◆049 エンディング(あるいはオープニング前日譚)
「……い、生きてる……?」
自動で修復を始めた浮遊島の上。
おれはみんなと一緒に大地に寝そべっていた。汚れるとか関係ない。もう疲れた。
魔力も絞りつくしたし、何度も死ぬかと思ったし、正直意味わからないことだらけだったから指一本動かしたくなかった。
……でも、疲れてるってことは、生きてるってことだ。
「なんでだ……? 神様になったら消えてなくなるはずじゃなかったのか?」
「良かった」
おれの近く、同じく疲労困憊のクリスが這いながら近づいてきた。俺の真横に陣取ると、唇を耳元に寄せる。
「勝手にいなくなったら許さないから……ばか」
「ごめ……!? ままま、待って!? えっ!?」
クリスが。
あのクリスが泣いていた。
宝石みたいな涙を目からぽろぽろ零していた。
魔力がムラムラ湧き上がると同時、何とか泣き止ませなきゃ、と焦るが、クリスは涙を流しながらくすりと笑った。
「無事で良かった。嬉しい」
「えっ、あっ」
おれが何か反応を返す前に、唇に唇をあてがわれて塞がれた。
柔らかな感触。
クリスの味。
全部どうでも良くなっちゃうくらい気持ちよくて頭が溶けそうになるけど、ここで意識を失うわけにはいかない。
「ま、魔力を回復させて、皆にも回復魔法を——」
「えっちなことするっていう宣言ですか?」
「環ちゃん!? ちちち違うよよよよ!? つまりこれは緊急的な措置の一種として合理的かつ効率的な方法として解釈していただくのが……」
「あまねちゃんな、早口さんやねぇ」
くっ、柚希ちゃんまで……!
かくなる上は!
「ししししっぽさん!? る、ルルはいまちょっとだけ疲れちゃってるのですよ! 今度遊んであげンンンんっ! あまね様! 助けてほしいのです!」
「ボクが尻尾さんを取り押さえときますね」
「私もお手伝いいたしますわ」
葵ちゃんとリアに取り押さえられた。
っていうかリアは倒れ込んだまま尻尾の先っちょをチロチロ舐めたりしてるんですけど、確実に誘ってるよね?
オッケーっていう合図だよね……?
「あ、ウチはいつでもいいですよ! 何せ秋津守とエリとのループで数年ぶりですからね!」
同じく四つん這いで近づいてきておれに迫ってきたのは成長したマリだ。
ボンキュッボンになってるしセクシー路線というか、なんかすごく美味しそうなシルエットをしていた。
いやでも折角だから恥じらってもらいたい。顔を真っ赤にして隠そうとするのを邪魔しながら少しずつだね……!
肉食獣は葵ちゃんとリアで間に合っているのだ。
「マリはもうちょっと慎みを持とうか」
「エッ!? あまねさんに常識を解かれた!?」
「なんでびっくりしてるの!?」
「だってあの頃の何も知らない幼気なウチに口っしぇー言ららんぐとーるあんなくとぅてぃがろーくんなくとぅしがてぃちりならーし込だんやあらんやいびーが!」
訛ってる訛ってる。
しかも途中からだし。
いやまぁ具体的なプレイとかだと困るし放置するけども。
「ってそういえばアルマは?」
「アルマなら、エリ……二週目の私と一週目の私を過去に送りに行きました。あと晴明さんも」
あ。
……お別れの挨拶もできなかった。
「大丈夫ですよ。こうやって再会できましたし♡」
ううん……すっごく素直に好意を伝えられると大型犬っぽくてかわいいぞ。
「いやでも安倍晴明さんが」
「あー……彼はですね。そういうのはもう良い、だそうです」
マリによると、すでに安倍晴明自身はずっと昔に亡くなり、ここに戻ってきているのは魂の残滓というか、平安の都を百鬼夜行で荒らしまわった害霊への残念なんだとか。
だからそのまま害霊を滅ぼすためのシステムとして永遠のループを繰り返すことを本望だと思ってすらいるらしい。
「『部品か何かだと思って、気にせずに』とのことでした」
「そうは言ってもなぁ……っていうか、まだ聞きたいことがあったんだよ」
「例えば?」
「エリをさらった時におれに仕込んだ呪符って何だったのか、とか。なんで皆エリのことを忘れちゃったのか、とか」
あ、マリが顔を逸らした。なんか知ってるなこれは。
っていうか耳まで赤くなってる。
「マリ……?」
「えーっと、ですね……秋津守とエリとマリって同一人物なので、同じタイミングで存在してるのが違和感があるというか、不自然というか」
しどろもどろなマリを自白させたところ。
本来ならば同じタイミングにいるはずのない同一人物が三人もいたことで、世界がその不自然さを修正しようとして、記憶から消していったらしい。
「でもまぁ……独りきりで頑張ってたわけですし、好きな人くらいには覚えといて欲しいじゃないですか」
おれの記憶から消さないための呪符だったらしい。
……なんだその可愛い理由は。
みんなもくすくす笑ったりしてたので、とりあえずマリの頭を撫でてあげる。
「頑張ってくれてありがとう」
「えへへへ」
「あ、次私」
「いや私だ」
「ウチは後で良かよ」
「る、ルルもいつでも大丈夫です!」
つまり全員撫でては欲しいのね。
碌に動かない手で何とか皆の頭を撫でたり頭以外のところを撫でたり揉んだり摘まんだりしていると、アルマが戻ってきた。
「お楽しみのところ申し訳ございませんが、避難していただく必要があります」
「避難……?」
「はい。害霊との戦いで島のコアに亀裂が入ってしまっていました。このままだと半日ほどで自壊するかと」
「半日……じゃあ今すぐ魔力を回復しなグェッ!?」
「よし、手伝う」
「頑張っちゃいますよぉ」
「ウチもたくさんサービスばしよるけん楽しみにしとってね」
「ボクも頑張ります」
「精一杯奉仕させていただきますわ」
「し、尻尾さん! ルルが頑張るですよ!」
「何で皆して責めたがるの!? 疲れてるだろうここはおれが——」
さいごまで、いわせてもらえなかった……。
気付けば貪られたり貪り返したりして三時間ほど経過。おれの魔力が良い感じに回復したところで皆にも回復魔法を掛けてあげた。
「……神様になったって言っても、実感ないなぁ……やること変わらないし」
「なってませんよ?」
「ヴェッ!? 何で!?」
環ちゃんが言うには、おれや現地の人々、ルルちゃんなんかは超古代文明時代に遺伝子をいじられてる可能性が高いらしい。
「アルマに聞き取りしたり、あまね真教国で色々調べて分かったことなんですけどね」
最終的には神となって消えていった超古代文明の人々なら何でもできそうだが、神には信奉者が必要なんだとか。
そのために作られた種族……いわゆる奉仕種族が、自分たちと同じく神になったら都合が悪い。
「ですから、そうならないためのセーフティが掛けられてるんですよ。神になったりしないように」
「そういえば、自動人形はおれたちが触っても起動しなかったのって」
「セーフティでしょう。奉仕種族が自動人形に奉仕されないように」
環ちゃんの説明を引き継いだアルマによると、現状の俺は亜神みたいな状態らしい。
不老だけど不死じゃなくて、でも滅多なことじゃ死んだりしない。
普通の人々と比べると理解不能な力を持ってるけれど、万能でもなければ全知全能でもない。
そんな状態とのこと。
「まぁ、存在が残ってるなら別に良いか……いや、でも信じらんないなぁ……ただの小市民だったおれがロリサキュバスになって、世界を救って亜神になるとか」
「あー……そのことなんですけど」
非常に言いづらそうにする環ちゃん。
「……おそらく、偶然じゃないですよ?」
「エッ」
「兄貴とあまねさんが巻き込まれた自動車事故って、詳しく調べましたか?」
「いや……別に……逆走してきてドカンってことしか」
せいぜい「あまね」って名前を使えるかどうか確認するときにちらっと記事を読んだだけである。
「あのですね。非常に申し上げにくいんですが」
「気になるから早く言ってよ」
「逆走した車は、運転者がいなかったそうです」
「……はい?」
運転者なし……?
それってどういうこと!?
例えばですけど、と前置きした環ちゃんがとんでもないことを口走る。
「ここに”過去に人や物を送る装置”があります。放っておくと第三次世界大戦が起きます。どうしますか?」
「そりゃなんとか過去に介入して止め……あっ」
……つまり、逆走車を送り込んだのはおれ自身ってことか?
「だいたい、高速道路を走ってて逆走車と正面衝突って大事故でしょう? 搭乗者なしなのにニュースにならないっておかしいじゃないですか」
「エリと同じく、不自然だから記憶から消えた?」
「ですです」
「で、でもそんな回りくどいことしなくても良くない!? 普通に説明したりとか手紙書いたりとかしてさ!」
「あ、それは晴明さんが言ってました。『あまねさんは演技とかできないですし、教えると未来が良くない方に転ぶ確率が高い』って。だから正体を明かさなかったんですよ」
……マジか。
「過去のあまねさんを事故らせて拉致。ここの施設でロリサキュバスに改造して、異世界に放り出す。おそらく、これが浮遊島墜落前に私たちがやることです」
「マジか……マジなのか……いや、でも巻き込まれる大悟が可哀想じゃない!?」
「兄貴なら事故のおかげで梓ちゃんと付き合えたようなもんですし、本人に選ばせても自ら事故りにいきますよ」
……ああ、うん。
なんか納得しちゃった。
むしろ救ったら恨まれるまであるな。
「って、そしたらおれがロリである必要ないよね!?」
「あります! ロリはやがて成長するんです! ですが成人がロリになることはありません! 成長の過程を余すことなく楽しむためにはロリは必須! 必須ですよ!」
やかましい!
完全に環ちゃんの趣味じゃんか!?
……でもまぁ、そうしないと皆と会えないのも確かか。
いろんな要素が巡り巡って”今”に繋がってるんだ。
何が必要で何が不要かなんて分からない。だから、そのままにするしかないかな。
「あっ、待って! インキュバス! インキュバスになれば——」
「残念ですが、生体を作るための材料が不足しておりまして……インキュバスも成体も作れそうにありません」
「アルマぁぁぁぁぁ!?」
マジかよ……!
マジなのかよ……!?!?!?
おれが頭を抱えた直後。
視線の先に蜘蛛型カメラが映った。
『はよTS』『男に需要はない』『辛辣すぎて草』『助けてくれてありがとう』『全世界があまねに課金すべき』『TSマダー?』『助かった』『ありがとう』『あまねのお陰だ』『かっこよかったぞ!』『害霊を倒してくれたおかげでかーちゃんが助かった』『本当にありがとう』『娘を救ってくれてありがとう』
……そっか。
おれが戻らないと、過去が変わるんだ。
それはつまり、今おれがいるここにたどり着けないってことでもある。
もしかしたら別の道もあるかもしれない。
もしかしたら平行世界みたいに、ここはそのままで”別の世界線にいる別のおれ”がどーたらこーたらって感じかもしれない。
でも、おれを助けて、支えてくれた人たちはここにしかいない。
ちんちんはなくなったけど、代わりに手に入れたものがたくさんある。
何より。
皆と出会えた。
皆と仲良くなれた。
きっと皆の写真を見せて過去のおれに質問したら、何を失っても良いからやれ、というだろうな。大悟と大差なくて笑える。
いやまぁナニを失うとは思ってなかっただろうけど。
「……ハァ」
まだ希望はある。浮遊島と同じく、まだ稼働してる超古代文明の施設を見つければそこで人間に戻ったり、戻れなかったとしても生やすことくらいはできるんじゃないだろうか。
うん。
ひと段落したら皆に提案して、この世界を冒険するのも悪くないな。
……でも、そのためにもまずはおれの息子にトドメを刺さなきゃいけないわけだけど。
あれだけ求め続けたちんちんだ。おれが自分でやったことなのが割とショックだ。
「まぁでもしょうがない……やるぞ」
そして、おれは決断した。すべてを始める、その決断を。




