78 エリック目線〜狙われている妹〜
全くリディアには困ったものだ。
馬車に揺られながら、昨晩のことを思い返していた。
たとえ俺の部屋と間違えたからといって、あんな寝巻き姿で皇子の部屋へ行くとは何を考えているんだ。
ルイード皇子は幼い見た目をしているが、もう16歳であり立派な青年だ。子どもではない。
夜分に突然あんな姿のリディアが現れたなら、皇子もさぞ驚いた事だろう。
皇子の事はもちろん信用しているが、あまりにも無防備すぎる妹に腹が立つ。
思わず馬車の中で「チッ」と舌打ちをしてしまった。
自分以外には誰もいないのだからいいだろう。
間違えた部屋にいた相手が、ルイード皇子ではなく見ず知らずの男ならどうなっていたか。
そんな事を想像するだけで寒気がする。
それにしても、まさかリディアが勝手に部屋を抜け出すとは考えていなかったな。
またこっそり出てしまう可能性を考え、昨夜は監視するためにも俺の部屋で寝させたが、素直に言う事を聞いてくれて助かった。
全く。本当に目が離せないな。
自分が今どんな状況にいるのか、全く知らないのだから仕方ないのかもしれないが……。
リディアを不安にさせたくなくて黙っていたが、やはり正直に全て話すべきなのだろうか。
今、お前は色々な国から狙われている、と。
「リディア様が神託を受けた事が、貴族の間でも噂されております!」
そう王宮の宰相に言われたのはいつだったか。
気がついた時にはすでに自国の貴族だけではなく、他国の要人にまで噂は広まっていた。
巫女が現れたなど聞いた事がないのだから、皆が盛り上がってしまうのは無理もない。
すぐに王宮にはリディアに謁見したいという書状が山ほど届いた。
全て断ってきたが、巫女への書状は止まる事なく増え続けている。
『巫女様を我が国へ招待したい』
『巫女様を我が国の皇子と結婚させたい』
このような内容の書状は、その場で破り捨ててやった。
だが、各国の要人からだけならまだ良かった。
そのうち国王陛下直々に書状を寄越す国まで出てきた。
同盟国となると、そう簡単には断れない。
だが陛下は反対してくださった。
「リディア嬢を他国へ行かせるつもりはない!
なにか対策を考えよう」
そこで今回の祭祀を行うことが決定されたのだ。
リディアにはただ祭祀としか伝えていないが、実はリディアを巫女として他国の要人達に披露するのが本来の目的だったりする。
これで同盟国には納得してもらったのだ。
そのため、招待客が訪れやすいように港湾のあるグリモールの神殿が選ばれた。
神殿でリディアを見るだけで満足させる予定だったが……やはりな。
馬車の周りには、明らかに異国の者だとわかる格好をした男達が遠まきに王宮の馬車を見ている。
きっとリディアの姿を見に来たに違いない。
馬車のすぐ近くまで寄ろうとしていた男もいた。
ただリディアを見たかっただけなのか、それとも?
リディアを誘拐しようと考える国があってもおかしくはない。
それほど、巫女の存在は貴重なのだ。
リディアを守る為に、リディアの乗っている馬車の周りには騎馬隊が並んでいる。
王宮の騎士団の中でも、エリート集団と呼ばれる第一騎士団なのだが、リディアはそれを知らない。
きっと、ルイード皇子を守る為の騎士達だと思っているだろう。
カイザやイクスには一足先にグリモールへ行かせ、街の様子を確認してもらっている。
昨夜届いた報告書によると、想像以上の異国民がグリモールの街中にいるらしい。
神殿に招待されていない奴らも、巫女を一目見ようと集まってきているのだろう。
まったく……。神殿にリディアを無事届けるまでは、安心できないな。
今回リディアの護衛は第一騎士団に任せているため、イクスにもこの現状を伝えてはいなかった。
伝えたらきっと自分が護衛をすると言い張るだろう。
第一騎士団のルビウッド団長は余所者を嫌うため、イクスの介入を喜ばない。
変に揉めないためにも、イクスには黙っている事にした。
リディアに頼まれた仕事があると言っていたから、ちょうど良かった。
……問題はカイザだな。
カイザには、リディアが他国から狙われている事を伝えてある。
「怪しい動きをした異国民の奴らは、全員とっ捕まえてやる!!」
それがカイザの第一声だった。
昨夜の報告書を読むと、カイザが異国民に対してかなり苛立っているのが伝わってきた。
あいつのことだ。特に害のない、ただの旅行客にまで警戒心たっぷりの顔で睨みつけているのではないだろうか。
「あいつは短気だからな……」
馬車の中で思わず独り言を呟いてしまった。
グリモールの街中で乱闘などしていないといいのだが……。
それに、心配な事はもう1つある。
実はカイザは、先にグリモールへ行くという話も最初は拒否していたのだ。
自分がリディアの乗った馬車を守ると言ってきかなかった。
気性の激しいカイザとルビウッド団長が、仲良くできるはずもない。
カイザの意見は即却下し、グリモールへの先発を命じた。
だがそこでカイザがある提案をしてきたのだ。
「グリモールの街で一泊する際には、俺がリディアの部屋の中で護衛をするからな!」
1人部屋にいる間に何かあっては守れないから、という理由だが、自分が狙われていると知らないリディアがそれをすんなり受け入れるだろうか。
本当は止めたいところなのだが……。
いくら第一騎士団の騎士だとしても、男をリディアの部屋の中に入れるわけにはいかない。
部屋の中で守れるのは、たしかにカイザしかいないのだ。
あまり仲が良いとは言えないカイザと同室になる。
それをどうリディアにうまく説明しようか、俺は頭を悩ませていた。
この日も途中で食事などの休憩を入れながら、長時間馬車に揺られてグリモールを目指した。
特に問題もなく順調に進んだこともあり、夕方には目的のグリモール最大級のホテルに到着した。
きっとこのホテルには、各国の要人達が泊まっていることだろう。
できるだけ会わないようにするつもりだが、十分に用心しなければならない。
ホテルの前には、先に到着していたカイザやイクスが待ち構えていた。
「もう部屋は取ってあるぞ。いつでも入れる」
部屋の準備もすでに完了しているようだ。
あとは出来るだけ人目につかないように、迅速に部屋まで移動させるだけだ。
「わかった。少しロビーが騒つくだろうから、よく警戒しておけよ」
「わかってるよ!」
ホテルのロビーには異国民がたくさん集まっており、今到着したばかりの王宮の馬車に視線が集中している。
騎士団に周りを囲ませて、リディアとルイード皇子を即座に部屋まで案内してもらった。
異国民達から「巫女様だ」という声が聞こえてきたが、さすがにこれだけ騎士に囲まれたリディアに近づこうとする者はいなかった。
後からやってきたサラ様は、リディアの特別待遇に不満そうな顔をしていたが、俺と目が合うとにこっとすぐに笑顔を作ってみせた。
「……皇子様は移動するのも大変なのですね」
どうやらルイード皇子の為の行動なのだと思ったらしい。
あれだけ騎士に囲まれているのは、皇子よりもリディアを守る為だ……と言うのはやめておいた。
彼女が何を考えているのか、実はまだよくわからない。
だが、今回の祭祀にはどうしても侍女が必要なので、今は彼女も丁寧に扱わなければならないだろう。
「部屋まで付き添いますよ。サラ様」
俺がそう言うと、サラ様は一瞬驚いた後にものすごくニヤけた顔をした。
淑女の笑みとは思えない有様だが、どうにも緩む口元を我慢できないといった様子だ。
「ありがとうございますっ!!エリック様っ!!」
サラ様が腕にしがみついてくる。
振りほどきたい衝動に駆られたが、なんとか我慢した。
部屋に着き、即座に帰ろうとしたがサラ様が部屋の中へと腕を引っ張った。
なんだ!?
「少し私のお部屋で休んでいきませんか……?」
栗色の瞳を潤わせ、上目遣いで甘えた声を出す。
普通の男性であれば喜んで受けそうなセリフだな。
だが、さすがに我慢の限界だ。
積極的な女は好きじゃない。節操もなさすぎる。
「申し訳ないが、ルイード様に呼ばれているので失礼します」
「えぇっ。そんなぁ。
では、ルイード様とのお話が終わった後でも……」
「明日も朝早いので、ゆっくり休んでください。では」
「えっ!?エリック様……!?」
名を呼ばれたが、振り返らずに部屋を出た。
ルイード皇子に呼ばれているというのはウソだ。
俺はすぐにリディアの部屋へと向かった。
サラ様と話しているヒマはない。
リディア達はきっと今頃揉めているだろうからな。
リディアの部屋へ行くと、案の定リディアとカイザが言い合いをしていた。
俺がいる事に気づいたリディアが、駆け寄ってくる。
「エリックお兄様!!聞いてください!
カイザお兄様が、今夜この部屋に一緒に泊まるって言うんです!!
なんとかしてください!!」
……やっぱりな。
だが悪いな、リディア。
今夜ばかりはお前の味方をしてやれないんだ。




