71 ワムルという青年の存在
エリック達が猛反対するので、結局家庭教師は呼んでもらえなかった。
仕方なく、執事のアースが用意してくれた歴史書を読んで独学で学ぶことにした。
毎日午後のおやつタイムまでが、私の勉強時間だ。
私が集中できるように、その時間にはメイド達も部屋には入ってこない。
……サボろうと思えばサボりたい放題ね。
あとで知ったことだが、勉強なんてした事のないリディアがいつでもサボれるようにと、エリックが配慮したらしい。
さすが兄。妹のことをよくわかっていらっしゃる。
その日も『貴族令嬢の振舞い』という本を読んでいたところで、イクスがやって来た。
闇市場へ行った日から2週間。やっとドグラス子爵に関する報告書を持ってきてくれたのだ。
「リディア様。今回、ドグラス子爵と窃盗団が関わっている事実を突き止めました!
窃盗団の奴等は月の半分以上は隣国で過ごし、1週間ほどドグラス子爵邸の別棟で過ごしているようです。
ですが、繋がっている事実が判明しただけで、密輸に関しての証拠がまだ見つかっておりません」
「ドグラス子爵邸の別棟って……家族もみんな窃盗団の事を知ってるの?」
「いえ。隣国の知り合いとウソをついて招待しているようです。
窃盗団といっても、野盗のような奴等とはまた違い、身なりなどしっかりした奴等なんですよ」
イクスは険しい顔をしながら答えた。
身なりのしっかりした窃盗団??
私はてっきりボロボロの服を着て大きな剣を持って、みんな顔や身体に傷をたくさん作ってるような屈強な男達を想像していたのだけど……違うの?
まぁそんな男達が子爵邸に出入りしていたら、すぐに街中で噂になってしまうか。
「密輸の証拠がなければ、窃盗団との繋がりを咎めても意味がないわね。
万薬を闇市場に卸に行く時、現行犯で捕まえるしかないのかしら?」
「そもそも闇市場の場所で商品の受け渡しをしているかも不明です。
もし違う場所となると、尾行する者が何人も必要になってきます」
そうか……。
闇市場で見張る人、ドグラス子爵邸を見張る人、ドグラス子爵を見張る人、窃盗団1人1人を……って考えると、確かに人手不足だし効率悪いわね。
あーーーー!!じゃあどうすればいいのよ!!
頭を抱え込んだ私を見て、イクスが遠慮がちに話し始めた。
「実は……確実に関係しているとはまだ言い切れないのですが、少し気になる事があるんです……」
「気になること?」
「はい。リディア様はワムルという青年をご存知ですか?」
「ワムル??」
聞いたことのない名前……よね。
小説にも出てきたことはないと思う。
少し思い返してみたが、やはり全く聞き覚えのない名前だった。
「知らないわ。誰なの?」
「エリック様の元ご学友で、ナイタ港湾経理を任されている方です。
すでにお家は没落してしまったのですが、その経理の腕を買われてナイタ港湾の経理担当として雇われているのです」
エリックと同級生という事なら、今は22歳よね。
そんなに若いのにナイタ港湾の経理を任されているなんて、どれほど優秀なのかしら!
……でも、ちょっと待って?
「え?でも、ナイタ港湾の管理はドグラス子爵がしているんじゃないの?」
「ドグラス子爵にそのような器量はありません」
ドキッパリ言い切ったわね!!
……でも、確かにそうね!!
ドグラス子爵は溺愛している娘への貢ぎ物で、自身の財産をなくしてしまうほどのアホだったわ!
そんな男がナイタ港湾の経理なんてできる訳がない!!
「元々ナイタ港湾の管理はドグラス子爵のお父上様がされていたのですが、早くにお亡くなりになってしまったのです。
跡を継いだドグラス子爵がしばらく管理されていたのですが、その管理があまりに杜撰であった為、経理担当としてワムル氏が雇われたのです」
なるほど。
というか、22歳の青年に代わりを任せるって恥ずかしい失態じゃない!!
とんでもないダメ上司だわ!
部長の出来ない仕事を、新入社員にお願いしているようなものね……。
ドグラス子爵、どんだけダメダメな奴なのかしら!
「……でも待って。
ワムルがナイタ港湾を管理していたのなら、密輸のことも知ってるんじゃないの!?
それを黙っているなんて、ワムルもエリックお兄様を裏切っているということ!?」
ダメダメなドグラス子爵ならともかく、エリックが信用して雇ったワムルまでもが裏切っていたら……。
たとえドグラス子爵を処罰する事ができても、エリックは傷ついてしまうんじゃないかしら……。
エリックを心配する私を見て、イクスはクスッと笑って頭をポンポンと優しく撫でてくれた。
「恐らく、ワムル氏はエリック様を裏切ってはいないと思います」
「え?本当?」
「恐らく……としか言えませんが。
実は、半年ほど前からワムル氏の姿を誰も見ていないのです」
「え!?」
私を安心させようと優しく微笑んでいたイクスが、真剣な表情に戻った。
ワムルの姿を誰も見ていない!?行方不明!?
「ど、どういう事?いなくなっちゃったの?」
「それが、仕事はきちんとされてるんですよね。
ナイタ港湾の経理報告もしっかりと届いているんです。
でも、誰もこの半年彼の姿を見ていないんですよ」
背中に鳥肌が立った。
怪談話を聞いた時のように、全身にゾッとした悪寒が走る。
「ま、まさか監禁されてる……とか?」
イクスの深い緑の瞳と目が合う。
無言のままだったが、私と同じ考えである事が伝わってきた。
ワムルが監禁されている……?何故?
決まってる。
ワムルに密輸の事がバレたからだわ!!
ナイタ港湾の経理担当をしているワムルを、どうにかする事も出来ないし放っておく事も出来ない。
だから監禁して、仕事だけはさせているんだわ!!
「なんて酷いことを……」
「でも、もし俺達の仮定が正しければ、ワムル氏は密輸についての内部情報を知っている可能性が高いです!
ワムル氏を見つけて救い出すことができれば……」
「……密輸の証拠も手に入る!!」
密輸の証拠が手に入り、尚且つワムル監禁の容疑もあれば間違いなくドグラス子爵を処罰できるわ!!
「イクス!!まずはワムルを見つけましょう!!」
イクスの手を力強く握ると、イクスも笑顔でコクン!と頷いた。




