95 J目線
リディ達と闇市場に行った日から、マーデルの動きを監視するようになった。
マーデルがリディの事を調べているという情報も入ってきている。
あのタヌキジジイめ!
人の客を商品として見定めやがって!
それでもコーディアス侯爵家に守られているリディには、簡単には手を出せない。
そうたかを括っていた時に、巫女の噂が街中に広まった。
神話として伝えられていた巫女が、本当に現れた!
コーディアス侯爵家の長女が、巫女の力を発揮して第2皇子を救った!
コーディアス侯爵家長女が突然の美少女になったのは、巫女の力が目覚めたからだ!
という噂だった。
元々狙っていた令嬢が、さらに巫女であると判明した途端、マーデルはすぐに動いた。
自ら動く事のないマーデルが、グリモール神殿に出向いたという情報が入ってきたのだ。
「グリモール神殿だって?何故そんな所へ……」
「噂の巫女様が、お披露目としてグリモール神殿に招かれるそうよ」
僕の店で働いているマリが、情報が入ってすぐに僕の仕事部屋にまで知らせに来てくれた。
マリの情報網は、この街1番だ。
「リディがグリモール神殿に?
だからって、マーデルに何ができるのさ?」
「巫女が第2皇子の婚約者というのは知ってるわね?
それを破棄しろと神殿側が訴えたそうよ。
もちろん、却下されたみたいだけど」
「……まさか」
マリは何も答えず、ニコッと笑って店に戻って行った。
まさか、神殿側を味方につけてリディを手に入れるつもりか!?
巫女と皇子が結婚すれば、王宮の権力は確固たるものになる。
それを阻止するために、神殿側が巫女を裏切る……!?
そんな事はありえないと思いつつも、マーデルという男ならそれくらいの交渉を有利に進められるだろうという思いもある。
数日後、マーデルが普段取引をしている隣国の窃盗団と別の密会をしていたという情報が入り、確信した。
「マーデルはリディの誘拐を企てているはずだ。
実行犯は、隣国の窃盗団!共犯者はグリモール神殿の大神官!」
「あら?情報によると、もう1人共犯者がいるんじゃない?
巫女のお兄さんの婚約者さん」
「彼女は利用されてるだけさ!
リディの誘拐が済んだら一緒に捕まるだろ。
……まぁ、だからってお咎めナシってわけにはいかないけどね〜」
「ふふふ。可愛い顔して怖い人ね。
で、どうするの?巫女にこの事を伝える?」
「いいや。伝えない。誘拐は成功させるよ。
ここで奴らを止めても、また計画するだけだろう。
なら、今回で確実にマーデルを捕まえる」
「犯人を捕まえるために、わざと巫女の誘拐を見逃すのね。
大事にしているのかしていないのか……」
マリは意味深な顔で笑った。
大事にしているかって?
僕にしてはとても大事にしているじゃないか。
普段の僕なら、そもそも頼まれてもいないのに誘拐犯を捕まえようとしたりなんかしないさ。
*
祭祀当日。
仲間の1人に、騎士くんへの伝達を頼んだ。
リディの兄達には面会した事がないし、僕の言葉を信じてくれるとしたら騎士くんだけだろう。
リディが誘拐された後、窃盗団の隠れ蓑となっているドグラス子爵邸の別棟へ来るようにとの内容だ。
僕は一足先に、その場に乗り込ませていただくよ。
「誰だ!?お前!?」
出迎えた窃盗団の若い連中が、警戒しながら威嚇してくる。
突然訪ねてきた僕に驚いているようだ。
殺気立った雰囲気の中、僕は笑顔で堂々と答えた。
「はじめまして!マーデル卿から巫女の本人確認を頼まれたジャックです。
そう威嚇しないでよ」
「あ……なんだ、そうか。入れ」
「どうも」
マーデルの名前や巫女の誘拐の事を知っている、というだけで、ろくに調べもせずに僕を中に入れるとは。
まだまだな奴らだね。
最初は怪しまれないよう、おとなしく座っておくか。
僕は人がたくさん集まった部屋の、隅っこにそっと座った。
今はまだ祭祀すら始まっていない時間だ。
巫女誘拐組は、時間ギリギリに到着するように屋敷を出発すると話している。
あまり早く行っても、神殿の周りを囲んでいるであろう王宮騎士団に見つかる可能性が高くなるという理由らしい。
そんな計画を、会ったばかりの僕に簡単に教えてしまうなんて、本当にダメな連中だな。
だが、そのおかげで得したこともある。
窃盗団の会話を盗み聞きする事で、いくつかわかった事があるのだ。
どうやら奴らがマーデルと取引しているのは『万薬』らしい。
万薬といえば、闇市場でリディが購入していた物だ。
万薬の密輸には、ドグラス子爵も絡んでいること。
ナイタ港湾の管理者を地下に監禁していること。
そんな内情をペラペラと話している間抜け達。
でもとてもいい情報だ。
……リディが闇市場へ潜入したかった理由は、コレだね!
騎士くんと2人で来た事を考えると、おそらくまだ兄達には報告してないんだろうなぁ。
この事実を知ったのも、巫女の力なのかな?
というか、それならこのグリモールで祭祀が行われるのはリディにとってはチャンスじゃないか?
ドグラス子爵の屋敷を調べられる……。
僕なら、祭祀の間に屋敷に侵入して調べるだろうな。
…………まさか。
騎士くん、今ここに侵入してたりして?
なーーんて……。まさかね。
騎士くんへの伝達係には、万が一神殿に騎士くんの姿がなかった場合のみ知らせるように言ってあった。
「ちょっと乗ってきた馬に荷物置き忘れてきちゃったので、取ってきまーす!」
すぐに確かめたくなったので、さらっと言って外へ出た。
何か勘ぐってくる者などいない。
乗ってきた馬に近寄ってみると、手綱部分に小さなメモが挟んであった。
「……やっぱりか」
神殿に騎士くんの姿はないと書いてあった。
となると、彼はこの近くにいる可能性が高いなぁ。
横目で周りを確認してみるが、もちろん見つかるはずがない。
僕はそのまま屋敷へと戻って行った。
*
リディとの話も済み、僕は地下にある裏通路を使って外へと出た。
正確に言うと、通路は2階にある個室へと繋がっているのだが、2階から木をつたって脱出するのなんて余裕だ。
この裏通路は、マリが用意した『ドグラス子爵邸別棟見取り図』を見たから知っていた。
彼女の情報網は、僕でも恐ろしくなるほどに優秀である。
一体どこで手に入れてくるのか……。
まぁそれは置いといて。
今はこの屋敷近くにいるであろう騎士くんを探さないと。
今は屋敷の裏側だ。
騎士くんが見張っているとしたら、間違いなく正面入り口が見える場所だろう。
リディに気づき、すでに兄達の元へ走り出しているかなぁ?
屋敷を囲む木々の間を静かに走り抜けていると、見慣れた男が木の上から屋敷を観察しているのが見えた。
間違いない。騎士くんだ。
僕の視界に入った瞬間、彼も僕に気づいたらしくザッと一瞬で木の上から地面に飛び降りた。
初めて会った時のような、殺気を帯びた目で僕を見ている。
「おぉ〜。相変わらず怖いねぇ。
その目はやめてよ騎士くん!」
「…………あ?
お前……クソ兎か?」
「うわーー。その呼び方ひどいなぁ」
騎士くんの瞳から殺気は消えたが、警戒の色は消えない。
それはそうだろうね!
こんな場所に僕がいるはずないんだから!ははは!
「お前っ……!!何でここに!?」
「キミがまだここにいるという事は、誘拐されたリディに気づいていなかったんだね?」
『誘拐されたリディ』という言葉を聞いて、騎士くんの顔がガラリと変わる。
殺気を向けられた時とは違う、ものすごい負のオーラだ。
ここに小動物でもいたなら、一目散に逃げ出していたことだろう。
その視線だけで人を殺せるんじゃないか?というような目で僕を見ながら、ドスのきいた声で問いかけてきた。
「……なんだと?誰が……誘拐されただって?」
んーー……怖いなぁ……。
彼に説明するの、イヤなんですけど……。




