98 巫女vs悪者達
サラを入れた箱を、クローゼットの中に押し込んだ。
箱は他にもいくつかあるし、わざわざ中身を確認しないわよね。
これでしばらくは隠れていられるはず……。
サラとの言い合いに夢中になって忘れていたが、気づけば階段から聞こえる足音はもうすぐ近くまで来ていた。
ガチャン!!
扉を開けようとしたみたいだが、鍵がかかっているので開かな……
ガチャ!!ガチャ!!バァン!!!
…………うん。もう開けられたわ。
開けられたというより、扉が破壊されたと言った方が正しいかしら?
入り口には、サラを閉じ込めた若い男が立っている。
「はぁ……はぁ……。いた……」
私の姿を見て安堵しているようだ。
それもそうか。
大切な大切な高級品だものね。
もし逃げられたとなったら、取引が不成立になるどころか指名手配されて追われる事になるだろうし。
とにかく私は、あくまでも高級品である巫女を演じないと!!
パニックになったり、さっきみたいにブチギレしないように気をつけなきゃ。
「……思ったより早かったですね」
「もう1人はどこ行った!?侍女の女は!?」
若い男は周りをキョロキョロしている。
後からきた仲間が2人……同じように私を見て安堵したあと、サラを探し始めた。
テーブルの下、椅子の裏。
パッと見ていないのはわかるだろうに、他に探す場所もないので一応見ているといった感じだ。
そして当たり前のようにクローゼットを開けられた。
1人の男が、サラの入っていない箱を開けて中身を確認している。
突然出てこられても怖いのか、みんなでゆっくり開けていた。
あっぶなーーーー!!!
その隣の箱を開けられたらアウトだったわ!!
まさか、箱もちゃんと開けるとは……。
箱の中身が本だったので、他の箱も同じだと思ったのだろう。
サラの箱は開けられなかった。
セーーーーフ!!!
きっとサラも緊張したでしょうね……。
でも、これでこの部屋にいないのは分かってくれたかしら!?
よ……よし。
また巫女の仮面を被るのよ!!リディア!!
私は女優女優女優……。
「部屋の中を探しても無駄よ。彼女はいないわ。
だって……もう消えてしまったもの」
声を低くして、悪役令嬢さながらの嫌味な笑みを浮かべながら言ってみる。
男達の顔は真っ青になった。
まるで恐ろしい魔女でも見るかのような、怯えた目をしている。
……あれ。私、一応神聖なる巫女なのよね?なーーんて事は考えてはだめっ!!
冷静になったら負けよ!!魔女上等!!
若い男が、少し震えながらも反抗してきた。
「き、消えたって、どういう事だ!?
あの侍女はあと1日は生きられるはずなんだろ!?」
さっきの牢での出来事は、しっかり伝わっているみたいね。
だからこの男達はこんなに私を怖がっているんだわ。
「そのはずだったけれど、思ったよりも呪いが強かったみたいで消えちゃったのよ。
私も呪いをかけるのは初めてだったから、手加減ができていなかったみたい」
「……そ、そんな……」
男達は、私から少し距離を取ろうと離れた。
本当は部屋から出たいのであろう。
若い男以外の2人は、階段の方をチラチラ見ている。
……まさか、ここまで本気で信じるとは。
こんなの前の世界で言ったら、小学生だって信じないわよ。
それだけこの国では『巫女』がすごい存在なのかしら。
でも、このまま部屋から出て行ってくれたら助かるわ!!
もう少し怖がらせて……。
そう考えていると、コツンコツンという音が階段の方から聞こえてきた。
全員が階段……この部屋の入り口に視線を送る。
この靴音……もしかして……。
案の定、少しして顔の上半分だけの仮面を付けた、痩せた男マーデルが姿を現した。
「あ。巫女様は見つかったみたいですね」
マーデルは、私を見るとニヤリと笑った。
ぞわぞわ〜と鳥肌が立つ。
この男は、女性に鳥肌を立たせる天才なのではないか?
「でも、侍女は呪いで消えてしまったと……」
「大丈夫です。呪いとは、ウソでしょうから」
若い男が不安そうな顔でマーデルに言うと、マーデルがきっぱりとウソだと言い切った。
男達が「えっ」と驚きの声を上げる。
「巫女が呪いをかけるなんて、聞いた事がない。
そんな力はないのでしょう?
先程は侍女の顔があまりにも恐ろしくて、一瞬信じかけてしまいましたが……。
侍女を助けるためのウソですね?」
「…………」
マーデルはニヤニヤと笑いながら問いかけてきた。
本当に気持ち悪い男!!
でも、やっぱり普通は信じないわよね……。
どうしよう……。
カイザや騎士団は、もう近くまで来ているのかしら?
ここで捕まるわけにはいかないのに……。
私は開いたままの窓に近づき、窓枠に座った。
そんなに高い位置ではなかったので、すんなり座ることができた。
後ろに体重をかけたらそのまま落ちてしまいそう。
怖いけど、少しでも時間を稼がないと!!
「それ以上近づかないで。
捕まって売られるくらいなら、ここから飛び降ります!!」
売り物の巫女が大怪我をしたら困るでしょ?
高く売れなくなっちゃうものね。
私が私を人質として利用してやる!!
「……そんな事を言って、本当は怖くてできないのだろう?
さぁ。早くこちらに来なさい」
マーデルは少し動揺したように見えたが、あくまで冷静を装っている。
他の男達は固唾を飲んで見ているだけだ。
「あら。できるわよ!!
一生幽閉されて利用されながら生きるくらいなら、死んだ方がマシだわ」
ウソです!!死にたくないです!!
でもそんな気持ちは胸に隠して、私もポーカーフェイスを貫く。
背中に当たる風が、落ちる恐怖を突きつけてくるようだ。
手が震えそうになるのを堪える。
でも色々な人間を見てきたマーデルの観察眼は凄かった。
私の手が少しだけ震えたのを、見逃さなかったらしい。
「はははっ。やっぱり怖いんじゃないか。
危ないからこっちに来なさい。
君、巫女を捕まえて!呪いはないから!」
「!!」
マーデルに言われた若い男が、すぐ近くまで走ってきて私の腕を掴もうと手を伸ばしてきた。
「さわらないで!!」
ぴょんと床に降り立ち、その手を逃れようと本棚に囲まれた壁際を走る。
入口には他の男が立っているし、部屋の真ん中にはマーデルがいる。逃げる場所なんてない。
ガシッ
後ろから追ってきた若い男に手を掴まれる。
すぐに捕まってしまった。
呪いはないとわかったからか、若い男はもう私に対する恐怖はないようだ。
「無駄だよ。逃げられないのはわかってるだろ?」
「…………っ」
マーデルがニヤニヤしながら一歩ずつ近づいてくる。
「さぁ。侍女はどこだ?」
マーデルから質問をされた時、私の目は大きく見開いていたんじゃないかと思う。
若い男とマーデルの背後に見える、先程まで私が座っていた窓。
その窓から見慣れた人物が部屋に入ってくるのが見えたからだ。
窓に背を向けている若い男とマーデルは気づいていないが、入り口付近に立っている男達には見えている。
「うしろ!!!」
男達が大声を出した。
若い男が振り返った時には、すでに背中を強く蹴られて本棚に身体を打ちつけていた。
頭も打ったのだろうか。
意識を失ったらしく、ピクピク動いているだけで起き上がってはこない。
「カイザお兄様!!」
逞しい立派な英雄騎士であるカイザが、目の前に立っていた。
良かった……!!
助けに来てくれたんだ……!!




