プロローグ
チクゼンから船で戻って来たウシは、目の前の光景に呆れていた。
入港そのものは問題なかったが、港の要所に以前なかった「台場」が
いくつも築かれていたのだ。砲台の格納庫と古代ローマ様式の
コンクリートを使った様なトーチカ兼用で機能設置された砲台からは
小さく砲首が見える。
「……タダツネ様は、あんなにお酒を召していても先生のお話しを
ちゃんと聞いていますね」ご機嫌なユウノシンはウシを見る。
彼は無の表情で台場のある場所を見つめている。
◇
(……八九式十五糎加農。
沖縄作戦の装備では確かアレが主だったが、現状では技術と設備不足で、
砲弾一発ですら作れない。ならば当代の大阪の役などで役に立った
「フランキー砲/国崩し」の確保ならどうか?)
ウシは当主と酒の肴に大砲談義をする機会が数回あった。
思い出せる限り、加農の射程距離や命中率を冗談半分で話し、
現時点での大砲の有用性を彼に説いたのだ。
「セキガハラの役以前に攻めて鹵獲したオオトモ氏の
「国崩し」が城の蔵にもたくさんあるから、それ使ってみようかな?」
酔っ払った彼がそのような生返事をし、その後ウシ達は急ぎチクゼンへ
向かう事になったのである。
「……本当に、オオトモの「国崩し」がここにあるのか……」
フランキ砲は、「国崩し」の異名を持ち、
この時期に西洋から日本へ最初にやってきた大砲である。
詳しいことは述べないが、九州の有力な戦国武将、大友宗麟が使った事でも
広く知られている。
港に着き下船すると、サキチが一行を出迎えてくれた。
久しぶりの再会と、到着に一堂の笑顔がほころんだ。
「ミツル殿、久方ぶりでござる。ユウノシン殿も一皮、剥けたかの……?
タエ殿は無事に送り届けられましたかな?」
「久方ぶりで、なんだかサツマへ無事に戻って来れたのが夢のようですね。
城の様子は?」
「皆、ミツル殿の帰還を心待ちにしておりました。特に、大殿様が……」
「……」
「……まるで送り出した幼子を心配する親御のようでした。
これで大殿様も、やっと安堵できますね」
船から降りて来た各自の乗馬に騎乗すると、一行はカゴシマ城へ向かった。
◇
「……この度は無事に帰還する事ができ、筑前守のナガマサ公との約定を
無事、結べました……」
カゴシマ城の大広間で、シマヅ家の上役達に囲まれながらも整然と報告
を進める。誰もが今回の彼の働きに泥をつけようとする者は、
誰一人としていなかった。
「そなたの無事の帰還が、何よりの成果じゃの」
ヨシヒサは満足気な笑顔で言う。
「これで形式上、三国は盟友となる。
……次の手はあるのか」タダツネは上機嫌にウシに尋ねた。
「できますならば、西国の雄、モウリ家のテルモト公もこの約定へ
巻き込みたい」ウシは真っ直ぐな視線を当主へ向ける。
「土佐のヤマウチ家は?あそこもクロダ家と同じだが……」
彼は念を押すようにウシへ尋ねる。
「向こうから関わらない限りは、こちらからは手を出しません。
土佐国には、得難い人物を未来に輩出して貰わなくては……」
「まるでその為だけに残すのか?思う通りにいかない時はどうする」
ウシを見るタダツネは不思議そうな表情を浮かべた。
「彼はこの国の矛盾を突き崩す為に必ず生まれてきます。
……名前や、立場が変わろうとも。私達が居なくなって、日本の
未来を次の段階へ移す事が、彼や私たちの子ども達の使命となるでしょう」
ウシの脳裏に、かつて学んだ幕末の志士たちの姿が浮かぶ。彼らは
己の正義をぶつけ合い、閉じられた祖国を開いた。また社会的な立場に
弱い者が多く、特に土佐国の英雄「坂本龍馬」はそうした立場にいながらも、
日本の明るい夜明けを目指した者の1人だった。
この国のサツマでも厳しい身分制が敷かれようとしていたが、
彼の登場によって徐々に寛解しつつある。
シマヅ家の名の下、優秀な人材に出自は関係なく、才能に合わせた
身分と機会を与える。……流石に女性には門を開けなかったが、
そこに躊躇いなどはなかった。
「……全ては時間が解決する問題です。私たちの手には
負えないことですが」笑顔のウシは、当主へそう答える。
◇
唐突に咳払いが聞こえる。2人が振り向くとヨシヒサが
大きな箱を取り寄せていた。ヨシヒサ付きの小姓が箱を開き、
中にあった物を取り出してウシに手渡す。
彼は終始、驚いて言葉をなくしてしまう。
「……お主が書き記してあった「猟銃」を鍛冶方に急ぎ作らせた。
弾は普通の火縄銃と同じで単発式じゃがの。
銃の先に小刀をつけられるようにすると、弾の無駄撃ちがなくなって
実に良い仕組みじゃ……」
ニコニコと笑うヨシヒサは、まるで子どもを見るような目でウシを見る。
ヨシヒサの気持ちがあまりにも嬉しくて、つい涙を零してしまった。
彼にとって猟銃は馴染みの深い趣味の1つであり、
銃身も騎兵銃のように大きくない体躯で銃剣も付けられる。
……ウシから見ても弾の充填以外は、扱いやすそうな姿をしていた。
「ふふ。皆、そなたが帰ってくるのを心待ちにしておったよ。
この半年余りに及んでよくぞここまで己の存在を見せつけてくれたの。
……貧しかったサツマの民も、我らもようやく息をふき返しそうじゃ。
ありがとう」
ヨシヒサは泣いている彼に優しく微笑む。
長く寒かった冬はサツマからもうすぐ、遠く過ぎ去ろうとしている。
【次のお話は……】
セクハラ?、ダメ絶対w
【「旅の場所」鹿児島県 鹿児島市 鹿児島城跡】
プロローグ お帰りなさい 了
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