61 エリックとサラが結婚した理由
その日の夜、小説の内容がどんどんと頭に入ってきた。
忘れないように全て紙に書いていく。
メイやイクスにはもう寝るから!と伝えておいたので、部屋には誰もいない。
心置きなく書けるわ!
日本語で書いてるから、万が一誰かに読まれても大丈夫だけどね。
……あ。サラには読まれないようにしないと。
とりあえず全て書き終えてから、改めて内容を確認してみる。
どうやらコーディアス侯爵家が危機に陥る原因は、このドグラス子爵ね!
ドグラス子爵は、コーディアス侯爵家領地の1つであるナイタ港湾のある街を任されている貴族だ。
1人娘のナーヤ嬢を溺愛していて、ドレスや宝石を次々と与え続けた結果、子爵家の財産はほぼ空に……。
そのマイナスを補うためにドグラス子爵が手を出したのが、隣国の門外不出である万薬だった。
万薬とは、隣国で製造された治療効果のとても高い薬のこと。
隣国でも貴重な薬だから、まだ他国との取引までは出来ていない状態だ。
その薬を、実は隣国の窃盗団がいくつか確保していて密輸させようと企んでいた。
ドグラス子爵はその窃盗団と手を組み、自分の管理しているナイタ港湾を利用して万薬を密輸。
……そしてそれを闇市場で高額取引。
このドグラス子爵って奴、エリックを裏切ってとんでもない事をしているわね。
密輸だけでも大問題なのに、闇市場まで利用しているなんて!
小説では今から2年後、第1皇子が闇市場の取り締まりを行った際に発覚したと書いてあったわ。
皇子の取り締まりで発覚したという事は、領地の最終責任者であるエリックにももちろん処罰がある。
ナイタ港湾のある領地を取り上げられ、さらには子爵の起こした密輸についても責任を問われてしまった。
元々エリックは王宮からの信頼が厚かったから、降格などの処罰ではなく金銭面の処罰だけで済んだ。
ドグラス子爵はもちろん爵位取り上げられたけどね!
でも、いくら金銭面だけ……といっても、もちろん額が凄かった。
隣国との信頼回復のためや、闇市場撤退のための費用などなど。
この事件にかかった費用全てを、コーディアス侯爵家が出したのだから……。
それプラス、王宮への迷惑料まで取り上げられたのよね!
ここまでしたら、いくらコーディアス侯爵家が財産の多い貴族だとしても補えないほどの状態だわ。
それを救ってくれたのが、侯爵家の中でも特に財産を持っているサラの実家だ。
コーディアス侯爵家を立て直す為に、エリックはサラとの結婚を早めたのだ。
……サラの父親は、よくそんな状態のエリックとの結婚を許したわね。
まぁそこは小説の中で言うところの、都合の良い展開ってやつかしら?
エリックとサラが結婚しないと、ストーリーが始まらないものね。
精神的にも追い込まれていたエリックを献身的に支えた事で、エリックはサラを本気で愛するようになった……という設定なのだから、なにかしらエリックに打撃を与える状況が必要だったのでしょう。
なんていう小説の裏話はいいとして!
これが、2年後に起こる出来事だ。
これを阻止できれば、エリックとサラの結婚を止める事ができるのね!
……で、どうすればいいのかしら?
貴族の仕事とか密輸とか闇市場とか……なんっっにも分からないんですけど!?
こんな知識もない15歳の美少女にどうしろと!?
「ううーーーーーん……」
ぐでーーんと机に突っ伏してしまう。
今までは『神様の声が!』と言って、みんなに伝える事ができたけど……これは無理だわ。
頭に入ってきた情報によると、ドグラス子爵と隣国の窃盗団はエリックとカイザの動きを監視しているとあった。
バレたら大変だもの。そりゃそうよね。
もし私がエリックに話して、密輸の事がエリックにバレた!とドグラス子爵が知ったら……。
証拠も全部消されて、こちらが色々準備している間に逃げられてしまうかもしれないわ。
密輸、闇市場での違法取引がバレた挙句、実行犯であるドグラス子爵と窃盗団が逃げたとなれば……。
エリックは小説よりも重い責任を負わされてしまう可能性が高くなってしまう!!
それだけは絶対にダメ!!
よく考えて行動に移さないといけないわ。
「んんんーーーー……」
なんだか難しい事考え過ぎて頭が痛くなってきた!!
甘い物が食べたい……。
チョコレートとか、シュークリームとか、甘い物が食べたーーーーい!!
こんな深夜に食べるなんて太りそうで怖いけど、大丈夫なのよね。
だって私は今リディアだから!!
この身体、どんなに食べても全然太らないのよねーー!最高!
「よし。キッチンへ行こう」
実は昼間にちょこちょことキッチンへ行っては、シェフ達におやつを貰ったりしているのだ。
どこにチョコレートがあるのかも、バッチリ知っている。
親に内緒で悪さをする子どものように、私はコソコソと部屋を出てキッチンへ向かった。
「たしかこの辺に〜……っと、みーーっけ!!」
棚の中からチョコレートの入った箱を発見した。
わーーい!!チョコだーー!!
深夜のチョコとか背徳感あるけど、そこがまたいいのよね!
パカッと箱を開けて、丸くて美味しそうなチョコを1つつまむ。
いただきまーーーーす!!
あーーんと大きな口を開けた時、キッチンの入り口に立っていた人物と目が合った。
「カ、カイザお兄様!?」
「なにしてるんだお前は……」
カイザは笑いを堪え……いや。堪えてないな。
思いっきり肩を震わせて笑いながら立っている。
「何故ここに……」
「寝る前にいつも外で剣を振っているんだ。
部屋に戻ろうとしたら、お前が歩いているのが見えたからついてきたら……くくく…」
どうにも笑いが止まらないらしい。
あーーーーもう!!恥ずかしい!!
思いっきり大きな口開けてる姿を見られちゃったわ!
「ちょっと甘い物が欲しくて来たのよ。
……いい加減笑うのやめてよ!もう!」
カイザはまだ少し肩を震わせながらも、がんばって口を一文字にして笑いを堪えている。
……なんてムカつく顔なのかしら。
殴ってやろうか。
ぷいっとカイザに背を向けて、チョコを口に入れた。
甘い香りと濃厚なチョコレートが口の中で広がっていく。
わっ……!美味しい……!
先程までの不快感はすぐに消え去り、ほんわか幸せな気分になった。
チョコの力ってすごいわね。
さっきまで難しい事考えて疲れていた心も、どんどんと癒されていく。
私が美味しそうにチョコを食べている姿を見て、やっと笑いの治ったらしいカイザが隣にやって来た。
「そんなに美味いのか?
俺にもくれ。あーー」
カイザが大きく口を開ける。
なに?食べさせろって事?
図々しいわね。
でもカイザはこの前私の代わりにマレアージュに叩かれてくれたし……今回だけ特別だからね!
仕方なくチョコをつまみ、カイザの口に入れてあげる。
指先がカイザの唇に当たったので、思わずチョコを落としそうになってしまった。
これ……思った以上に恥ずかしい!!!
カイザは全く気にした様子はなく、「うっ甘っ!」と顔を少し歪ませていた。
……もう二度と食べさせてあげない。
その後もチョコを食べ続ける私を、カイザは何故か嬉しそうな顔でずっと見てきた。
「そんなにチョコが好きなら、今度チョコで作った像を贈ってやろうか!
俺の英雄騎士としての像をチョコで作ろう!
それをお前の部屋に置くのはどうだ?」
「……あはは。おもしろい冗談ですね」
「冗談?なに言ってんだ。本気に決まってるだろ?」
ポカンとしてるカイザの間抜け顔を見て、カイザの前でチョコを食べるのはやめようと心に誓った。




