47 主人公サラの次の狙いは……
「本日、サラ様がいらっしゃるそうですよ」
ぶほっ!!
突然のメイの言葉に、飲んでいた紅茶を吹き出しそうになった。
いや。少し吹き出していたかもしれない。
晴れ渡った澄んだ青空。心地よい風。
暖かな陽気の中、テラスでのんびりお茶をしていたところへの爆弾発言だった。
せっかくの幸せ気分が一瞬で台無しだ。
「サ、サラ様が!? なんで!?」
「あの後もずっとエリック様にお会いしたいと打診されていらしたので……。
とうとうエリック様が許可されたみたいです。
午後いらっしゃるそうですよ」
メイはどこか不機嫌そうだった。
サラが私へ嫌疑をかけた事を、まだ怒っているのだろう。
私だって会いたくない。
小説の中ではまだあまり会ってはいない時期のはずなのに、何故ここまでエリックに会いたがるのかしら?
ただ会いたいだけ?
エリックはかなりのイケメンだし、その気持ちもわからなくもないけど。
まさか……結婚を早めようとしているとかでは……ないわよね?
その時後ろからイクスの声がした。
「サラ様がいらっしゃるのですか?」
「あ、イクス。帰ってきたのね」
イクスとカイザは、私を守れなかった罰として毎朝王宮騎士団の強化訓練に参加させられている。
とても厳しく地獄のような訓練だと聞いているが、毎日ボロボロになって帰って来るイクスはどこか嬉しそうだった。
どうやら、少しでも強くなれるのが嬉しいらしい。
男って不思議……。
でも、ひと汗かいてきたイクスの横顔は見惚れてしまうほど素敵なのよね。
思わずうっとりとイクスを見つめていると、ふいに目が合った。
見られていた事に気づいたのか、イクスが尋ねてくる。
「リディア様。逃げますか?」
「逃げ……? あぁ……。
……今回は部屋で大人しくしてるわよ」
前回、サラが来た時に逃亡した事を覚えているのね。
そんな真顔で聞かれたら恥ずかしいじゃない! もう!
……あ。でも、イクスはサラに会いたいのかな?
「イクス。ごめんね?
私のせいでサラ様に会えなくて……」
「……何に対して謝っているのか全くわかりませんが」
イクスはとても冷めた目で私を見ながら言った。
そうか。私がイクスの恋心に気づいている事、知らないのね。
小説を読んだから全部わかってるのよ!
まぁ知られたくないみたいだから、黙っててあげるけど。
私達の会話を聞いて、メイがイクスに同情するような表情を向けていた事には気づかなかった。
午後。宣告通り、私は自室にいた。
この部屋から出なければ、サラに会う事もない。
前回、無理矢理イクスとの出会いシーンを再現するために私を悪役に仕立てようとしたサラ!
彼女は危険だわ!
出来るだけ近寄らないようにしなきゃ。
やる事もないのでソファに座って本を読む。
不思議とこの世界の文字がわかるので、そこは助かっている。
まさかこの年で文字が読めないなんて言えないからね。
でもサラの事が気になって、本の内容は全く頭に入ってこなかった。
それにしても、サラはエリックと会って何をしようとしているのかしら……。
エリックが主人公に本気で恋するのは結婚してからよ。
今どれだけ会ったところで、それは変わらないはず。
あのエリックが結婚を早めるとも思えないし……。
まさか、エリック以外に目的があるとか?
……イクス?
部屋にいるイクスに目をやる。
イクスは窓の外を見て、サラが来るのを確認していた。
イクスとの親密度をあげようとしているとか?
でも、イクスは私の護衛騎士だもの。
1人で簡単に会えないのはサラもわかってるはず。
じゃあ目的はなんなの?
本当にただエリックに会いたいだけなのかしら?
「あ! カイザ様がお帰りになりました」
窓の外を見ていたイクスが言った。
「え? カイザお兄様、まだ帰ってなかったの?」
「はい。カイザ様は王宮でのお仕事もございますから」
「そうなんだ……」
…………ん?……カイザ?
「あっ!!!」
私が突然大声を出したので、イクスとメイが驚いてこちらを振り返った。
「ど、どうしたのですか? リディア様!」
メイが心配そうに聞いてくる。
「あ……な、なんでもないっ!!
ごめん。いきなり大きな声出して。あはは……」
そうよ!! カイザの存在をすっかり忘れてたわ!!
いたじゃない! 他の男が!!
サラは今日カイザと会う気なんじゃないかしら!?
「あれ? 予定よりかなり早いですね。
サラ様の馬車が来たようです」
ほらぁ!! 間違いない!!
サラってば、もしかして屋敷の近くにずっと居たんじゃない?
カイザが帰ってきたタイミングでやって来るなんて、狙ってたとしか思えない!
きっと、カイザが最近朝から王宮に行っている事を知っていたのね。
サラは今日、カイザとの出会いシーンを再現するつもりなんだわ!!
私は持っていた本をバタン!と閉じて、ソファから立ち上がった。
こうしちゃいられない!!
そのシーンが上手くいくのかどうかで、私の未来もかかってくるんだから!
「ちょっと出てくるわ!!」
そう言って私はまた部屋から飛び出して行く。
メイもイクスも一瞬ポカンとしていたが、ハッとしたイクスがすぐに反応して追いかけて来た。
あっという間に私に追いつく。
「リディア様……。部屋にいなくていいのですか?」
「イクス! はぁはぁ……。カイザお兄様はどこに行ったの!? はぁはぁ……」
全力で走ってるためすでに息切れしている私。
イクスは涼しい顔で横を走っている。
「カイザ様でしたら庭の噴水の所へ向かっていましたよ。
いつもそこでお昼寝していますからね」
お昼寝って……子どもか!!
噴水目指して走りながら、頭の中では主人公とカイザの出会いがどんな話だったかを一生懸命思い出していた。




