84 サラの手柄を横取りしますが許してね?
「巫女様!!お願いいたします!!お助けくださいませ!!
この病を!!治してくださいませ!!」
「巫女様!!お願いいたします!!」
そんな悲痛の声を上げたのは、40代くらいの男性と10歳くらいの男の子だ。
2人は私に近づこうとしたところで、護衛騎士達に押さえつけられていた。
腕を後ろに縛られた状態でも、2人の視線は私から離れない。
必死に何かを懇願している。
えっ……。病って……。
私は医者じゃないのに、そんなのわかる訳ないわ!!
どうしよう……!!
反応に困っていると、男の子が着ていたマントがズレて男の子の腕があらわになった。
大きな赤いボツボツが腕中に広がっている。
「!!!」
大きな赤いボツボツ……あれってまさか!?
小説の中で、他国で流行したある病が脳裏に浮かんだ。
たしかエリックと主人公サラが視察か何かで行った他国で、この病が流行していたわ。
何故か12歳以下の子どもにしかかからない病。
身体に発疹ができたら、3ヶ月で命を落としてしまうのよね!
心優しい主人公のサラは、放っておく事が出来ずにみんなの面倒を見て……子ども達と接する事で色々な情報を得て、病の原因を発見するのよ!
そうよ!そんな話があったわ。
そこでさらに主人公サラはみんなから好かれるのよね!!
あの病は2年後に子どもの間で流行するのだが、すでに病にかかっている子がいたのか。
思わず男の子をジッと見つめてしまう。
男の子も、私の事を泣きそうな顔で見つめていた。
その時、大神官の近くにいた年配の神官が叫んだ。
「まだ巫女様のご紹介もしていないというのに、なんという無礼な言動!!
すぐにこの者たちを本殿から追い出……」
「待ってください!!」
気がついた時には、私は男の子の前に飛び出していた。
この子には手を出さないで!と庇うような姿勢だ。
……思わず飛び出しちゃったわ!!
喋らずにひたすら微笑んでいろ、と言われていたのに……!!
「リディア!?」
エリックとルイード皇子の声が聞こえる。
私が約束を破ったから、慌てているのだろう。
でも、見捨てられない。
だって私はこの子の病を知っているし、救う事ができるもの。
「巫女様!!危険です!!
感染する病かもしれません!!離れてください!」
先程の年老いた神官が真っ青になって叫ぶ。
私を心配するような事を言っているわりに、直接助けに来ようとはしない。
遠くから叫んでいるだけだ。
病で苦しむ子どもに対しての慈悲もない。
これがグリモールの神官か。
神官の言葉に本殿はパニックに包まれた。
本殿から出ようと、人々がぎゅうぎゅうに走り出そうとしている。
まったく!!!神官ともあろう人物が、みんなの不安を煽るような事を言うなんて!!
最前列に座っていたエリックとルイード皇子が、立ち上がりこちらへ向かってこようとしているのが目に入った。
「大丈夫です!!この病は人から感染しません!!
12歳以上の大人にもかかりません!!」
私がそう叫ぶと、一瞬で本殿に静寂が訪れた。
こんな少女の言葉は、すんなり信じられないだろう。
でも少しでもパニックが落ち着けば……と思ったけど、少しどころか全員が動きを止めていた。
……巫女の言葉ってすごいわね。
まさかこんな簡単にパニックがおさまるなんて。
人々からものすごく熱い眼差しで見られている気がするわ。
気のせいか、ルイード皇子からもキラキラ眩しいくらいの視線を感じるんだけど……。
私は人々からの熱い視線には気づかないフリをして、男の子に向き直った。
男の子の隣にいる男性……父親かしら。
その父親と男の子が、信じられないものを見るような目で私を見上げていた。
「な、なぜ巫女様はこの病の事をご存知なのですか?
まだ何も言っていないのに……」
男の子が不思議そうな顔で見つめてくる。
それは小説で読んだからよ!!
なんて言えないわね。
父親が少し震えながら話し出した。
「巫女様のおっしゃる通りです。
この病は、子どもにしかかかりません。
それに、長時間一緒に過ごしても感染したりしません。
全く会っていない子どもが、同じ病にかかったりもします。
どこからもらってくるのか、月に数人の子どもがこの病にかかり3ヶ月ほどで……」
やっぱり、小説で流行してたあの病で間違いないようね!!
ここでこの解決策を伝えてしまうと、2年後のサラの功績がなくなってしまうけど……いいわよね!?
どちらにしろ、エリックとの結婚は妨害するつもりだし。
それに目の前で困ってるこの子を、見殺しにはできないわ!!
「それは『ペニータ』という病です。
原因は、森の中にごく稀に生えているペニータの木から出る樹液です。
白く細い木の樹液を飲んだりしませんでしたか?」
私の言葉に、2人は目を丸くした。
男の子は気まずそうに下を向いてしまったが、父親の方はそんな男の子には気づいていない。
「たしかに私どもの領地には数少ないペニータの木が生えています。
ですが、その樹液は何故かものすごく苦いんです。
虫すら避けるほどなのです。
まさか子どもが飲むとは……なぁ?」
そう言いながら父親が男の子に顔を向けると、男の子は黙ったまま顔を反対側に逸らした。
この反応は、きっと内緒で飲んだのだろう。
2年後に子どもの間で流行した時にも、罰ゲームの一種だったり興味本位だったり……そんな理由だった気がする。
「まさか……お前……。いや!!でも、これまでに何人か大人があの樹液を飲みましたが、こんな症状が出た者はおりません!!」
「この病は、樹液が体内に入る事で起こるアレルギー症状です。
大人の身体なら耐えられますが、子どもでは耐えられずこのような反応が出てしまうのです」
「そ、そんな……では、どうすれば……?」
父親は絶望めいた顔で身体を震わせている。
かなり切羽詰まっているようだ。
私はできるだけ安心してもらえるように、にこりと微笑んだ。
実は、この病は意外と簡単に治るのよね!!
小説では、サラが主人公特有の強運パワーで発見した事実……ここで私が言ってしまうけど、許してねサラ!!
「レモンです!」
「へ?」
私からの意外な返事に、父親はポカンと口を開けた。
俯いていた男の子も、バッと顔を上げてこちらを見た。
今聞こえたのは空耳か?というような顔をしている。
「レモン汁を少量ずつ、1日5回は飲んでください。
毎日続ければ、1週間ほどで身体のボツボツも消えてくるでしょう」
「レ、レモンですか……?
でもこの病は、国中の医者に見せても原因がわからず、薬も何も効かなかったのですが……」
父親は半信半疑だ。それはそうだろう。
薬も何も効かず、3ヶ月で死に至るような病が、レモンで治るだなんて信じられないのも無理はない。
何か根拠があるなら言ってあげたいけど、何故レモンが効くのかまでは私だってわからないわ。
でも効くのは間違いないのだから、ここは少し強気に言いくるめるしかないわね!!
「巫女である私の言葉を信じてください。
病にかかっている子どもには直ちにレモン汁を与え、ペニータの樹液は子どもには毒となる事実を国に伝えてください。
これで将来、数百人の子どもの命が救われることでしょう!!」
背筋を伸ばし堂々とそう言い放つと、本殿がしーーんと静まりかえった。
皆の視線を感じる。
一瞬の静けさの後、わぁっ!!と大歓声が上がった。
所々から、「巫女様!!」と称える声が聞こえてくる。
拍手をしている人もいるようで、まるでコンサートラストのスタンディングオベーションのようだ。
父親と男の子は何度も何度もお礼を言い、無礼な行いをしたと神殿側に謝罪、自戒し自ら本殿から出て行った。
周りからの称賛に安堵していた私は、大神官が私へ冷たい視線を送っている事に全く気づいていなかった。




