマイクは思った。
遠くに人の影と懐中電灯の明かりが見え、隊長達がそこに居る。
もう少しだ……坂を登りきって、石垣の上に登ろうとした時、
目線の先にそいつが現れた。
仄光って赤い髪と肌の半裸の子供がこちらを睨んでいる。
目も緑で光ってジャップらしくない。
「わしはデイゴの樹のキジムナーである。
200年長く生きてきたが、昨日の朝からずっとうるさくてかなわん……」
と少し怒ったように彼らを見て、
どういう理由か分からないが彼は英語で話している。
2人は困りきって、
「どうしたってな、ワシントンの偉いさんが決めたことだからな。
……俺たちだけが悪いと言う事は言えないぞ」
「お前たちの生まれた国に、この村の者達が一体何をしたと
言うんじゃ。いがみ合いはいい加減、止めにしてくれんか」
さっきの様子とは打って変わって、
今度は哀願するように彼は頼み始める。
「坊や。始めたものは簡単に終われないな。
今この瞬間だって、両軍全力で戦っているからね。
東京の偉いさんが諦めてくれたら、
話が早いけれど、まぁ無理かな。ドイツもいるし」
と仕方なさそうにヨシュアが彼に優しく言い含める。
「なんでワシントンと東京の偉いさんが直接争わないのじゃ。
遠く離れたわしらは、死ななくても良かったんじゃないか!
……わしの力はこの島の外には届かない。
紙きれ一枚で空と海の向こうへ連れて行かれた
村人たちを護ってはやれないのだ」
言い分が通らないと分かった途端に精霊は怒鳴り散らし、
肩を震わせすすり泣き始めてしまった。
大変ごもっともであるが、彼らは返事が上手くできない。
日系2世の同僚たちと全く同じとは言えなくても、
慕う祖国の危機を救う為に彼らは軍隊へ志願し
遠くこの島までやってきたのだから。
答えを返せない彼らの返事を待っていた精霊は苛立ちを露わにして行く。
目に悔し涙を溜めており、月明かりの暗さに緑色の眼光が輝いて、
物騒な様子でこちらを睨む。
「……許さん。許さんぞ。
お前たちはわしの願いを聞いてはくれないのか。
この村に住んでいる者を護り、望みがあれば叶えてやったわしの願いを。
頭の悪いお前たちなど、ワシントンも
東京もドイツもいない世界に押し込んでやる!
わしらと同じように関係のない国に
殺されてしまえば良い!」
彼が怒りに任せてそう言い放つと、閃光が辺り一帯を包んだ。
どのくらい時間が立ったか分からない。
辺りは昼間で明るくなっていた。
海水と砂に塗れたマイクはこわばった身体をゆっくりひっくり返し、
砂浜に横たえ、少し離れたところに倒れたヨシュアの姿を捕まえる。
周囲は広い砂浜が広がっており、
話に聞いたノルマンディー海岸もかくや、と思わせる遠浅の白い砂浜が広がる。
満身創痍な彼らは手持ちのM1ガーランドで杖をつきながら辺りを見回す。
周囲の様子がまるでおかしい。
夜とはいえ砦にいたのに、昼間の海岸へ投げ出されのにも関わらず、
偵察機がまったく飛んで来ないのだ。
正面に当たる南の方を見渡すと、
遠くに街の煙がたなびいているが戦火ではなさそうだ。
南岸や西岸からの艦砲射撃の音もしない。
彼らはあまりの長閑さに発狂寸前になった気持ちを必死に抑え込む。
識らない土地で冷静を欠いては、死を容易く招いてしまうからだ。
背後の北の方へ振り返ると、昨日途中まで登った砦があった所に、
巨大な黒い城とこじんまりとした城下町が出現していた。
マイクは取り巻く地形を見回して考え、
ハッとして歩いて来たルートを書き込んだ地図と何度も見比べると
「ある恐ろしい結論」に辿り着く。
地形が、何故か「手持ちの地図 」と同じなのだ……
地図を折り畳みながら生唾を飲み込み、
彼は胸元で手早く十字を切り弱々しく振り返って、 ヨシュアに語りかける。
「どうやら俺達、本当に神に呪われてしまったらしいぞ。
ここは多分、昨日野営した場所の近くだが友軍は居ない。
アイツに言われた通り、違う世界に無理矢理押し込まれたんだ」
導き出した解答に、2人は途方に暮れる。
「神の理不尽、ここに極まれり」だったのだから。
【次のお話は……】
序章のあらすじと主要人物紹介になります。
【「旅の場所」沖縄市 越来グスク〜うるま市 勝連城跡】
閑話 マイクとヨシュアの「ピクニック」 後編 了
作品および画像の無断引用・転載を禁止します。©️ロータス2018
【越来村】
戦後コザ市になる地域。駐留基地に近い門前町で賑わっていた。
ベトナムの頃は大変ヤバかった(コザ暴動/騒動)そうな。
【キジムナー】
昔話ではデイゴではなくガジュマルに棲んでいるとされます。
整備された範囲で勝連城跡にデイゴ生えてなかった気も(ぼんやり)。
(首里城跡ではアカギを主役にした沖縄戦関連書籍の作品があったような?)
【十字を切る】
個人差はあるものの、クリスチャンが行う仕草。
敬虔な教徒だと捕虜にした乳飲み子と母親の組み合わせは
いわゆる聖母子像に見えてしまい
攻撃を躊躇する事もあったそうです。
(父親は防衛召集で高齢であってもそばに居られない)
【戦争捕虜】
捕虜については現代でもグレーな部分はあったり。
流れ着いた先に友軍がいない、敵の捕虜にされる可能性が頭を掠めて
マイクは心胆寒からしめています。
たくさんの作品の中から、本作を読んでいただけて嬉しいです。
ありがとうございます。




