86 首謀者はあなたなの?
目の前にいるサラは、今まで見たどのサラとも違っていた。
まるで宝くじが当選したかのような、幸せに満ち溢れている満面の笑みだ。
嫉妬や憎しみといった感情はなく、そこには『喜』しか感じられない。
口を塞がれ身体を縛られ、誘拐されてしまった少女にむける顔ではない。
……まさか、この誘拐の首謀者はサラなの?
私の心の声が通じたのか、サラはにっこり笑って話し出した。
「何を考えているのかわかるわ。
そうよ。私が貴女を誘拐したのよ。ふふふっ」
「…………」
「何故私にこんな事できたのか、不思議なのでしょう?
順番に全部説明してあげるわね。
まず、お察しの通りこれは私1人でやらせた事じゃないわ。
さすがに無理よ」
「…………」
「私の共犯者はね、グリモール神殿の大神官よ」
「!!」
頭の中に、痩せたサンタクロースのような大神官の姿が浮かんだ。
あの大神官が共犯者!?
何故!?何故、大神官が巫女を誘拐させるの!?
「ふふふっ。まったく理解できないって顔ね。
大神官が崇めるべき巫女を売るだなんて、そんなの普通じゃないわよね。
でも、貴女ならわかるんじゃないかしら?
神殿と王宮の確執については知ってるわよね?」
「…………」
私はコクンと頷いた。
「じゃあ、神殿側が貴女とルイード皇子の婚約を破棄しろと要求した事は知ってる?」
「!?」
婚約破棄を要求!?
そんな事、ルイード皇子からもエリックからも聞いていないわ。
何故、神殿側がそんな要求を……!?
「神殿は王宮から権力を奪おうとしているわ。
長いこと、ずーーーーーっとね。
巫女の存在があれば、そのチャンスがやってくるかもしれないと期待していたのよ」
「…………」
「そして、とうとう現れた!!巫女が!!
これで神殿は王宮と同じ……いえ。それ以上の権力を得ることができるかもしれない!!
そう思って神殿側は大変喜んだ。
……でも、やっと現れた巫女は皇子の婚約者だった」
「!!」
「わかったみたいね」
そうか!!
やっと神殿の力が強くなると期待をしたのに、巫女はすでに王宮側だったから落胆したのね!!
……私が王宮に嫁ぐ気がないのは置いといて。
巫女である私が皇子と結婚をしたら、さらに王宮の権力は強くなるわ!!
神殿側にとって、巫女と皇子の結婚は絶対に阻止しなければいけない……。
だから、私とルイード皇子の婚約を破棄しろと……。
「その要求を、王宮は断ったの」
「!!」
「どうして私が知ってるかって?
父が他の貴族と話しているところを、偶然聞いてしまったのよ。
……さて。ここで問題です。
要求を断られた神殿側は、どんな考えになると思う?」
サラは妖しい笑みを浮かべながら、楽しそうに私に問いかけてくる。
少しずつ少しずつ、私の心を揺さぶってくるのが楽しくて仕方ない様子だ。
私の顔が青くなっていくのを、心底嬉しそうに眺めている。
「きっともうわかったんでしょ?その通りよ。
神殿側にとって、巫女の存在は邪魔になってしまったの。
王宮の権力をさらに確立させるような存在は、いらないのよ」
「…………」
「それに気づいた私は、事前にグリモール神殿を訪れて大神官と会ったの。
巫女を消すための協力をすると、私から提案したのよ」
「!!」
「私の父、ヴィクトル侯爵のことは大神官も知っていたし、神殿への寄付の話もしたらすぐに話はまとまったわ」
まさか……まさかサラがここまでするなんて……。
サラの話を聞きながら、どんどん頭が真っ白になっていく。
私がエリックとサラの結婚阻止に奮闘している間、サラはリディアの事を消そうと企んでいた。
私との関係をどうこうするよりも、私自身を消してしまおうと……。
薄暗い荷台の中で、どんどん恐怖が押し寄せてくる。
私は殺されてしまうの……?
こんな所で、何も抵抗できずに?
身体が冷たくなっているのを感じる。
寒さはないのに、ガタガタと身体が震えるのを止めることができない。
目からは涙が出てきた。
処刑エンドにならないために今までがんばってきたのに、結局殺されてしまうなんて……。
恐怖に怯える私を見て、サラは至極満足そうな顔をした。
「ふふふっ。いい顔ね。
でも、安心してよ。殺しはしないわ」
えっ?……殺さない?
「さすがに私だって、そこまで悪女じゃないわよ。
人殺しなんてできる訳ないわ。
貴女をただ他国へ売りつけるだけよ!!」
た、他国へ売りつけるですって!?
それも人身売買で、立派な犯罪じゃない!!
殺しは無理で、人身売買なら大丈夫なわけ!?
殺されはしないとわかって、少しだけ落ち着きが戻ってきた。
まだ助かるチャンスはあるかもしれない!!
「巫女となれば、それはそれは高く売れるんですって。
奴隷としてじゃなく巫女として売られる訳だから、ひどい扱いはされないと思うわ!」
「…………」
「ただ、この国の巫女を買ったとバレたらその国も大変な事になっちゃうからね!
貴女はきっと外には出さず、誰にも見つからない場所で監禁されながら大切に扱われると思うわよ?うふふ……」
サラの闇を感じる笑顔に、ゾッと全身鳥肌が立った。
それのどこがひどい扱いじゃないって言うのよ!!
監禁されながら大切にされる……って、ヤバい匂いがプンプンじゃないっ!!
冗談じゃないわ!!
なんとかして、ここから逃げ出さなきゃ!!
サラとの会話に夢中になっていて気づかなかったが、馬車はとっくに動き出していたようだ。
一体どこへ向かっているのかしら……。
神殿側がグルなら、エリック達に私の不在が知られるのはきっとまだ時間がかかるわ!!
助けを期待してる場合じゃない。
自分でなんとかしなくては!!
私は目の前で笑っている女をキッと睨みつけた。




