90 イクス目線〜あの女は窃盗団か?〜
どうなっているんだ?
今日はグリモール神殿で祭祀が行われるため、各国の要人がこの地に集まっている。
万が一誰かが訪ねてくるかもしれない事を考え、ドグラス子爵は窃盗団を敷地の中に入れていないと予想していた。
だが、別棟には確実に窃盗団が滞在している!!
20人くらいはいるぞ!?
このままでは、別棟に侵入しワムル氏を見つけ出すという任務を遂行できない。
何故この日に窃盗団がここにいるのか……。
*
リディア様が神殿に向かった後、俺はドグラス子爵邸に向かって馬を走らせた。
ドグラス子爵家が馬車で屋敷を出たことを確認し、こっそりと門とは別の場所から敷地内へ侵入した。
金銭に困っているのは確からしく、護衛騎士や庭師の姿は見かけない。
想像以上に容易い侵入であった。
こんな状態でドグラス子爵家は大丈夫なのか、他人事ながら心配になる。
侵入してすぐに別棟を探したがなかなか見つからず、発見するまでに10分ほど時間がかかってしまった。
2階建ての別棟は周りを森のような木々に囲まれていて、本邸からは全く見えなかったのだ。
……ここが別棟か。
窃盗団がいる可能性もあるので、少し様子を見てから侵入を試みるか。
木の上に登り、しばらく別棟を眺めていた。
窓に人影はないか?
話し声が聞こえないか?
……そう集中する必要もなかった。
窓には複数の人影が確認できたし、男の声も聞こえてきた。
間違いなく、別棟内には人がいる!!
十中八九、中にいるのは窃盗団の奴らだろう。
何故こんな日に奴らがここに滞在しているのだ!?
万が一の可能性を考えてはみたが、まさか本当にいるとは思っていなかった。
もしグリモール神殿に来たついでに、エリック様が立ち寄ろうとでもしたらどうするつもりだったのだろうか。
隣国の窃盗団と繋がっているなんてバレたら、ドグラス子爵は終わりだぞ。
……もしかして、ドグラス子爵は窃盗団が滞在している事を知らないとか?
いや。そんなはずはないか。
さすがにそこまで無能ではないだろう。
まさか、このタイミングで万薬を密輸しているのか?
俺らと同じ考えで、祭祀を行っている最中に闇市場との取引をさせるつもりなのかもしれない!
そうであれば、このままここで待機していれば取引現場を確認できる可能性がある。
ワムル氏を探すのは一先ず中止だ。
窃盗団が動くのを、ここで待つか……。
*
昼前になると、3人の男が別棟から出てきた。
1人ガタイのいい大男がいるが、3人ともまだ若い。
荷馬車に乗ってどこかへ行くようだ。
……万薬の取引に行くのか!?
それなら彼らを追わなければいけないが、あんなに若い奴らだけに任せるだろうか?
ただの買い出しの可能性のが高いな。
男達の乗った荷馬車は、ドグラス子爵邸の門とは別方向へと走って行った。
どうやら隠れた出入り口があるようだ。
あとで確認に行ってみよう……。
その後、別棟では特に何も起きなかった。
誰かが出て来ることも、誰かがやって来ることもない。
先程出て行った3人は、やはり取引に向かったのだろうか。
もうすぐ4時間は経過するが、まだ戻って来ていない。
俺の判断は間違っていたのかと悔やんでいると、荷馬車が戻ってきた。
先程の3人が馬車から降りてくる。
そのまま後ろに周り荷台を開けると、中からは1人の女性が降りてきた。
女!?誘拐か!?
だが、その女性は怯えた様子などなく、堂々とした態度で立っている。
誘拐ではなさそうだ。
侍女のような格好をしているが、おそらく侍女ではないだろう。
侍女になれるのは貴族女性だけのはずだが、そこにいる女は佇まいも歩き方も平民そのものだ。
貴族女性らしさはカケラもない。
何故かはわからないが、見ているだけで不快な気持ちになった。
あの女はきっと、窃盗団の仲間に違いない。
栗色の髪が1つにまとめられているのが見えるが、後ろを向いているため顔はわからない。
何故か女も男達も、荷台の中を見ているようだ。
あの中には何があるんだ……?
ガタイのいい大男が、黒い布を持って荷台へと入って行った。
そして大きな何かを抱えて荷台から出て来た。
あれは……黒い布を被せた、人……か?
まさかこいつら、本当に誰かを誘拐してきたのか……!?
布の下から足が見えてるし、間違いない。
あの布の下は、おそらく女性だ!!
抵抗していないところを見ると、気絶しているか拘束されているのだろう。
どうする!?
相手は20人近くはいるし、俺1人では無理だ。
街の警備隊を呼んでしまえば、ドグラス子爵と隣国窃盗団の繋がりがバレて、領地の責任者であるエリック様の立場も危うくなる……。
リディア様には口止めされているが、せめてカイザ様にだけでも状況を全て話し、協力してもらうしかない。
それにまずはリディア様へ報告だ!
密輸だけではなく、人身売買も行っていたとなれば計画を変更しなければいけない!
売買が目的なのであれば、誘拐した女性に危害を加える事はしないだろう。
準備を整えてから救助に行こう。
まずは別棟の周りをよく把握しておかないと。
逃走経路を塞ぎ、確実に窃盗団を捕まえられるよう、建物の造りや抜け道をよく確認しておくんだ!
別棟の周りを静かに駆け回り、先程荷馬車が通ったであろう裏道も発見した。
よし!!一度リディア様の所へ向かおう。
きっとすでに神殿を出発されているだろうが、馬で飛ばして行けばなんとか追いつくはずだ。
そう思い敷地から出ようとしたところで、新たな馬車がやって来たのが見えた。
正規の門ではなく裏の道からやって来ている。
窃盗団か!?誰だ!?
馬車に乗っている人物を確認してからにしようと、俺はまた木の陰に隠れて様子を窺った。
そして、馬車から降りてきた人物を見て目を見開いた。
知っている人物だったからだ。
「アイツは……!!」




