85 誘拐
その後、祭祀は無事に終わった。
祭祀というよりは、巫女を崇める会みたいになっていたけど……。
この世界にファンクラブというものがあったら、間違いなく『巫女ファンクラブ』が出来ていたでしょうね!!
まさかあんなに巫女の存在が大きいなんて思っていなかったわ。
他国から私が狙われていた理由って、ルイード皇子の婚約者だからじゃなくて私が巫女だからなのかしら。
そう思うと、攻撃するつもりのなさそうな異国の男性達が、遠巻きに馬車を見つめていたのも納得できるわ!
それくらいなら、別に隠さなくてもいいのに。
エリックったら本当に心配性ね!!
異国の民から向けられた視線は、どれも憧れや敬いのある温かいものだった。
巫女への敵意を向けていた異国民はいなかったと思う。
……むしろ、神殿側からの視線の方がおかしかった。
痩せたサンタクロースのような大神官は、終始貼りつけたような笑顔でニコニコしていて不気味だったわ。
あの人、絶対私のことを良く思っていないわね!
この国でも、王宮と神殿の確執があるのかしら。
早くおいとました方が良さそうね。
本殿から先に退場した私は、サラと過ごした巫女の部屋へと向かっていた。
若い神官のあとに続き、静かな通路を歩いて行く。
ふと、ドグラス子爵邸への侵入を命じていたイクスのことが頭をよぎった。
……イクスは順調かしら?
本殿の中にはきっとドグラス子爵もいたはずよね。
主人のいない子爵邸には無事侵入できたかしら。
ワムルは見つかった?
あーースマホがないって不便だわ!!
「巫女様?」
「えっ?あっ!はい!」
気づけば、先導してくれていた神官が立ち止まってこちらを見ていた。
目の前には巫女の部屋の扉がある。
考え事をしているうちに着いていたらしい。
「到着しましたが、どうかされましたか?」
「あっ、いいえ!何でもないです!」
神官は「そうですか」と言って扉を開けてくれた。
壁も家具も全てが真っ白な部屋へと入ると、静かに扉が閉まった。
そういえば、サラをここに留守番させていたんだったわ。
不機嫌になってるかしら……。
部屋の中でサラを探すが、見あたらない。
真っ白な空間の中なのですぐに見つかるはずなのだが。
「あれ?サラ様?」
どこにいるのかしら……。
この部屋には入口以外の扉はなく、外に出るための大きな窓もない。
あるのは光を入れるためだけの小さな窓がいくつかあるだけだ。
ギリギリ人が通れるくらいの大きさではあるが、私の顔と同じ高さにある。
仮にも侯爵令嬢が、この窓から抜け出したりはしないだろう。
というか、ここから逃げたりなんかしないわよね。
どこか違う部屋へ行っているの?
神官にバレたら大変だと思うけど……。
そんなことを考えていると、すぐ背後に人が立つ気配を感じた。
それと同時にハンカチか何かで口を塞がれ、ガバッと身体を捕まえられた。
「!?」
声が出せない。腕も動かせない。
後ろから誰かに抱えられている。
ものすごい力で、振りほどこうとするけどビクともしない。
サラ!?
いや、違う!!男の腕だ!!誰!?
「んーーーーっ!!」
「大人しくしてな」
「!!」
知らない男の声だ。一気に恐怖が押し寄せてくる。
やだ!!誰なの!?まさか暗殺者!?
サラは!?
サラもこの男に何かされたの!?
抵抗もむなしく、あっという間に縄で縛られてしまった。
口にも何かをはめられて、声を出せない。
男は2人いたらしい。
2人がかりで私を持ち上げると、窓に向かって歩き出した。
えっ!?ちょっ、ちょっと!?
まさか窓から落とそうとしてるんじゃないわよね!?
いくらここが1階でも、あの高さの窓から落とされたら……。
男達はガタンと窓を開けて、私の身体を外へと押し出した。
ウソでしょ!?本当に落とす気なの!?
無理!!!やめて!!!
抵抗しようと足を動かしているが、ビクともしない。
そのまま押し出され、私は外へと落とされた。
きゃーーーーーーっ!!
ボスッ!!
身体を強打する覚悟をしていたが、平気だった。
外にも仲間がいたらしく、ガタイのいい男に受け止められたらしい。
男は私を抱えたまま走り出し、神殿の入口とは反対方向の門へと向かっている。
一体こいつらは誰なの!?異国民!?
神殿の周りには王宮の騎士達が警備しているはずだから、逃げられるわけないわ!!
ところが、裏門には騎士が1人もいなかった。
男達は堂々と門から外へと出て行く。
えぇっ!?何で!?
どうして騎士団がいないのよ!!
え、ほ、本当にこのまま誘拐されちゃう!!
誰か助けて!!エリック!!カイザ!!ルイード皇子!!
裏門の近くには荷台のついた馬車が停められていた。
その中におろされ、外から鍵をかけられた。
どうしよう!!
このまま馬車が出発したら、どこへ向かうのか全くわからないわ!!
巫女の部屋へは神官しか来れないし、私が誘拐された事には当分気づかれないんじゃ……。
パニックになりかけていたところで、突然声がした。
「……リディア?」
「!!」
サラの声だ!!
後ろを振り向くと、積み上げられている荷物の間にサラが座り込んでいるのが見えた。
荷台の中は薄暗かったので、すぐには気づかなかった。
サラ!!やっぱりサラも誘拐されていたのね!!
サラはゆっくり立ち上がり、私に近づいてきた。
……あれ?
腕が自由に使えているみたい……。
よく見れば、サラは縄で縛られていなかった。
……そういえば、さっきも声を出していた。
私は口も塞がれていて喋れないというのに……。
何故サラは拘束されていないのだろう。
それなのに、何故助けを求めたり逃げようとさえしていなかったのか……。
サラがいたことで一瞬感じた安心感が、急速に不安に変わっていく。
身体から血の気がなくなっていくのがわかった。
サラは私の前で屈み、目線の高さを合わせてくる。
その顔には不安や恐怖の色はなく、とても幸せそうに微笑んでいた。
「うまくいって良かったわ。
やっと邪魔な貴女を追い出せる……」




