34 まだ主人公には会いたくないので逃げますね
そうよ!!
サラ・ヴィクトルって主人公の名前だわ!!
この世界に来てからずっと『主人公』って呼んでたから名前を忘れてた!!
え!な、なんでこのタイミングで主人公が出てくるわけ!?
結婚まであと2年あるはずなのに!
……結婚まで……あっ!!
「メ、メイ!!その…サラ様って、もしかしてエリックお兄様の婚約者なの!?」
「??はい。そうですが…」
そうか!!
たしかに、貴族がいきなり結婚はしないわよね!?
婚約者としての期間があるはずだわ!
小説が2人の結婚からのスタートだったから、すっかり失念してた!
結婚前にも関わりがあったんだわ……。
で、でも……小説では、まるで2人は初対面のようだったのに。
「でもめずらしいですね。サラ様がエリック様に会いたいと打診されるなんて」
「そうなんですよ。私も不思議で…。
今までは全くお会いしたりなんかしなかったのに。
実は、エリック様が王宮に行かれている間に何度もいらっしゃったんです」
「へぇ〜。急にどうしたんだろ」
イクスとメイの会話が聞こえてくる。
今までは全く会ってなかった!?
急にたくさん訪ねてくるようになった!?
どういう事……?
もしかして、私が小説の内容を変えちゃってるから…主人公にも何か変化が起きてしまったのかしら?
もし主人公とエリックの結婚が早まったら、私のエンドもどうなるかわからないわ!!
どうしよう!!
「あっ!イクス!イクスは……その……サラ様にお会いした事はあるの?」
「いえ。ないです。お名前だけは聞いた事がありますが」
「そう…」
イクスは会った事ないのね。
そりゃそうか!
たしかイクスは主人公に一目惚れするはずだもの。
2年後に初めて会う予定なのよね。
……でももし今会ったら、イクスの恋はもう始まってしまうって事??
そんなの困る!!
まだイクスとの信頼関係を深く築けていないのに!
まだ私の味方でいて欲しいのに…。
カイザだって……左腕怪我のフラグは解消できたけど、それでも主人公を好きにならないとは言い切れないし…。
今の時点で、お兄様2人とイクスが主人公に恋しちゃったら……私の居場所はなくなっちゃうし、処刑エンドの可能性が復活しちゃうかも……。
あーーーーどうしようーーーー!!
…………。
……これはもう、家出するしかなくない?
最初は家出する気だったし!
すっかり貴族の生活に慣れちゃったから、平民として生きていけるのか不安もあるけど……処刑エンドよりはマシでしょ!!
よし!!家出しよう!!
そんな決意をした時、窓から外を眺めていたメイが声をあげた。
「あらっ!?あれ……サラ様だわ!
やだ…。きちんと従者にお断りを伝えたはずなのに、勝手に来てしまったみたい!」
なんだと!?
慌てて窓から下を覗く。
馬車から降りてきた女性が目に入る。
遠目で顔はちゃんと見えないけど、ふわふわの長い栗毛が風になびいている。
ふわふわ栗毛!間違いない!主人公だ!
え!?来たの!?今!?主人公がこの屋敷に!?
「きっと、従者からエリック様が王宮から戻って来た事を聞いたのですわ!
不在の時も、本当に不在なのか…って何度か訪ねて来た事があって」
メイが少し憤慨している様子で言った。
イクスは呆れたように外を見ている。
「随分と変わりましたね。そのような事、今までされた事ないのに」
イクスーー!!
そんな主人公に、一目惚れするのよあなたは!!
って、そんな心のツッコミしている場合じゃない!
どうしよう!!
逃げなきゃ!!
この時の私は、軽くパニックになっていた。
逃げてもどうにもならないのに、頭の中はとにかく逃げろ!!という事しか考えていなかった。
ドレスのスカート部分をバッと持ち上げ、何も言わずに走り出したのだ。
突然走って部屋から飛び出して行った私に向かって、メイとイクスが叫んでいる。
「リディアお嬢様!?」
「リディア様!!」
悪いけど、今忙しいのーー!!
説明してる時間なんてないのよ!
とにかくエリックのいる場所…主人公が向かいそうな場所から離れないと!!
まだ主人公に会いたくないのーー!!
名前を呼ばれても止まらずに走り続ける。
イクスが後ろから追いかけてきてるのがわかる。
もーーこんな全力疾走、10年ぶりなんですけど!
私は半泣き状態のまま、訳もわからず走り続けた。




