閑話 前編
拡声器で艦橋から艦船群へ連絡が入る。総員待機せよ。と。
早朝、アメリカ合衆国第1海兵師団の所属兵へ指令が下る。
大日本帝国本領の南の玄関口、とは言っても、
彼らにとっては既に庭そのものだ。
事前に用意した航空測量地図やジオラマを使い、
何度も繰り返された上陸前の打ち合わせによって
彼らはここが未踏の地にも関わらず、
ある程度の土地勘を頭に叩き込んでいたのだから。
かつて誇りある故郷を踏みにじられた彼らは、
「パールハーバーを忘れるな」と反撃を繰り返した挙句、
一日千秋……否。万感の思いでこの島へ辿り着く。
苛烈を極めた「硫黄島のキャンペーン」で数えきれない戦友たちの
流血と死を引き換えに得た多くの富を注ぎ込み、
用意周到な準備をして。
遠くこの惑星の裏側から這い寄るように蒼海を艦船で埋め尽くし、
黒く見えなくなる程大勢で。島伝いで彼らは遠いこの島へやって来たのだ。
憎いジャップらから奪還した多くのコロニーと同じように、
ココも思い切り、踏み潰せば良い。
聞き分けの悪いエンペラーやトージョーの居る
トーキョーは、この島の次だ……!
有色人種に対して、容赦の無い差別感情を持つ国に生まれ育った彼らは、
数年来の宿敵たちを「トージョーの息子」と蔑み嘲る事で、
今にも折れそうな士気を辛うじて奮い立たせている。
……そんな疲れた日常が、長く続いていた。
予定時刻通り辿り着いた読谷・嘉手納沖合では
敵側日本から偵察機への攻撃はほとんど無く
向かう陸地の安全は、完全ではないものの確保される。
「ペリリューみたいにヘヴィーなのはゴメンだぜ」
マイクがタバコを灰皿に押し付けながら、ぼやく。
隣でヨシュアが「今更ビビってんのか?」とからかう。
「こっちもゴールド・ラッシュかも知れんなぁ?
無事除隊できたら、俺たちは奴らからの蒐集品で金持ちになれるぞ」
彼らは再びふざけて笑い合う。
そんな調子の彼らも他の隊員と用意された輸送用ボートへ乗り込む。
やがてボートは次々と船から降りていき、
作戦立案時点で大潮と予測された海岸へ向かった。
暗かった空もやっと明け始め、極度の緊張が彼らにのし掛かる。
戦端はすでに開き、一つしか無い命の奪い合いが始まったのだ。
陸地に着くまで目立つ攻撃はされなかったが、
上陸した途端、小高い丘の方から銃声が響く。
やり過ごした彼らは信じる神々の祝福にも似た、
春先の暖かい日差しに包まれる。
丘を越えると一面のどかな田園風景が広がり、
天候は快晴で風が気持ち良い。
……が、鳥の囀さえずりは一切聞こえてこない。
敵の本拠地があると言う南の方角でさえ、
不気味な沈黙が支配している。
目前に南洋でも見られたサトウキビ畑が広がり
まだ収穫を終えたばかりで、易々と遠くを見渡せた。
先ほどまで海岸を攻撃してきたジャップたちは
すでに撤退しているようで気配がない。
しかし足元に偵察機に撃たれた奴らの死体が残されている事から、
ここがやはり戦場である事を認識できた。
丘にたどり着いた兵士たちは
「今年のエイプリルフールはタチが悪い」
と口々にふざけ合う。
確保したばかりの飛行場の広場へ集まりはじめ、
彼らの様子を見ていた隊長から次の指示を出た。
「今から「ピクニック」に向かう。
現在地は日本帝国領土内、沖縄県。読谷村の楚辺辺り。
これから向かう目的地はこの島の東側、
勝連半島の先にある平敷屋、
我々の呼び方ではホワイトビーチでここから約40㎞程だ。
心してかかるように。
進捗によってはレーションの配給を行う」
……無血上陸を果たした彼らの遂行すべき優先された目標は、
沖縄本島内戦力の南北分断と、
戦後処理を行う捕虜収容所の建設準備であった。
マイクはなれた手つきでタバコをくわえ、
支給品のライターで火をつけてため息を吐く。
徒歩で40㎞。
マラソンコースの距離程度を隊長たちのジープを守りながら歩き始め、
のんびりとした行軍……否、「ピクニック」へ参加する。
一緒に歩いているヨシュアは、呑気な表情で言葉を彼に投げかける。
「避難民の多くは北へ集まっているらしいぞ。
ここには俺たちかジャップしかいない。のんびりとしたものだ。
なぁ、ホワイトビーチに着いたら
次はどこに行くかタバコ賭けようぜ。俺は南だ」
「じゃあ俺は北。同じだとつまらないからな」
マイクはものぐさに答えるが、まだ上陸前の疲れが隠せていない。
それでも彼らは50人程度で固まりつつ徒歩で東端を目指す。
歩く先々で小さな集落を見つけると、
逃げる場所の無い老人たちや女性、
就学前くらいの幼い子どもたちなどが隠れていた。
村の古老だろうか。
腰の酷く曲がった老人が、
方言混じりのカタコト日本語でポツポツと話をする。
……両親がこの島の出身と言う、隊に偶然いた日系2世兵士が
老人の話を隊長へ繋ぐ。
日系人である彼らは出自のためから
家族の無事や自らの名誉と引き換えに「祖国に二心なし」と誓わされ、
とうとう戦場となってしまった故郷へ送られてきた者たちだ。
「……ここで戦争が始まって、国頭へ避難した家族や、
サイパンから戻ってきた親戚の足手まといになるからせめて、
先祖の位牌が有るこの家で最後を迎えたい。
兵役の終わったはずの、年嵩の息子たちや、
強く勧められた疎開船と学徒動員に出した幼い孫たち、
それから生業にしていた先祖伝来の田畑まで、
飛行場にすると根こそぎ奪われた。……もう生きていても仕方ない。と」
「血も涙も無い鬼畜だと、軍や役場に散々教えられた。
あなた方に殺される覚悟で自宅に居る。さぁ、早く殺してくれ」
捕虜にしたばかりの住民たちは、彼らへ異口同音に同じことを訴える。
複雑な面持ちで言葉を受ける隊長たちは捕虜にした彼らに、
とにかく捕虜収容所予定地の美里村へ向かうよう指示を出していく。
強いられた玉砕……死の淵から思わぬ生還を果たした彼らは、
言い知れぬ虚無感に苛まれ始めた。
思いがけない形で「戦後」の到来を告げられたのだから。
今日上陸した読谷村をはじめとして、
ニミッツ布告済みの沖縄で日本の行政権は既に及ばない。
日本側が接収した軍用地はすでに同盟国軍によって拡張され、
始まったばかりな冷戦の為にも、
早々と基地拡張整備が始まっている。
……取り上げられた土地が持ち主の元へ戻るなど、夢物語だ。
たとえ心底憎い相手であっても、
戦闘地域に巻き込まれた無力な有色人たちは本来、
取り決められた条約によって戦闘から保護されるべき捕虜だと
「建前上」簡単に視認できたものの、
肌や瞳の色も育まれた文化さえ異なる彼らの対応は、
あくまでも冷ややかな物である。
「今」は東端ホワイトビーチへの行軍が遂行、完了されるべきなのだ。
しばらく歩いて、ピクニックは小休憩に入る。
読谷村から隣の越来村の集落まで進んだのだ。
出発して15㎞くらい歩いただろうか。
実際は住民たちに捕虜収容所への案内もしたから、
それ以上歩いたかも知れない。
早い夕方の時間だった。
【次のお話は……】
沖縄本島を南北に分断しようとする米軍・海兵隊所属の
マイクとヨシュア。
住民の絶望の先に、彼ら2人が出会った者とは?
【「旅の場所」沖縄県 読谷村 渡慶次海岸〜沖縄市】
閑話 マイクとヨシュアの「ピクニック」 前編 了
作品および画像の無断引用・転載を禁止します。©️ロータス2018
【沖縄戦】
各種メディア媒体や創作を含む関連書籍も多数あるので
「分野/ジャンル」になるのかな。資料の蓄積も多いかと。
【ニミッツ布告】
奄美、沖縄を含む南西諸島地域を占領時点での行政と司法権の停止。
(布告とは多分別で)
戦後は沖縄返還まで日本からは切り離されるので
日本本土への立法権/国会議員の選出など?もなくなる。
【日系2世】
戦前から引き続き、海外移民の数が多い沖縄県。
ハワイへの移民も多かったとされます。
戦時中は広い親戚内で敵味方になっていても
おかしくはなかったかもしれません。
【移民と高等教育】
北にある満州、南のサイパンや他の移民先ではなく、
「日本語での高等教育(大学程度)を学ばせてあげたい」と
自分の子どもを日本へ戻らせることも
出稼ぎ労働者たちの夢の一つだったそうです。
明治期の学者さん達の尽力に感謝。
母国語で専門課程を受けられる環境は強い。
サイパンから避難してきた方々が
故郷の沖縄で戦闘に巻き込まれることも。
たくさんの作品の中から、本作を読んでいただけて嬉しいです。
ありがとうございます。




