24 狭いクローゼットの中
真っ暗。そして狭い。
広さは日本でいうと二畳分くらいだろうか。
ドレスではない薄い普段着や寝巻きが入っている小さい方のクローゼット。
もうここに入って2時間は経過している。
たくさんの服に囲まれて、私の右半分はイクスと密着している状態だ。
本来、もう少し距離を保てるくらいの余裕さはあったはず。
だけど、長時間そこで待機するかもしれない私の身体を気遣われて、ふかふかのクッションをたくさん入れられてしまったのよね……。
結果……ぎゅうぎゅうになったクローゼットの中で、どうしてもイクスと密着した状態になってしまうのだ。
「………」
しかもいつ暗殺者が来るかわからないため、会話すらできない。
無言のままこの至近距離!!!キツくない?
学生時代、隣の席の男子との距離でも緊張してたくらいなのに……。
こんなに密着するなんて、ドキドキしすぎて耐えられないーー!
ここが真っ暗で本当に良かった。
きっと顔は赤タコのように真っ赤になっているはず。
あ。ここは令嬢らしく、真っ赤なバラに例えた方が良かったかしら?
無駄にソワソワしている私に気づいたのか、
「お疲れでしたら寝てしまっても大丈夫ですよ。
俺が起きてますから」
外に聞こえないよう、イクスが私の耳元に顔を近づけて囁いてきた。
ぎゃーーーーー!!!耳元で囁くなよ!
イケボめ!!顔だけじゃなくて声までカッコいいってどういう事よ。
やめて!私を殺す気か!!
本気で叫びそうになったのを、ぐっと堪える。
こんな状況で寝られる訳がないじゃないの。
あまりの緊張で少し震えていたのを、どうやらイクスは私が怖がっていると勘違いしたようだ。
私の右手をぎゅっと握ってきた。
しかも指と指を絡めるアレだ!あっちの繋ぎ方だ!
恋人繋ぎかよ!イクスさん!
ちょっと待ってよ!!
心臓が!ついていけないんだってば!!
バクバクバク
やばい!!このままじゃ本当に死ぬ!
イクスにこの早すぎる心音聞かれてたら恥ずかしいし……。
暗殺者!来るなら早く来てーー!
ぎゅうっと、握る手に力が入ったと同時に……部屋の中を誰かが歩いている気配がした。
はっ!だ、誰か部屋にいる!
部屋の様子を見ることはできない。
私もイクスも、動かずに黙って音を聞いていた。
ベッドの方に向かって歩いている……?
ドッ!ばさっ!「なっ」バキッ!「ぐっ……」ドサッ!
なにやら争っている音が……。
どうなったの?カイザは無事なの?
しばらく静かになったかと思ったら、カイザの声が聞こえた。
「捕らえた!これから楽しい拷問の時間だ。
イクス!あとは頼むぞ!」
そのままカイザは捕らえた男を連れて部屋から出て行ったようだ。
ドアが閉まった後、部屋の中は静寂となっていた。
念のためすぐには動かず、部屋の様子を窺っていたイクスもやっと私と一緒にクローゼットから抜け出した。
安全が確認できたようだ。
「ほ、本当に暗殺者が来るなんて……」
実際に目で見ていないので、あまり実感はないのだが……もしベッドにいたのが自分だったらと思うと怖くなる。
襲われたベッドには近づけず、大きなソファに腰をかけた。
ベッドの周りには毛布などが落ちていて、所々刃物で切られたような箇所がある。
イクスはそれらを拾い、部屋の隅に片付けた。
あとで捨てるんだろうな。
お気に入りだったのに……あの毛布……。
「今夜は俺も部屋の中で護衛します。
リディア様。少しでも休まれてください」
イクスが遠慮がちに私を見つめた。
初めてイクスに会った時は、目を合わせてもくれなかったのに……。
笑顔もなく、私を蔑むように見てた暗い瞳はもうない。
今は兄達と同じように私の事を本当に心配してくれているのが伝わってくる。
主人公に出逢ったら、私よりも主人公の事を大切に想うようになるイクスや兄達……。
でも今は……主人公のいない今は、私が甘えてもいいかな?
「イクス……。眠るまで、手を繋いでくれる?」
「えっ!?」
下がっていた眉や目が大きく開かれた。
薄暗くてよく見えないが、顔が少し赤いように見える。
うーん……調子に乗っちゃったかな?
前言撤回しようとした時、イクスはそっと手を握ってくれた。
……温かい。
クローゼットの中ではあんなに緊張したのに、今は落ち着く。
怖くなってた気持ちが、だんだんと薄れていった。
今日は王宮へ行って陛下やルイード皇子に会って……カイザに会って……それからこの暗殺事件。
本当に忙しい1日だったわ。
疲れ切っていた身体が、睡眠を求めていた。
暗殺者はまだ怖いけど、これだけ近くにイクスがいてくれるなら安心できる。
目を瞑るとイクスの呟き声が聞こえた。
「おやすみなさい」
やっぱりイクスはいい声してるわね……。
イクスの手を握りしめながら、私は眠りに落ちていった。




