79 兄が私との同室を求めてくるんですけど、なんとかしてください
「俺、今日はこの部屋に泊まるからな!!」
グリモールのホテルに到着して、自分の部屋へ案内されたと思ったら……兄のカイザが何か言い出しましたよ。
腕を組み堂々と立つその姿に、一瞬何を言っているのか理解が追いつかなかった。
脳が今夜はカイザと同じ部屋で過ごすという結論を出した頃には、カイザはすでに部屋の中を色々と物色していた。
何言ってんだコイツ。
2日連続馬車に揺られて、さらに今日はルイード皇子を狙ってるかもしれない他国の人達に神経削られて、とにかく疲れてるんですけど私!!
カイザと同じ部屋で過ごすなんて、冗談じゃない!
「カイザお兄様。
ふざけた事言ってないで、自分のお部屋へ戻ってください」
わりと真顔で冷たく言い放ってみたが、カイザには何も効いていないようだ。
驚く様子も落ち込む様子もなく、部屋の窓の作りやら鍵やらを何故か念入りにチェックしている。
無視かよ!!
そう思ったが、カイザは手を止める事なくしれっと答えた。
「俺の部屋は取ってない。
今日はこの部屋に泊まるからいらないだろ」
私の方を見向きもせず、今度は少し離れた場所の窓をチェックしている。
まるでそこから誰かが入ってくると疑っているみたいな入念さだ。
ここを何階だと思っているのか。
メイド達はソワソワしながら私とカイザを交互に見ている。
私は部屋に入ってきた時の状態のまま、ポツンと部屋の入り口近くに立っていた。
着替えたいっ!!!
今すぐにメイド達にこのドレスを脱がせてもらって、お風呂でゆっくりして、のんびり休みたいっ!!
でも出来ない!!カイザがいたらできない!!
もうっ!何でここにカイザがいるのよーー!?
同じ部屋に泊まるってどういうこと!?
「お部屋がないならエリックお兄様のお部屋へどうぞ!!
私着替えたいんです!!出て行ってよ!!」
「あ?着替えればいいだろ?勝手にしろ」
かなり強い口調で文句を言っても、軽くあしらわれてしまう。
配慮というものが全く感じられない。
これは経験あるわ……。
昔、お姉ちゃんに何か抗議してもまともに聞いてもらえなかった。
姉や兄って、どうしてこうなのかしら!?
妹には人権はないとでも思ってるの?
こうなったら蹴りでもいれてやろうかしら……。
疲れからくるストレスでそんな事を考えていると、エリックが部屋に入ってきた。
エリック!!!救世主だわ!!
エリックに言って、カイザをこの部屋から連れ出してもらおう!
私はエリックの元へ走って行った。
「エリックお兄様!!聞いてください!!
カイザお兄様が、今夜この部屋に一緒に泊まるって言うんです!!
なんとかしてください!!」
これでエリックがカイザを咎めてくれるだろう。
そう期待を込めて、エリックの服の裾を握った。
ところがエリックは、いつもの無表情の中にどこか諦めのような色を浮かべている。
カイザに呆れた言葉を放つ事もなく、咎める事もなく、私を同情するかのような視線を浴びせてきた。
「リディア。カイザの言う通りにしなさい」
ええぇーーーーーー!?
思いもよらないエリックの言葉に、数歩後ずさった。
ウ、ウソでしょ!?
エリックなら絶対カイザを注意してくれると思ってたのに、まさか味方をするなんて……。
本当にカイザと一緒にこの部屋に泊まれと言うの!?
「ほらな。諦めろ」
カイザがドヤ顔で言ってくるので、その顔にティーポットを投げつけたくなった。
……やっぱり何かおかしい!!
「お兄様達……。私に何か隠していませんか?」
「え!?」
反応をしたのはカイザだ。
エリックと違い、ウソをついたり誤魔化したりが苦手なカイザなら、正直に反応すると思ったわ。
「やっぱり!!何を隠しているんですか!?」
エリックがカイザの足を踏みつけたので、カイザは変なうめき声を上げながらうずくまってしまった。
足の痛みに集中しているせいか、私の疑問には全く反応してくれない。
エリックの顔はいつもの無表情のままで、感情を読み取ろうとしても何を考えているのかさっぱりわからない。
でもその瞳には『お前は知らなくていい』というメッセージが込められているようで、それ以上聞いてはいけないような圧を感じる。
なによ。この空気。
まさか本当に、私が狙われているのかしら……?
それならカイザが私の部屋に泊まると言い出したのも、納得できるわ。
でも何で私が狙われてるの?
ルイード皇子の婚約者だから?
「……何故教えてくれないのですか?」
「お前に心配をかけたくなかっただけだ。
今夜はカイザと一緒でも我慢してくれ」
「我慢ってどういう事だよ。
まるで俺がいたら迷惑みたいな言い方じゃねぇか」
「…………」
「…………」
カイザの言葉を無視して、エリックと見つめ合った。
私がなんとなく気づいている事、エリックもわかってるはず!
それでもはっきりとは言ってくれないのね。
リディアはまだ15歳だし、言いたくない気持ちもわからなくもないけど……。
「その事、イクスは知っていますか?」
「いや。イクスには言っていない」
「ならいいです。イクスには明日仕事を頼んでいるので、その事に気を取られて欲しくないから……」
「……何の仕事を頼んでいるんだ?」
「内緒です」
仕返しをするつもりで、子どもがイタズラをした時のような少し悪い笑顔で言った。
ずっと真顔でいた私がニヤッと笑ったので、エリックは少し安心したような顔をした。
全く。私の心配してる場合じゃないのに。
このグリモールにあるナイタ港湾では、ドグラス子爵が万薬を密輸しているのよ。
さらには、ナイタ港湾の管理を任せているワムルが、ドグラス子爵に監禁されてるかもしれないのよ?
その事が発覚したら、エリックは大打撃を受けるというのに。
まぁいいわ!!
エリックが裏で私を守ろうとしてくれてるように、私も裏でエリックを守るから!
どうしてもと言うなら、カイザと同室になるのも我慢しましょう。
足の痛みから復活したカイザは、部屋の全ての窓チェックを終えて、今度は壁や天井を調べ始めていた。
抜け穴がないかを確認しているようだ。
……私を狙っているのは忍者なのか?
部屋中を調べまくっているカイザは放置して、私はメイド達と浴室へと向かった。




