42 人攫い 兎のジャック
『人攫い兎のジャック』
人攫い…と聞くと犯罪のイメージが浮かんでしまうが、兎のジャックは少し違う。
年頃の可愛い娘だけを狙い、フェスティバルの最中に誘拐するのだが……数時間後には無事に家に帰されるのだ。
その数時間で何をされるのかというと、若い男性とただおしゃべりや食事を楽しむだけ…という。
なんだそりゃ!?って感じよね。
結論から言ってしまうと、ただの貴族達のお遊びってこと!
貴族の男性は、顔の上半分をウサギの仮面で隠して素性を明かさない。
ただ若く可愛い娘達との食事を楽しみたいだけっていう、クズな御貴族様の集まりよ。
言ってしまえば一夜限りのキャバクラね!
それでも平民の娘達は、普段食べられない豪華な食事が無料で食べられる。
万が一見初められれば貴族のお家にお呼ばれされる可能性だってある。
そんな夢の場所でもあるのよね。
つまり、誘拐する側もされる側もwin-winな関係。
むしろ平民の娘達は「誘拐されますように!」ってお願いしてしまうほどよ。
それが『人攫い兎のジャック』と呼ばれる人達。
そうよ。思い出したわ。
というか、なぜ今まで忘れていたのかしら?
リディアは『兎のジャック』に誘拐されて、『J』と出会うのよ!
『J』は兎のジャックの代表者みたいな存在で、貴族の男性達と平民の娘達の間に立つ……平民出身の20歳くらいの男。
娘達の誘拐は、ほぼこのJが実行している。
リディアが追放された時、まずはJに会いに行ったのよね。
住む場所もないリディアを、色々支えてくれたのがJだった。
まぁ、Jが「気に入らないなら殺しちゃえよ!」って言った事で、リディアがその気になっちゃった訳だから……処刑されるきっかけを作った人物でもあるんだけど。
でも、追放される可能性がある私にとっては、Jとは絶対に出会っておきたいわ!!
突然の平民暮らしには彼のサポートが必要よ!
なんとしてでも今日Jに誘拐してもらわなくちゃ!!
問題は……。
私は、自分を挟むように左右に立つ男2人を見た。
この屈強な男達。カイザとイクスに挟まれた状態で、どうやって私を誘拐してもらうか…よね。
考え事をしている間に、気づけばフェスティバルの中心部にまで来ていた。
すごい人の数!!
街の中では常にどこかで音楽が流れていて、とても賑やかだ。
踊っている人もいれば、それを見ながら歌っている人、笑っている人……みんな本当に楽しそう。
周りにある屋台からは、美味しそうな香りが漂ってくる。
日本の夏祭りを思い出しちゃうな…。
チョコバナナやかき氷が食べたい…。
周りの景色に夢中になりながら歩いていると、カイザに手を繋がれた。
「人が多いからな。はぐれるなよ」
また子ども扱いして!と怒りたかったが、実はそれどころではなかった。
ちょ、ちょっと待って!!!
手を繋いで歩く…って、デ、デートみたいじゃないっ!!
落ち着け私!!
これは兄!!兄!!兄!!兄!!
意識するな!ただのお兄ちゃんだ!!
隣にいるイクスは、少し不機嫌そうな顔をしながら歩いている。
近くを通る女の子達が、みんなイクスを見て顔を赤らめている事には気づいていないようだ。
カイザにももちろん女性からの視線は集まっている。
結婚適齢期くらいの女性達は、イクスよりもカイザを狙っているらしい。
当の本人は全く興味なさそうだが。
時々声をかけられるが、2人とも驚くほどのスルースキルで躱していく。
主人公に一途だったこの2人だもの。
他の女性はお呼びでないわね。
時々、女性ではなく男性の声で「あの…」と聞こえる事もあるのだが、振り向けばそこには誰もいない。
なぜかイクスかカイザのどちらかも一緒に消えていて、しばらくすると戻ってくるんだけど……2人とも何をしているのかしら?
戻ってくるたびに私の顔をタオルで隠そうとしたり、気味の悪いお面を付けようとしてくるのだから困ったものだ。
男って何を考えているのか謎すぎるわ……。
その時、とても良い香りが漂ってきた。
これは……もしかしてクレープ!?
この世界にクレープがあるの!?
「いい香りっ!!あれが食べたいわ!」
ずっと何か食べたくてウズウズしていたのよね!
カイザの腕を引っ張り、良い香りのする屋台を指差す。
「なんだ?あれが食べたいのか?
イクス、買ってきてくれ」
「はい」
そう言ってイクスが屋台の列に並ぶ。
途端に女の子達がどんどんイクスの後ろに並び始めた。
あら。イクスが並ぶだけで、お店のCM効果ね!
広告費をいただきたいくらいだわ。
少し離れた場所でその様子を見ていると、突然カイザが興奮した声を上げた。
「おおっ!!見てみろ!腕相撲対決だってよ!
ちょっと混ざってこようかな〜!」
クレープ屋台の反対方向にある小さな広場では、腕相撲対決をしているらしい。
男達の盛り上がっている声がこちらまで聞こえてくる。
あんなのに混ざりたいだなんて、カイザもまだまだ子どもね。
ふとイクスを見ると、クレープを持ってこちらに歩いているところだった。
「行って来ていいわよ。カイザお兄様。
イクスももう戻ってきてるし」
「おっ!そうか?
じゃあちょっと行ってくるな!」
カイザは嬉しそうに走り出して行った。
イクスは人混みを避けながらだんだんと近づいてくる。
手を振ろうかな?と思ったその時、
イクスの顔色が変わった。
「リディア様!!!」
イクスの声を聞いて、カイザが振り返る。
カイザも大きく叫んでいた。
「リディア!!」
え?なに?
なぜ2人ともそんなに慌てているの?
状況が読めずにいる私の耳元で、誰かが囁いた。
「やっと1人になったね」
「え!?」
チラッと見えたウサギの仮面。
そして仮面から覗く、ウサギのような赤い瞳…。
気づくと私の身体は宙に浮き、誰かの肩に担がれて運ばれていた。
ものすごい速さだ。
え!?え!?なに!?
周りからはきゃ〜という明るい声が聞こえる。
拍手している音や、「いいなー!」と叫んでいる女の子の声まで聞こえた。
私を追いかけようとしたカイザとイクスは、街の人々に阻まれていた。
「大丈夫だから!」「無事に帰ってくるさ!」と言われているようだ。
も、もしかして、この人『兎のジャック』!?




