88 サラの計画
どれくらい馬車に揺られていたのだろうか。
証拠隠滅のためなのか、途中で馬車を乗り換えていた。
その時一瞬だけ外に出たが、民家も建物も何もないただの山道だった。
道理でガタガタが激しかったわけだわ。
身体も痛いし、本当に最悪!
私を誘拐した男達は、最初に乗っていた馬車を崖から落とし、私をまた違う荷馬車へと運んだ。
その際に逃亡できないか企んだが、力強い男の腕からすり抜けることはできなかった。
こんな場所で逃げても、身体を縛られていてはすぐに捕まってしまうだろうが。
新しい荷馬車でさらに先へと進み、30分くらいが経過した頃だろうか。
どこかに到着したらしい。
まさか、ナイタ港湾じゃないわよね!?
このままいきなり船に積まれたら、もう逃げられないわ!!
そんな心配をしていると、ガチャ!と荷台のドアが開いた。
部屋で私を捕まえた男2人と、外で待機していて私を抱えて走った男、その誘拐犯3人が立っている。
男達の背後には家のような建物が見えた。
空がまだ少し明るいので、今は16時くらいだろうか。
私を見張るために一緒に荷台に乗っていたサラが、立ち上がって荷台から降りると、キョロキョロ周りを見回した。
「はーー……。身体が痛いわ。
……ここが例の建物ね?」
例の建物?
とりあえずナイタ港湾ではなさそうなので安心した。
いきなり船に乗せたりせず、一旦この建物に隠れるつもりなのだろうか。
サラが降りた後に、私を抱えて走ったガタイのいい男が、荷台に乗り込んできた。
何か黒い布を持っている……と思ったら、その布をガバッと頭から被せられた。
「んんっ!?」
途端に視界が真っ暗になり、それと同時に身体が宙に浮いた。
また持ち上げられているらしい。
私の腹部に当たっている部分は、男の肩だろう。
腕を縛られ両足を掴まれては、身動きすらとれない。
どこに運ばれているのか全くわからないが、時折ドアを開ける音や数人の男の声が聞こえてきた。
感覚で、階段を下りているのがわかる。
……一体どこに連れて行かれるのかしら。
階段を上がっていないのに下りているってことは、もしかして地下!?
地下に閉じ込められたりしたら、逃げられる可能性がかなり低くなってしまうわ!!
どうしよう!!
男の足がピタリと止まったと思ったら、地面に優しく降ろされた。
黒い布を取られ、視界が明るくなる。
口を塞いでいたモノも腕を拘束していた縄も外された。
だが目の前の男の威圧感に、走って逃げようとは思えなかった。
周りをキョロキョロする。
……ここは、もしかして牢屋ってやつ?
漫画などで見かけた、クロスされている鉄格子が目の前にある。
壁は全て石でできていて、ひんやりとした空気を感じる。
私を運んだ男は、扉から鉄格子の向こう側に出るとガチャン!と音を響かせて鍵をかけた。
サラがニコニコしながら私を見ていた。
「貴女を異国に送るには、色々と手続きが必要なのよ。
それまではこの地下牢に閉じ込めておくわ。
食事もしっかり出すから安心してね?うふふっ」
「ここから出してっ!!お願い!!
今ならまだエリックお兄様にも貴女のことは黙ってるから!!」
私は鉄格子を掴み、サラに懇願した。
やっと喋られるようになったのだ。
サラだって殺人はできないと言っていたんだから、まだ完全に悪女になったわけではないはず。
直接懇願すればサラの良心だって痛むかもしれない。
そんな期待をしてみたが、サラは鼻で笑っただけだった。
「ふふっ。それは無理よ。
私には貴女は邪魔で邪魔で邪魔で、いらない存在だもの。
ぜひこの国からいなくなって欲しいわ」
「でも、私がこのまま行方不明になればずっと捜索されるわ!!
いつか見つかるかもしれないわよ!?
そうなったら、サラ様はおしまいじゃない!!
エリックお兄様にもきっと許してもらえないわ!!」
……そう、だよね?エリック……。
そこまで自分が大切にされているのか、正直自信はないけど今はこう言うしかない!
もし私が見つかれば、巫女の誘拐犯としてサラは重罪になるはず。
そんなリスクがあるにも関わらず、サラは相変わらず余裕そうに笑っている。
「大丈夫よ。貴女は死んだことにするもの」
「え?」
「途中で馬車を崖から落としたでしょ?
あの馬車に貴女が乗っていたという事にするのよ」
「なんですって……?」
「シナリオはこうよ。
神殿で、私と貴女は誘拐された。
ところが途中で私だけが森に捨てられた。
巫女を殺害する事が目的だった男達は、巫女を乗せた馬車を崖から転落させて逃亡した……」
「…………」
「私は一部始終の目撃者として、しばらくしてからエリック様の前に現れる予定よ」
開いた口が塞がらない。
なんて都合のいい話なのだろうか。
サラは上手くいく自信しかないという顔で、得意気に話している。
「そんな……上手くいくわけ……」
「上手くいかせるわよ!!
完璧な演技をしてみせるわ!!」
いや。あなたの演技、めっちゃ下手くそだからね!?
……でも、待てよ?
サラの演技は下手だし、こんな都合のいい話をエリックがすんなり信じるかしら?
絶対怪しむわよね?
もし少しでもおかしいと思ったら、きっと尋問するはず……。
エリックに尋問されたら、きっとサラは嘘をつき続ける事はできないんじゃない!?
つまり、私がまだ生きてることや他国に売り飛ばされた事が知られて、助けてもらえる可能性がある!!
これだわ!!
もう私にはこのチャンスしかない!!
「じゃあ、私はもう行くわね!!
こんな地下になんて、ずっと居られないわ!」
サラは私に手を振り背中を向けた。
「待って!!行かないで!!」
一応焦ってるっぽく声をかけてみたが、予想通り無視された。
よしよし。
頼むわよ!!サラ!!
私の未来は、貴女の演技力のなさにかかってるわ!!
サラは私を振り返る事もなく、誘拐犯の男に声をかけていた。
「それで?私の部屋はどこなの?案内して!」
「ああ。じゃあ、こっちへ」
声をかけられた男は、何故か私のいる牢の鍵を開けた。
カチャン。
「……ちょっと!!何開けてるのよ!!
逃げられないように、ちゃんと閉めて……って、え!?」
男は、文句を言っているサラの腕を掴み、やや強引に開けた牢の中へと押し込んだ。
サラがよろけて地面にペタリと座り込む。
…………え?
男はすぐに牢の扉を閉めて施錠した。
私のすぐ近くに、サラが座り込んでいる。
私と一緒に牢に閉じ込められている。
…………え?
なに?これ。どうなってるの?
サラも何が起きたのかわかっていない様子で、ポカンと口を開けたまま男を見つめていた。
その後、ゆっくりと首を動かし隣にいる私を見た。
きっと、今サラと私は同じ顔をしていると思う。
目を見開いて、お互いが横にいることに驚いている間抜けな顔……。
そんな2人はお互いを見つめたまま、同時に口を開いた。
「…………は?」




