81 転生前のサラの意外な職業
若い神官に案内されて、私とサラは神殿の奥へと進んで行った。
通路の左側は、先程見た美しい庭がずっと続いている。
右側には数少ない扉がポツポツある程度で、あとは真っ白な壁だ。
扉にマークも何もないため、どの扉がどの部屋なのか判断できないのではないか?と思ってしまうほど、同じ眺めだ。
「結構歩くわね。まだなのかしら?」
私の少し後ろを侍女としてついてきているサラが、私にしか聞こえないくらいの声で文句を言っている。
先程、自己紹介を無視されたのですでに不機嫌モードなのだ。勘弁してほしい。
でも、実は私も同じことを思っていたのよね。
もう数分歩いてる気がするんだけど、巫女の部屋ってそんなに遠いの?
私達の不安そうな空気を読んだのかたまたまか、案内していた神官が振り返って言った。
「申し訳ございません。あと少しで到着します」
「あ、はい」
返事をした後に、思わずサラと顔を合わせた。
『まさかさっきの私の言葉が聞こえたんじゃないわよね?』
『私ですらギリ聞こえたんだから、それはないわ』
お互い無言のまま、目で会話をした。
神官の言う通り、少しすると今まで見てきたシンプルな扉とは全然違う扉の前に出た。
一回り以上大きく、扉全体に細かい彫りのデザインが施してある。
ここが特別な部屋なのだというのが一目でわかる。
「こちらが巫女様のお部屋でございます」
ギィ……と少し重そうに扉を開けてくれる。
中は壁も天井も家具も全てが真っ白の部屋だった。
あまりの純白の世界に、サラと2人でポカンと口を開けたまま立ち尽くしてしまう。
壁に同化していて気づくのが遅れたが、純白のマーメイドドレスがきらびやかに飾られていた。
宝石がついている訳ではないのに輝いて見えるのは、生地がシルクのように美しいからだろうか。
「あちらに飾られているドレスが、祭祀で巫女様に着ていただくドレスでございます。
神殿では派手な装いは致しません。
こちらのドレス以外には宝石もつけません」
神官がドレスの前に立ち説明をしてくれる。
飾りも刺繍もないシンプルなドレスだが、見る者を惹きつける美しさがある。
たとえ宝石など何もつけなくとも、このドレスだけで十分目立つ事だろう。
それに、着るのはこの絶世の美少女リディアだもの!
何も問題はないわね。
……あ。ヘアアレンジするのはサラだったわ。
もし酷すぎるようなら、このままストレートヘアで登場する事にしましょう。うん。
「祭祀まではあと2時間です。
あちらに軽食とお飲み物を用意してありますので、お時間まではごゆっくりお過ごし下さい。
では失礼致します」
そう言って、神官はあっさりと部屋から出て行った。
こちらが話しかける隙も与えてくれなかったわね。
それにしても、2時間サラと2人きりかぁ……。
ゲンナリしながら真っ白な椅子に座ると、サラも真正面にある椅子にドカッと座った。
「あぁ〜疲れた!!ちょっと遠すぎよね!
しかも何よこの部屋。真っ白で目がチカチカするわ」
腕を組み、部屋の中をキョロキョロしながら文句ばかり言っている。
完全に素でいるようだ。
私の冷めた視線に気づいたのか、サラは開き直ったかのような態度で立ち上がった。
「なによ?その目は!
巫女様とか言われて調子に乗ってるわけ?
ただ小説の内容を知っていただけでしょ?」
「……だから小説とは何の事だかわからないわ。
それにしても、随分と態度が違うのね?サラ様?」
「ふん!
あくまでも知らないフリを続ける気なのね!
まぁいいわ。こっちに座ってよ」
サラはドレッサーの前に移動して、そこに置いてある椅子をポンポンと叩いた。
……何故そこに座らせるのよ?
まるで私の支度をしようとしているみたいじゃない。
何を考えているの?
「何故そちらに座らなければならないのですか?」
「はぁ〜?何言ってんのよ!
ヘアアレンジする為に決まってるじゃない!
神殿に入る時にはそのままの姿で、なんて決まりがあるもんだから、事前にメイドにやってもらえなかったんでしょ」
サラがため息をつきながら、呆れたように言った。
そうなのだ。
ドレスを着る事以外の準備は全てホテルで済ませたかったのだが、神殿側がそれを許さなかった。
全ての準備は神殿内でやるように、との事だ。
おかげでサラにやってもらうしかなくなった訳だが……サラにできるの!?
私が恥をかくように、ボロボロぐちゃぐちゃの髪型にするつもりじゃないかしら!?
「サ、サラ様にできるのですか?」
「あんた……私が変な髪型にするんじゃないかって疑ってるでしょ?」
ギクッ。
サラは鋭い視線をぶつけてくるが、どうしてだろう。
口は悪いのに、いつもみたいな敵意をそこまで感じないのよね。
だからといって、こんな大切な舞台でサラに髪を任せるのは不安すぎるわ!!
私の不安そうな顔を見て、サラははぁー…とまた大きなため息をついた。
本当に素になると別人のようだわ。
だけど、正直こちらのサラの方が話しやすいと思ってしまうのよね。
サラは私から目を離し、クシやヘアピンを見ながら複雑そうな顔で言った。
「安心していいわよ。
私、転生前は美容師だったから」
「へ!?」
驚きすぎて、変な声が出てしまった。
サラって美容師だったの!?
今の侍女の格好をしているサラからは、想像もつかない。
というか、サラはもしかして転生前も未成年だったのかも……とか思ってたけど、社会人だったのね。
一気に親近感が湧いてきたわ。
サラは私の反応を見てふっと笑った。
「美容師って言葉を知ってるんだから、やっぱりあなたも転生者なんじゃない。
でもいいわ。今日は何も聞かないであげるわね」
……なんだか、いつもの鬼気迫るようなサラとは別人みたい。
拍子抜けしながらも、私はサラの指定した椅子に座る事にした。
サラは私の髪の毛を梳かしながら、「ちょっとサラサラすぎるわね……」とブツブツ言っている。
「……変な髪型にしないでね」
「ふん!本当はグチャグチャにしてやりたいところだけど、それをしたら私の株まで下がってしまうからね。
今回はちゃんとやってあげるわよ!!
エリック様やルイード皇子に褒められるかもしれないし〜?」
何を期待しているのか、サラがニマニマと気持ちの悪い笑みを浮かべ出した。
一体どんな妄想をしているのか。
サラの腹の内がどうであれ、私の髪型をきちんとやってくれるのであれば文句はないわ。
何故か少し機嫌の良さそうなサラに、身を委ねることにした。




