66 闇市場への潜入
走り始めてまだ10分経っていないだろうか。
もうすでに街の景色がだいぶ変わっていた。
お店や民家が並んでいた街並みとは打って変わり、周りには大きな工場のような建物しかない。
全ての建物が大きなコンテナのように四角く色褪せていたからか、とても殺風景な場所だった。
街灯がポツポツあるだけで、満月の明かりがなければもっと暗く寂しい場所に感じただろう。
……こんな場所に闇市場があるの?
思わずキョロキョロとそれっぽい建物を探してみたが、目ぼしい物は何もない。
しばらく進むと、Jはその内の1つの建物の前で立ち止まった。
「ここだよ」
「えっ……?」
ここ。と言われたが、他の建物と比べても違いがわからないほど何の変哲もない建物だ。
正面入口もしっかり閉められていて、入れる場所が見当たらない。
小さな窓は真っ暗で、建物の中に灯りがついていない事がわかる。
もちろん物音すら聞こえない。
「本当にここなの……?
誰も人がいないんじゃないかしら。
もしかして……もう終わってしまったのでは……」
イクスがゆっくりと私を下ろしてくれた。
少し息切れしているくらいで、Jもイクスもまだまだ動けそうだ。
かなりのスピードで走っていたように感じたけど、この2人の身体能力どうなってんのかしら。
Jは私の質問には答えず、「こっち」と言って建物の裏へと進んで行った。
建物についてる窓は全て真っ暗で、中の様子は全く見えない。
不安な気持ちになりながらも建物の裏に行くと、そこには外階段があった。
2階に上がれるようになっている。
Jは黙ったまま人差し指で上を指した。
2階に入口があるという事……?
上を見上げてみるが、手すりの壁で隠されていて下からは入口の扉すら見えない。
はぁーー。なんとも怪しすぎる場所だこと!
こんな所に監禁でもされたなら、発見してもらえないわね。
イクスが一緒じゃなかったら、入るのを躊躇してしまうとこだわ。
少し戸惑っている私を見て、Jはニヤッと笑いそのまま階段を上がり始めたので、慌ててあとを追った。
「気をつけてくださいね」
私のすぐ後ろにいるイクスが、耳元で囁いてきた。
何かあっても守れるように、私にピタッとくっついてくれている。
イクスの声はいつもより低く、少し緊張しているようだった。
どんな場所だかわからないのだから、私もしっかり警戒しないと……!
2階に着くと、1つだけある扉の前に仮面をつけた男性が立っていた。
まるで騎士のように体格の良い男性だ。
イクスが警戒してスッと私の前に出たが、男性は私達を見るとペコリと丁寧にお辞儀をした。
「J様。ようこそお越しくださいました。
5番のお部屋でお待ちください」
私とイクスの視線がJに向けられる。
名乗ってもいないのに、Jの事を知ってる!?
……コイツ、まさか闇市場の常連なの!?
先頭に立っていたJはこちらを振り返る事もなく、スタスタと中へと入って行った。
その際、指でチョイチョイ!と私達を呼ぶような仕草をしたので、男性は私達に対しても「どうぞ」とすんなり中へ通してくれた。
バタン。
扉に『5番』と書いてある部屋の中に入った途端、私とイクスがJに質問を浴びせた。
「J!!あなた、闇市場の常連なの!?」
「普段どんな目的でここを利用しているんだ!?」
「いつからここに通って……」
「ストーーーーーップ!!」
Jの一言で、私とイクスがピタッと話すのを止めた。
Jは赤い瞳で私達をジッと見ると、にっこり笑っていつもの軽い調子で話し出した。
「もーーそんなに一度に質問されても困るよ〜!
それに、僕はここの常連でもあるけど常連じゃないよ?」
ん??
常連でもあるけど常連じゃない……?
私の意味不明といった顔を見て、Jはぶはっ!と笑い出した。
イクスは冷ややかな視線をJに送りながら、真顔で言った。
「何を言っているんだお前は……」
「だからーー。
僕は確かにここにはよく来ている常連さ!
でもそれは、お貴族様に頼まれて代わりで来てるだけだから、僕自身の買い物ではないって事だよ」
Jは慣れたように、部屋に用意してある椅子に腰かけた。
なるほど。
実際に来ているから『常連ではあるけど』、J自身は何も買ってはいないから『常連ではない』ね。
落ち着いてから部屋を見てみると、そこは8畳ほどの広くもない個室だ。
丸いテーブルに、椅子が四つ用意されている。
安物でもなさそうだが、すごく高級そうでもない。
他には何もない、言ってしまえば殺風景な部屋だった。
ここが闇市場……?
なんというか、市場という割には個別対応なのね。
もっとオークション会場のような大々的な場所を想像していたので、拍子抜けしてしまった。
Jに促されて、私とイクスも椅子に座る。
すると突然Jが何かを思い出したかのように声を張り上げた。
「あっ!!リディ!
君、マントの下は寝巻きではないよね?」
「は?」
思いも寄らない質問に、思わず素で答えてしまった。
「クソ兎……そんな事を聞いてどうする?」
隣からイクスの圧を感じる。
なにやら彼の怒りスイッチを押してしまったようだ。
「やだな〜。ただの確認だよ!
客として来たなら、きちんとした格好をしてた方がいいと思ってさ!
相手によっては紹介してくれない品物もあるからね」
そうか。お金のある貴族である事を知ってもらわないと、高価な物は見せてもらえないのね!?
でも……どうしよう。
マントの下はもちろん寝巻きではない。
きちんと着替えてはいるが、歩きやすいように膝丈のワンピースなのだ。
高価なドレスの方が良かったのだろうか?
「この下はワンピースなの。
一応有名なデザイナーの服ではあるのだけど、ちょっと子どもっぽすぎるかしら……」
よりにもよって、大人っぽいデザインではなく薄いピンクの小花柄だ。
レースも多めについていて、いかにも少女というイメージのワンピースを着てきてしまった。
マントを脱いで見せると、イクスとJは正反対の反応をした。
イクスは手で口元を押さえて、すぐに後ろを向いてしまった。
Jは赤い瞳を輝かせて、いつも以上に笑顔になった。
「うわぁ!!リディ!!まるでお人形さんだね!!
その格好でウサギの仮面……とっても可愛いよ!!」
……いや。
今、可愛いかどうかは必要なくない?
こんな少女に高い品物を出してくれるのかが心配なんだけど。
……イクスは何故か全く私を見ようとしないし。
チラッとイクスを見たが、ずっと背を向けたままだった。
気のせいか、耳が赤くなっているように見える。
「あっ!彼のことは気にしないで。
ちょっと余韻に浸らせてあげて?」
Jが意味のわからない事を言ってきたが、とりあえずJの言う通り放っておく事にした。
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明日は久々のイクス目線です。
楽しく読んでいただけたら嬉しいです。




