67 イクス目線〜ウサギの仮面はヤベェだろ〜
ドッドッドッドッ
鼓動が早い。やばい。
自分の顔が真っ赤になっているのが分かる。
緩む口元も見られたくなくて隠しているが、まだ当分振り向く事が出来そうにない。
今、俺はリディア様とクソ兎と闇市場に来ている。
先程、クソ兎の助言でリディア様は黒くて長いマントを脱いだ。
俺は屋敷の裏庭で会った時から彼女のマント姿しか見ていなかったから、下にどんな服を着ているのかは知らなかったんだが……マジかよ。
薄いピンク色のヒラヒラしたワンピース。膝より下の足が出てる!!
深夜こっそり出てきた事もあり、なかなか見る事のない何もアレンジされていない長いストレートの髪。
薄暗い部屋の中だというのに、金髪がキラキラ輝いているように見えるのだから不思議だ。
仮面をつけていない部分の白い肌が際立って、神秘的な美しさを醸し出している。
さらにはマントを脱いだ瞬間、すごくいい香りが漂ってきた。
……それに付け加えてこのウサギの仮面だ!!
これはダメだ!!
クソ兎の店で初めてリディア様がつけた姿を見た時にも、悶絶しそうになるくらい可愛過ぎた。
全身黒のマント姿でさえ悶えたというのに、この愛らしい姿でそのウサギ仮面はダメだ!!
薄いブルーの大きな瞳に見つめられて、身体が一気に熱くなった。
顔が一瞬で赤くなったのを自覚し、すぐに後ろを向いて隠したが、リディア様は不思議に思っている事だろう。
リディア様と同じく俺の後ろにいるはずのクソ兎が、
「あ。彼の事は気にしないで。
ちょっと余韻に浸らせてあげて?」
と言っている。
……何故あいつは何でもお見通しなのだろうか。
俺のリディア様への気持ちも、会って数分で見抜かれていた。
リディア様本人でさえ、気づいていないというのに。
クソ兎が鋭すぎるのか、リディア様が鈍すぎるのか。
結局後ろに向き直る事も出来ずにいると、部屋がノックされて男が1人入ってきた。
先程外の扉の前にいた男とは違うヤツだ。
ひょろっとした背の低いスーツ姿の男。
仮面をつけているので定かではないが、30代くらいだろうか。
男は俺達3人をチラッと軽く見た後、真ん中に座っているリディア様に釘づけになっていた。
口元が少し開いたままだ。
イラッとする。
やはりウサギの仮面はやめておいた方が良かったか。
「これはこれは可愛らしいお客様ですね。
ようこそいらっしゃいました」
男は朗らかにそう言うと、丁寧にお辞儀をした。
「本日はどういった物を御所望でしょうか?」
男の仮面から覗く目が、じっとりとリディア様を見つめているのが気に入らない。
ただ可愛らしい者を見ているような目ではなく、まるで獲物を狙っているかのような粘着質のある視線だ。
ここにいたのがリディア様1人なら、そのまま監禁されていたのではないかとさえ考えてしまう。
男の視線に気づいていないリディア様は、少し迷った素振りを見せながらも堂々とした態度で男と会話をしている。
「そうね。まずは珍しい宝石などあれば見てみたいわ。
あとは……魔除け効果のある物とか、災難を回避できるような御守りとか、どんな病も治せる薬とか、そういった物はないかしら?」
1番の狙いは隣国の『万薬』だ。
それを調べていると悟られない為に、わざと他にも興味のあるフリをしているらしい。
そこまでは話し合っていなかったのに、しっかり考えているんだな。
なぜかとても誇らしい気持ちになった。
「なるほど。
宝石ならば本日まだいくつか残っておりますよ。
あとは難避けの物となると、なかなか市場には回らないので最近は見ませんね。
元々王宮などで管理されてる物が多いので。
病に効く薬……であれば、本日あと1つだけ残っておりますがいかがでしょうか?」
男の言った最後の一言に、心臓が跳ねた。
病に効く薬とは『万薬』の事だろうか。
リディア様と一瞬目が合った気がした。
「わかったわ。
本日は、宝石とその薬のみで結構ですわ。見せていただけます?」
「かしこまりました。少々お待ちくださいませ」
男が部屋から出て行き、また3人だけとなった。
ふぅ……とリディア様がため息をついて力を抜いたのがわかった。
緊張していたのだろう。
思わず、エリック様のように頭をポンポンしたくなる衝動に襲われたものの、なんとか耐えた……が、
「緊張しちゃったかな?がんばったね〜!
立派な貴族令嬢に見えてたから安心して」
クソ兎が笑顔でリディア様の頭を撫でてきた。
あっ!!こいつ!!
身体が勝手に動いて、無意識のうちにクソ兎の腕を掴んでいた。
「イタタタ!
なんだよーー!これくらいいいだろ?」
痛がっているくせに、顔が半分笑っている。
この男が余裕をなくすくらい取り乱す事はあるのか?
会ってからずっとヘラヘラしている顔しか見ていない。
「触るな」
「君、ちょっと心狭すぎだよーー」
「うるさい」
本音を言うと、実の兄であるエリック様やカイザ様だとしても、リディア様を触っているところは見たくない。
ルイード皇子となったら尚更だ。
2人が並んでいる姿も踊っている姿も見たくなくて、前回のパーティーでは王宮の外の警備を希望した。
自分の心が狭い事なんて、とっくに自覚している。
薄いブルーの瞳と目が合うだけで心臓が跳ねる。
自分の名前を呼ばれるだけで嬉しくなる。
笑顔を見ただけで幸せな気持ちになれる。
薄いブルーの瞳が他の男を見つめると、彼女の目を覆ってしまいたくなる。
他の男の名前を呼ばれると、強く抱きしめて彼女の頭からその男を忘れさせてやりたくなる。
他の男に笑顔をむけているのを見ると、その場から彼女を連れ去りたくなる。
自分がこんなにも独占欲が強く自己中心的だったなんて、初めて知った。
「なんて顔してるのさ?」
「え?」
「イクス、どうしたの?」
リディア様が心配そうな顔で俺を見上げていた。
クソ兎は少し呆れたような顔をしている。
どうやら半分仮面に隠れているとはいえ、俺のドロドロとした感情が表に出ていたらしい。
「あ、いえ。なんでもないです」
そう言いながら、掴んでいたクソ兎の腕を離した。
「そう?無理しないでね?」
うっ……。
上目遣いで見てくるリディア様、可愛いすぎる……。
黒く染められていた心が、彼女を見ているだけで浄化されていくのがわかる。
「そうだよ〜?小さな事を気にしてたらダメさ!
ケセラセラ!なるようになるさ!頑張れ若者!ははは」
クソ兎が明るい調子で言ってきた。
もしかして、励まそうとしてるのか?
実際に会ってみて、そんなに悪いヤツではないとは思っているが謎な部分が多すぎて完全に信用はできない。
だけど不思議とすんなりヤツの言葉が沁みてくる。
なるようになる……か。
確かに、今後リディア様が本当に皇子と婚約解消する気なのかはわからないし、俺にはどうする事もできない。
どんな未来になるかはわからないけど、彼女と離れるその時まではしっかりとそばに居て守ってあげたい。
「……なんだかスッキリした顔になったんじゃないかい?
騎士くんよ」
「……うるさい」
クソ兎のニヤニヤ顔を見ると、殴りたくなるな。
まぁとりあえず今は、彼女とコーディアス侯爵家を守るために、自分の出来る事をやるとするか!




