69 J目線〜特別な友人〜
普段と変わり映えのない日常。
いつものように店の2階で仕事をしていると、1階の居酒屋で働いてくれているマリがやって来た。
「J、お客様よ」
「お客?今日は誰とも約束はないはずだけどな。
しかもこんな夜中に。誰だい?」
貴族連中は自分勝手な奴が多いので、アポなし訪問は日常茶飯事だ。
めずらしいといえば、マリが何故か少しニヤニヤしている事だろうか。
「リディという名のとても可愛らしいお嬢さんよ」
「リディ!?」
フェスティバルで誘拐した侯爵令嬢の顔が浮かぶ。
誰からも好かれそうな外見をした美しい少女は、自分が追放されたら助けて欲しいと言っていた。
……まさか本当に追放されたのか?
「いいよ!通してくれるかい」
マリはにこっと笑い、部屋から出て行った。
しばらくすると、全身をマントで隠したリディが現れた。
後ろには、フェスティバルで彼女の兄と共に乗り込んできた少年が付き添っている。
護衛騎士かな?
僕への嫌悪感を隠そうともせず、会った瞬間から鋭い視線を浴びせてくる。
うわぁーーーー。すごい殺気だなぁーーーー。
視線めっちゃ怖いし、これ僕殺されちゃうんじゃないのかな?
殺気丸出しの彼は、どうやらリディに護衛騎士以上の感情を抱えているみたいだな。
貴族を護衛している騎士なんて山ほど見てきたが、ここまで感情を露わにしている者はいない。
からかったら面白そうだなーー。
僕、素直な子って好きなんだよね。
闇市場が気になっているというリディも、本来の目的は僕に隠そうと必死になっているのが可愛いし。
隠されたら暴きたくなっちゃうじゃないか。
素直な少年少女を見ていると、顔のにやけが止まらないな。
リディへの恋心を隠しきれない騎士くんをからかいながら、僕は2人を闇市場へと連れて来た。
あっさりと僕を信じてついて来ちゃって……。
騎士くんはまだ警戒しているようだけど、僕が本気で2人を裏切ったらここでアウトだよ?
まだまだ子どもだね〜。
ここまでついて来たら、拉致監禁するのは簡単だという事をわかっていないようだ。
まぁ2人の事は気に入ってるから、裏切らないけどね。
ちゃんと目的を達成させてあげましょう!
闇市場に入ると、僕のいつもの部屋『5番』に案内された。
この部屋は僕が買う側なのか売る側なのか判断がわからない時に通される部屋だ。
クズ貴族に頼まれて、処分したい人間を闇市場に連れて来る事がある。
今回はこの2人が客なのか商品なのか判別できなかったのだろう。
マントを着ているから無理もない。
僕は上手く理由をつけて、リディのマントを脱がせた。
これは彼女が売り物ではなく客だという証明でもある。
……だが逆に失敗したかもしれない。
仮面で顔半分を隠しているというのに、稀に見る美少女だというのが丸わかりだった。
静かに座っているその姿は、美しい人形にしか見えない。
毎日その姿を見慣れているはずの騎士くんでさえ、直視できずに後ろを向いてしまったほどだ。
そして、嫌な予感は的中した。
痩せ細った男、マーデルが完全にリディに狙いを定めている。
彼女と会話をしていても、彼女の容姿に釘づけになっていて集中していない。
時折見せるにやけ笑いは、マーデルが商品を値踏みしている時のクセだ。
こいつ……完全にリディを商品として見てやがるな。
僕が一緒にいなければ、リディは間違いなくこのままここに監禁されていた事だろう。
貴族連中が闇市場への買い物に僕を使うのは、そういう理由からだった。
見目の良い貴族は、闇市場の連中にとっては高値の売り物になり得る。
弱味を握られ家族を狙われる、なんて事のないように僕を使うのだ。
所詮はクズの人間達の集まりってことだね。
リディの買い物が済んだので、すぐに帰ろうと声をかけた。
気分が悪い。早くここから出たい。
部屋を出ようとした瞬間、ピリッとした空気が流れて騎士くんの声がした。
「……女性の髪を突然触るなんて無礼ですよ」
髪を触っただって!?
振り向くと騎士くんがマーデルの腕を掴んでいた。
僕の前にいるリディは、少し震えている。
……あのクズ野郎が。
僕はすぐに持っていたマントをリディに掛けた。
ずっと隠しておけば良かった!
フードを被らせて顔を隠したいが、ウサギの仮面が邪魔で出来ない。
それでも無理矢理顔を隠そうと、フードを引っ張ったりしていた。
髪についた埃を取ろうとしただけだなんて言い訳、通用するとでも思っているのか。
僕はマーデルをジロッと無言で睨みつけて、早々に闇市場から退散した。
マーデルの事はしばらく見張っておこう。
外に出ると、少し冷たい風が頬にあたり頭が冷静になった気がした。
空が少し明るくなり始めているな。
リディは早く帰した方がいいだろう。
「ここから家まで帰れるかい?」
「大丈夫だ」
騎士くんはまだ若いのに、かなり優秀なんだな。
ニコッと笑顔を向けてみたが、フイッと無視されてしまった。
……まぁそれくらい警戒心が強い方がいいだろう。
ふと気づくと、リディが僕の服を掴んでいた。
「リディ?どうしたんだい?」
「J、今日はありがとう。
これ今回の依頼代金よ。また何かあったらよろしくね」
僕の手に銀貨を数枚のせ、ギュッと握りしめながらリディは笑顔で言った。
……これは困ったな。
友人だし、今回は初回という事で代金は受け取らない予定だったんだけど。
そんな顔で手を握られたら、離せないじゃないか。
「どうも。またいつでもおいで」
反対側の手で彼女の頭をポンと軽く撫でた。
どうやらお別れの挨拶として、これは許可してくれたらしい。
騎士くんは止めに入らなかった。
……顔はものすごく不機嫌だったけど。
その後リディはまた騎士くんに抱き上げられ、手を振りながら去って行った。




