76 女は笑顔で遠回しに喧嘩をしているのです
「この時間にフロントに行くのも大変だし、今日はここで寝なさい。
ベッドなら2つある」
そうエリックに言われて、この日はそのままエリックの部屋で寝ることになった。
さすが上流貴族用の部屋。
1部屋に大きいベッドが2つも用意されている。
一応壁を隔てているので、同じ部屋で眠ると言ってもそんなに近い距離ではない。
これなら遠慮なく眠れそうだ。
少し仕事をしてから寝るというエリックにおやすみと伝え、ベッドに横になった。
ここからはエリックの姿も見えない。
はぁ……。なんだかどっと疲れたわ。頭痛いし。
それにしても、やっぱり何かおかしい。
この時間にフロントに行くのが大変ってなに?
まだそんなに遅い時間ではないわよね?
なんだかエリックもルイード皇子も、あまり私を部屋の外に出したくなさそうというか……。
こんなに厳重なホテルの中で、何の心配をしているのかしら。
長旅での疲れもあり、横になるとすぐに眠気が襲ってきた。
少し離れたところから聞こえる、エリックのペンを動かすカリカリ…という音がやけに心地よくて、気づけば私は深い眠りに落ちていた。
翌朝、ホテルの支配人に部屋の鍵を開けてもらい、無事に自分の部屋へ戻ることができた。
私がエリックの部屋で寝た事はすぐにサラにバレてしまい、今はネチネチの嫌味攻撃を受けている真っ最中だ。
「リディア様ったら。どうして私を訪ねてくださらなかったのですか?
こういう場合、女性同士の方がいいじゃないですか〜。
いくら兄妹といえど、やはり分別はわきまえなくては。ねっ?」
メイドに髪の毛を編み上げられている私は、ドレッサーの前から動けない。
それをいい事に、サラは近くの椅子に座り延々と遠回しの文句を言ってきた。
一応メイド達のいる前なので猫を被ってはいるが、エリックがいないので精々1匹くらいだろうか。
なんとも言えない圧に、メイド達もみんな口を閉ざしていた。
誰も私のフォローをしてくれる人はいない。
どちらの味方にもつけないメイド達の立場もわかるけど、一応ここでは私のメイドなのに。
あーーあ。
こんな時、メイがそばにいてくれたら……!!
メイは出発前日に風邪をひいてしまい、今回のお出かけには同行できなかったのだ。
私の完全なる味方がいないのは心細いが、負けるわけにはいかないわね!
「……サラ様のお部屋がわからなくて、たまたま訪ねた先がエリックお兄様だったのです」
皇子の部屋を訪ねた事は黙っていよう。
その事までバレたら、サラに何を言われるかわかったものじゃないわ。
兄であるエリックの部屋に行っただけで、これだけ軽い女扱いされているんだもの。
皇子に夜這いをかけに行ったと、娼婦扱いされるかもしれないわ……。
「あら。それでも、エリック様をお断りして私の部屋を探すべきでしたわ!
まさか、エリック様のお部屋で眠るなんて……侯爵令嬢らしからぬ行動だと思いますよ?」
サラはいかにも貴女のために言っているのよ?というような優しい雰囲気を出しているが、結局はリディアの事を卑下しているようなものだ。
メイド達の前で、私がはしたない女だと言ってるのね!
本当に性格が悪いなコイツ!!
これが貴族特有の遠回しに嫌味を言うってやつか!
……ってサラは転生者なんだから、本当はそんな貴族の風習慣れてないはずだけどね!?
元々嫌味な性格なのか……。
でもそっちがその気なら、私だって受けて立ちましょう!!
「……私は自分の部屋に戻ろうとしたんですが、エリックお兄様が『俺の部屋で寝ろ』っておっしゃるから、言う事を聞いたまでですわ。
私が1人で部屋に戻るのが心配だったのでしょう。
ちょっと過保護すぎますよね。ふふふ。
サラ様は、エリックお兄様からそんな心配をされませんよね?羨ましいですわ〜!うふふ」
口は少し癇に触るような言い方で、顔はにっこり笑顔を貼りつけたまま言い返してみた。
すぐに私の反撃に気づいたサラは、眉をひくひくさせている。
ふん!!
サラが遠回しで『このふしだら女!』って言ってきたから、私は遠回しで『私は貴女より大事にされてるのよ!』って返してやったわ。
元々貴族でもない私達が、貴族らしく遠回しな嫌味攻撃で戦ってるなんて笑えるわね。
上手くできているのかはわからないけど。
「……それは妹だからですよね〜。
エリック様は、ご家族を大切にされてる方だもの。
でも、どんなに大切にされてても妹とは結婚できないし、その内2番目になってしまうのだからお辛いですよね。
今のうちに存分にお兄様と仲良くしてくださいね。うふっ」
……これは、『所詮あんたは妹!結婚したら私の方が大切にされるんだから!』と言っているのよね?
「あら。私はそんな事気にしませんわ。
気にするとしたら、エリックお兄様が本当に望む方ではなく、侯爵家のためだけに政略結婚をされる方が辛いわ。
エリックお兄様には幸せになってもらいたいもの。ふふっ」
「まぁ。たしかに、政略結婚は可哀想ですよね。
ですが私とエリック様には全く関係のない話ですから、安心してくださいね。
私達は相思相愛ですから。うふふっ」
「それなら安心ですわね。
サラ様はまだエリックお兄様のお部屋にすら入れてもらえていないみたいでしたので、私ひっそりと心配していましたの」
「そ、それは、私の事を大事にしてくださっているからですわ。
エリック様はその辺の男性よりも紳士な方ですから。おほほ」
「そうですわね。エリックお兄様はとても素敵ですわ。
褒める時にはいつも頭を優しく撫でてくださいますし……あっ!!
サラ様はまだされた事ないんですよね?
私ったら、ごめんなさい」
「い、いいえ?全然気にしていませんわ……」
うふふ……と、サラと笑い合う。
鈍感な男性がこの場にいたら、にこにこ笑って一見穏やかに話している私達を仲睦まじいと思うだろう。
それくらい、私達は顔に笑顔を貼りつけたままだった。
だが貴族出身の女性であれば、これが仲睦まじいのではなく喧嘩しているのだとわかるだろう。
現に、今私の髪の毛を結ってくれているメイドの顔は真っ青で、少し震えている。
私の髪の毛に一点集中し、聞こえないフリをしているようだ。
鏡越しで見ると、他のメイド達もみんな真っ青な顔して私達の方を見ないようにしている。
この殺伐とした空気の中、がんばって気配を消そうとしているのが伝わってくるわーー。
なんだか申し訳ないわね。
そろそろ終わりにするか。
「私とエリック様は……」
「サラ様。私、これから着替えたいので、お話はまた今度でもよろしいでしょうか」
サラが何か言いかけていたが、ピシャリと制止した。
出・て・い・け!!!
という意味である。
「……わかりましたわ。失礼しますね」
サラは一瞬だけものすごく険しい顔をしたが、すぐに笑顔を貼りつけて部屋から出て行った。
あーーーー無理。やっぱり無理!!
このサラと、2人きりで神殿に行くとか無理じゃない!?




