39 エリック目線〜忌々しい女〜
「なに?リディアがサラ様を怪我させただと?」
報告してきたメイドに向かって、思わず厳しい視線を送ってしまった。
よほど怖い顔になっていたのか……メイドはビクッと身体を震わせた。
顔が真っ青になっている。
「あ、あの。イクス卿はサラ様が1人で転んだと言っていたのですが……。
その、サラ様が……リディア様に突き飛ばされたと泣いておりまして……」
メイドは怯えながらも報告を続ける。
どうやら、サラ様は断ったにもかかわらず勝手に押しかけて来て、さらにはリディアのせいで怪我をしたと言い張り屋敷内に居座っているらしい。
なんて面倒な女だ。
昔はそんな事はなかった。
あちらから連絡などしてくる事もなく、こちらから音沙汰なくても何も文句も言ってこない。
そんな大人しい女だったはずだ。
突然会いたいと打診をしてくるようになり、断っても何度も諦めずに求めてくる。
迷惑極まりない。
ずっと断り続けていたが、リディアが怪我をさせたと騒いでいるのであれば会わない訳にはいかないだろう。
はぁー……とため息をつきながら、俺は執務中の手を止めた。
「わかった。どこの部屋だ?」
メイドに案内されて、サラ様の所へ行く。
会うのはいつぶりだろう?
こんなに足が重くなるものなのか。
好きとも嫌いとも思っていない相手だったが、間違いなく今の俺は彼女を嫌悪していると感じた。
突然親に勝手に決められた婚約者。
それでも年に一度会うかどうか……。そんな関係だった。
それで十分だったというのに。
「エリック様!!来てくださったんですね!」
部屋に入るなり、サラ様は甲高い声で叫んだ。
部屋のソファに座り、メイドの用意した紅茶を嗜んでいたところらしい。
「ずっとお会いしたかったんですよぉ〜」
うるさい声だな。
サラ様はなぜか俺の事を頭の上から足の爪先までジロジロ見て、にやけ笑いをしている。
ゾッとするような気味の悪さを感じ、俺とした事が一歩後ずさってしまった。
なんだ?これ以上近づいてはいけない気がする。
近づきたい気持ちなんて全くないが。
過去に数回会った事はあるが、こんなに気味の悪さを感じた事はない。
「……久しぶりですね、サラ様。
足を怪我されたと聞きまして……大丈夫ですか?」
右足に目をやると、足首の部分に包帯が巻いてあるのがチラッと見えた。
そもそも怪我は本当なのか?
メイドの話だと、赤くすらなっていないためよくわからないと言っていた。
「あの……実は、リディア様にいきなり突き飛ばされてしまったんです。
私……何もしていないのに……」
サラ様は一瞬で目に涙を浮かべ、手を口元に当てて少し震え出した。
俺の同情を誘おうとしているのだろう。
先程まで呑気に茶を飲んでいたくせに、よく言う。
大した女だな。
このくだらない演技に引っかかる男がいるのか?
俺の事を馬鹿にしているのだろうか。
「その件に関しましては、リディアにも確認をしてから後日改めて謝罪をさせていただきます。
念のため、双方にお話しを聞かないといけないですからね」
「えっ?どうして?
エリック様は、私の言う事は全て信じてくれるんじゃないんですか?」
は?
危ない。思わず口から出てしまうところだった。
サラ様はポカンと不思議そうな顔をしている。
目を大きく見開いて、本気で意味がわからないと言った様子だ。
この女は一体何を言っているんだ?
俺がリディアよりもお前を信じるだと?
どうしたらそんな考えになるのか……信じられないな。
馬鹿も休み休み言え。
このままこの女と話していたら、俺は何を言うかわからない。
こんな馬鹿でも一応力のある侯爵家の娘。
暴言を吐く訳にはいかない。
早急に帰ってもらうとするか。
「アース。すぐにサラ様を馬車まで連れて行ってやってくれ」
「えっ!?」
「ご自宅で休まれるのが1番だと思います。
では、サラ様。私は忙しいのでこれで失礼します」
「ええっ!?ちょっと待っ……」
サラ様はとても驚いている。
これを機に俺とお茶でも楽しむ気でいたのか?
元々忙しいと断ったにもかかわらず、自分の事しか考えていない女だな。
どうやらサラ様の頭の中はお花畑らしい。
あ、そうだ。
リディアの汚名返上はさせてもらうぞ。
「あっ!!サラ様!!足元に大きな蜘蛛が!!」
「きゃあああっ!!」
俺がそう言うと、サラ様は座っていたソファから飛び上がって俺の後ろまで走ってきた。
やっぱりな。足の怪我はウソか。
「どこ!?蜘蛛は!!」
「すみません。見間違えたみたいです」
「え?……み、見間違え?あぁ〜良かったぁ〜。
私、蜘蛛すごく苦手なんです〜」
そう言って俺の腕に伸ばしてきた手をうまくかわす。
触られたくはない。
そして少し口角を上げて言った。
「足の怪我はもう治ったみたいですね。
良かったです。では、お気をつけてお帰りください」
「あっ!!」
サラ様は慌てていたが、もう遅い。
しっかり走っている姿を、この部屋にいる全員が見ている。
一応俺の婚約者という立場なので、メイド達は顔には出さないように気をつけているようだが……あきらかに気まずい空気が流れている。
俺は部屋から出ようとして、足を止めた。
「あぁ。それから、本日お会いしましたので3日後のお約束はなかった事に。では」
そう言うと、サラ様は唖然としていた。
俺は彼女からの返事を待つ事もなく部屋から出て行く。
これで3日後の約束がなくなったのなら、ここまで来たのも無駄ではなかったな。
すると、サラ様が叫ぶ声が聞こえた。
「け、怪我はちょっとだけ良くなりましたが……リディア様に突き飛ばされたのは本当ですから!」
最後までリディアの件を追求する気か。
本当に忌々しい女だ。
少し前のリディアなら、それくらい普通にやったかもしれない。
でも今のリディアはそんな事はしない。
まぁ俺の婚約者にヤキモチを妬いてしまったというのなら、納得もできるが。
リディアは俺の事が大好きだからな。
うん。それならあり得るな。
リディアがサラ様にヤキモチを妬いてつい意地悪をしてしまったと言うのなら……可愛いではないか。
思わず口元が緩みそうになってしまったが、すぐに表情を戻した。
最近顔が緩んできているな。気をつけないと。
俺はそのままリディアの部屋へ向かった。




