93 首謀者の男
イクスの居場所を、Jに教えてもいいの!?
Jは誘拐犯に雇われているのよね?
それって、私の敵ってことよね?
でも、さっきサラに『リディアから許しを請うべきだ』みたいな事を言って戒めてくれたわ。
Jは敵なの!?味方なの!?
「…………」
何も答えることができず、じーーっとJを見つめる。
その表情から何かを読み取りたいところだが、いつもヘラヘラ笑っているJの顔からは何もわからない!!
「なんだい?そんなに見つめられたら、さすがに僕だって照れてしまうよ」
彼の機嫌が良くなったことは伝わってきたが、何故このタイミングで機嫌良くなるのか謎すぎる!!
ダメだ!!
直接聞くしかないわね!!
「何故あなたが私の状況をイクスに伝えるの?
今、あなたは私の敵なんでしょ?」
私の言葉に、Jの赤い瞳が丸くなる。
キョトンとした顔になったが、またすぐに笑顔に戻った。
「ああ……。ははっ。そうか!
僕が誘拐犯の仲間だって言ったから、それを信じてたんだね。
なんか変な顔をしてると思ったら!」
「変な顔って!!」
思わず鉄格子をガシャン!と強く掴んでしまった。
Jはニコニコしながら私の目の前に立った。
そして鉄格子にかかった私の手に自分の手を重ねて、ゆっくり顔を近づけてきた。
今までウサギの仮面姿しか見ていなかったから気づかなかったけど、たしかにサラの言う通り整った顔をしている。
手を握られ至近距離で見つめられれば、ドキッとしてしまうのも仕方ないだろう。
な、なに!?
Jは私にしか聞こえないくらいの声で囁いた。
「この誘拐の本当の首謀者は闇市場のマーデルだ」
「!?」
「キミ達の接客をした痩せた男だ」
「痩せた男……」
闇市場から帰る時、私の髪を触ったあのひょろい男の姿が浮かんだ。
「今は詳しく話している時間はない。
マーデルはここに向かっているはずだからね。
彼が来る前に、僕はここを出ないと。
僕はマーデルに雇われたとウソをついて、この屋敷に侵入しただけなのさ!」
「…………」
あの痩せた男が首謀者で、Jは彼を利用してここに侵入しただけ?
というか、あの男が今ここへ向かってるですって!?
髪を触られた感触が蘇り、鳥肌が立った。
Jは鉄格子の間に手を入れ、私の頭をポンと撫でてくれた。
「大丈夫!!絶対に助けてやるからさ!
僕はリディの味方だから、信じて待ってて」
にっこり笑うJの笑顔を見て、もう疑う気持ちはなくなっていた。
私もニコッとJに笑いかける。
「……待ってる。
イクスは、この屋敷の近くにいるはずよ。
もしかしたら、私がいる事に気づいてカイザお兄様に知らせに向かってるかもしれないけど」
「了解!……彼女に気をつけて」
「!!」
Jは一瞬サラに視線を向けて、階段とは別方向に走って行った。
そっちにも出口があったのか!
J……頼んだわよ!!
イクスに会えますように!!
Jがいなくなり、不満顔のサラがゆっくり近づいてきた。
「脇キャラだったJまであんなにイケメンだったなんて……。
どうして小説では主人公との絡みがなかったのかしら。
Jも主人公を好きになる設定にしてくれれば良かったのに……!!」
下を向きながら、ブツブツ独り言を言っている。
どんだけイケメン達にハーレムされたいのよこの女は!!!
どんな状況でもブレないサラには呆れるばかりだ。
……でもJが言っていた通り、もうサラはおしまいじゃない?
もし助かっても、私の誘拐を企てたとして責任は問われるわよね!
自分も被害者だと訴えたとしても、間違いなく婚約は破棄されるはずだわ。
結果的にラッキーじゃない!!
私の目標は、サラとエリックの結婚を阻止する事だったんだから。
目標達成だわ!!
あとはカイザ達に助けてもらうのを待つだけね!
カイザ達は王宮騎士団と一緒にいるはずだから、きっとあっという間に助け出してくれるはずだもの。
サラの自爆のおかげで、簡単に婚約破棄させる事ができて良かったわ!
思わずガッツポーズをした時、ふいに視線を感じた。
鉄格子越しに、奥の牢に立っている男性が目に入る。
静かすぎてすっかり忘れていたが、ワムルだ。
助けが来れば、ワムルも解放されるわね!
良かった良かった…………ん?
あれ?もし、ワムルの監禁が王宮騎士団にバレたらどうなるの?
ドグラス子爵の密輸が王宮にバレるわね。
そしたらエリックが責任を取らされちゃうわよね?
そうなったらコーディアス家が没落危機になる……?
それを救うために、サラと結婚するしかなくなる!?
それって、小説のまんまの流れじゃん!!!
やばーーーーーーい!!!
まだサラとエリックが結婚する可能性が残ってたわ!!
どうしよう!?
ここに王宮騎士団が乗り込んできたら、詰む!!
2年後じゃなく、いきなり小説のストーリーが始まってしまうわ!!
「ねぇ」
突然ポンと肩を叩かれた。
「ぎゃあっ!!」
「きゃっ!!な、何よ!?」
振り向くと、驚いた顔をしたサラが立っていた。
「サ、サラか。驚かせないでよ!!」
「こっちのセリフよ!!
ところで、Jと何の話をしたの?」
「え?えーーと……」
どこまで話そうか?と思っていると、階段からコツコツと高そうな靴音が響いてきた。
窃盗団の男達とは明らかに違う、異質な音に私とサラの動きが止まる。
貴族男性の履く靴の音……。まさか……。
疑惑はすぐに確信に変わった。
目の前に、知った男が現れた。
仮面で顔を半分隠した、40代くらいの痩せ細った男。
闇市場で会った男だ。
こいつが先程Jが言っていたマーデルだろう。
マーデルは私を見ると、ニヤリと気持ちの悪い笑みをした。
ゾクッと背中に悪寒が走る。
「これはこれは、はじめまして?巫女様」
わざとらしい言い方だ。
闇市場に行った少女が私であると確信しているのだろう。
「知らないフリはしなくていいわ!
貴方が首謀者だって、わかっているのよ!
闇市場のおじさん」
「ほぉ。さすが噂の巫女様だ。
まさかあの時の少女が巫女だったとは、驚いたよ。
そのままでも十分価値があるというのに、巫女というオプション付きときたものだ。
まさに最高級の売り物だよ」
「……っ!!」
マーデルのねっとりとした視線が気持ち悪い。
思わず数歩後ずさってしまった。
マーデルの視線は、次にサラに向けられる。
さすがのサラも気持ち悪く感じているのだろうか。
自分を抱きしめるかのように両腕を掴み、嫌悪感丸出しの表情でマーデルを睨んでいた。
「君がサラ嬢か。なるほど。
巫女ほどではないが、悪くはないな。
奴隷としてではなく、永久的な使用人として売ってやろう」
「はぁ!?それ、奴隷とどう違うのよ!!
それよりあんた誰よ!?」
「この誘拐の首謀者……といえばわかるかな?」
「首謀者はあくまで私よ!!
大神官のヤツが裏切ったけど……でも、この計画を立てたのは私なのよ!?
その私を閉じ込めるなんて!!」
サラの怒鳴り声を聞いて、マーデルはククッと笑い出した。
「君は噂通り、頭が花畑なようだ。
巫女の誘拐の計画は、君が大神官に話をする前から進んでいたのだよ」
「なんですって……!?」
「そこにたまたま君が同じような案を出してきた……というだけだ。
君の意見を却下して巫女が誘拐されたら、君が『大神官が私の計画を実行した!』と思い込むかもしれないから、君の案にのったフリをしただけだ」
「…………」
「君が大神官を訪ねて来なくても、巫女の誘拐は実行されたんだ。
君は自分の愚かな行動のせいで、自分の身を危険に晒してしまったのだよ」
「そんな……」
サラは放心状態で立ち尽くしている。
この誘拐はサラの案が発端ではなかったの!?
サラが何もしなければ、元々私だけが誘拐されるはずだった。
でも、サラが似たような計画を提案してきた事で、口封じのために一緒に誘拐されてしまった。
もう!!!あんた、本当に主人公なの!?
どれだけ運が悪いのよ!!!
「さて。花畑な侯爵令嬢では、使用人として役に立たないだろうからな。
出荷前に厳しく躾けないといけないな。
……鞭に打たれた経験はあるか?」
「!?」
仮面から覗くマーデルの瞳が、怪しく光った。
マーデルが合図をすると、後ろに控えていた窃盗団の男2人が牢の鍵を開けて中に入ってきた。
男2人はサラに向かって手を伸ばす。
「やっ……やめて!!!」
気づけばサラの前に飛び出していた。
巫女には手を出すな、と言われているのだろうか。
男達の足が止まる。
……思わず出てきちゃったけど、ここからどうすればいいの!?
令嬢2人が、窃盗団の男2人に勝てるわけない!!
どうしよう!?




