◆028 牛乳 // 策謀
「あまねさんって本当にバ可愛いですよねぇ」
「おれは可愛いじゃなくてかっこい……ん? 『ば』?」
「はい」
「えっ!? ディス!?」
「いえ、前向きな意味ですよ、もちろん」
「前向き?! 前向きにバ可愛いってどういうこと!?」
「さて、本編いきましょー。ここら辺から話がガンガン動いていきますよー」
「無視しないで!?」
「(うーん、こういう反応がばかわいいんですよね、本当に)」
カメラの前。牧場を背景にしたおれは昔ながら、というかそれっぽい瓶入りの牛乳を思いきり煽る
「あまねさん、どうですか?」
「ぷはぁっ……めっちゃ濃厚! なんていうか、すごく濃厚!」
うん、ごめん。
食レポが下手なのは自覚してるんだけども、牛乳が美味しすぎてどうにもならないのだ。ほら、本当に美味しいものを食べると言葉が出てこないっていうし、このコメントはつまりそういうことだ。
「あまねさん……ボクでももう少し良いコメントできますよ?」
「良いんだよ! この牛乳が美味しすぎるのが悪い! いや悪くないけど! めっちゃ美味しかったけど!」
一息で空っぽになった瓶をカメラに振って見せたところで、クリスから大きな溜息が漏れた。
「……あまね」
「ん? なぁに?」
「量。我慢するって約束」
「アッ!?」
やばい……そんな約束をしていた気がしないでもないような記憶が微かにあるようなないような――
「なかったことにしないでください。ホラ、陰キャバスたちだって聞いてましたよ?」
携帯型のモニターには、大喜びする陰キャバスのコメントが溢れていた。
『やったーーーー!!!』『【¥5000】さすがあまねさすが』『お約束! お約束!』『【¥10000】牛乳代です』『よし! さっそくルーレットだ!』『【¥4545】環のチョイスに期待』『罰ゲーーーーーム!』『【¥1919】これはアツい』
おれたちは岩手県、小岩井牧場に来ていた。
アルマの力もあって旅の景色をライブ配信していたんだけれども、開始直後に環ちゃんと、とある約束をさせられていた。
「美味しいものあったら我慢とか無理ですもんね」
「できるし! そのくらい簡単だよ!」
「本当ですか?」
「本当! 余裕だって!」
グルメを満喫できない可能性に危機感を抱いていたおれは売り言葉に買い言葉――っていうとちょっと違うけれども、とにかく載せられてしまった。
「じゃあ、もしも我慢できなかったら罰ゲームですけど良いですか?」
「ヴェッ!?」
「ほら、我慢すればいいだけですし。それともやっぱり無理ですかー? 無理ですよねー?」
「で、できる! 鋼の意思だし!」
そんなやりとりのせいで、罰ゲーム決定となってしまったのである。
喜んでる陰キャバスよりも、満面の笑みを浮かべる環ちゃんよりも、ちょっと呆れたようなクリスの視線が痛いです……。
いや本当にごめん。
「じ、事故なんだよ。ほら、牛乳が美味しすぎたせいで」
「はい、良いから引いてください」
封筒がたくさん入った箱を目の前に出されたおれは、仕方なしに一つを引く。
今回いるのはいつもの拠点ではなく野外。他のお客さんもいれば管理者もいるところなので大した罰はできない。
そこで考えられたのが、『罰ゲーム台詞集』であった。
ちょっとしたシチュエーションと台詞が書かれているので、それを忠実に再現するという罰ゲームである。
ちなみにこの封筒は環ちゃんが早起きをして作っておいたものらしい。
どんだけ先を読んでるの!?
溜息とともに封筒から紙を抜き出せばそこには、
「……これマジ?」
「マジですマジ。本気と書いてマジってくらいマジです」
「ルールやけん、やらなイカンよ」
「あまね、諦めろ」
「る、ルルが変わる、です……?」
ああうん、大丈夫だよルルちゃん。
っていうかさすがにルルちゃんにはやらせられない。
大きく深呼吸をしたおれは精一杯の笑顔をつくる。そして瓶底にわずかに残った牛乳を口元にチョンと付けると、カメラに目線。
「う、牛さんが出した白いの……とっても濃くて美味しかった……!」
「はい、カァーット! どーですか皆さんこの破壊力!」
「いや、あの……酷くない?」
苦笑いをする皆とテンション爆上げな環ちゃんを前に、おれはもう限界寸前だ。恥ずかしすぎるし今すぐ帰って寝たい。
「っていうかコレ、今の状況に合いすぎてない!?」
「そりゃ、牧場用ですからね。他にも海用、山用、市街地用、テーマパーク用と各種取り揃えてますよ?」
き、聞きたくなかった……!
「さ、次は焼き肉! そしてその後はソフトクリームです。あと何回罰ゲームやることになりますかね?」
「ぜ、絶対もうやらないからな!」
コメント欄に溢れる『全部』『フルコンプ』という文字にゲンナリしたけれども、おおむね平和な配信でした。
……俺の胸中とお腹の具合以外はね。
***
薄暗く、香の独特な匂いに紙巻たばこの匂いが混ざった室内。
「いやぁ、済まなかったね。助かったよ」
私は『月島中佐』らしい快活な笑みを浮かべて礼を告げた。
七五三木に与えられた女性の身体はどうにもしっくりこなかったのだが、目の前にいる『同僚』のお陰で何とかなる{目途が立ったのだ。
「慣れるまでは違和感が大きいものですから」
こともなげに言うが、『同僚』の技術はすさまじいものだった。
七五三木から聞いていた呪術から随分外れるが、人間を素体にした強力な呪式作りに一切の諜報なしに相手の居場所を特定する卜占、そして極めつけが、
「身体と魂の不整合、か。どうにかなるものなんだね。それとも、秋津守の力あってこそなのかい?」
「いえいえ。自分がやったのは肉体の加工と、魂の柔軟性をあげただけです」
「謙遜はよしたまえ」
「改造の方はどちらかといえばサービスですよ。大したことはしていません」
私の身体を調整・改造して見せた腕前は、少なくとも七五三木よりもずっと上だろう。
「さて、次の案だが」
「お伺いしましょう」
「コレを使おうと思ってね」
室内の片隅に置かれていたものを示す。
秋津守が札を使って光を生み出せば、
「いやぁ、ご立派ご立派」
「本人も日本のためと嘯いていたのでな。ぜひとも日本の礎になってもらおうと思ってね」
大量のガラス瓶の中に、切り分けられた七五三木のパーツが浮かんでいた。
その横には、元々は七五三木から紹介された者達のパーツも浮かんでいる。
「これならば『土蜘蛛』よりも強力な呪式の素体になるでしょうね」
「ならば結構。本人たちも本望だろう」
かか、と笑えば秋津守も笑った気がした。
気がした、というのは本人の顔はおろか、声に至るまで一切が把握できないことに起因する。これもまた呪術だろうとは思うが、烏帽子から垂らした布に狩衣という出で立ちこそ認識できるが、体格も分からなければ性別や年齢も分からない。
本当に不思議な術体系であった。
「ふむ。その術、私にも自由に扱えれば良かったんだがね」
「呪力を持っていない人間には難しいのです。でもまぁ、それなりには充填しておきましたから」
「ああ、漲るものを感じるよ。これでそれなりとは恐れ入る」
うすら寒い会話だが、現状では秋津守を上手に使い潰すことは難しい。能力の全容すら把握できていないのだから、計画が立案できるはずもない。
それに、真に日本を憂う者であれば、無理に使い潰す必要もない。
――秋津守。
それはつまり、秋津国を守る者という称号である。
名前もあるのだが、本人曰く、
「名前とは呪なのです。今は秋津守と呼んでください」
とのことだったので、それに従う。
どの時代にも存在しない役職ではあるが、大言を吐くだけの実力と心意気があるならばそれで十分だった。
「さて、自分は七五三木さんの加工をしますので、少しお時間を頂きます」
「うむ。私は貰った呪力で小物を生んでおこう」
喜屋武なる小娘を中核とした『創世計画』。
国のためと嘯きながら私服を肥やすことばかり考えていた売国奴や、頭の出来が悪いのに策士気取りで権力を振り回す者達から大枠を奪って引き継いだは良いものの、正直なところ穴だらけで使い物にならなかった。
一度振ったサイコロは止められない。
何とかあり合わせで成功させるのは博打でしかないが、秋津守が本当に味方であれば成功の目もある程度見えるところまでは組み立てられていた。
本当に味方であれば、だが。
「では、よろしく頼むよ」
「かしこまりました、中佐殿」
明らかに慣れていない秋津守の敬礼に、本式の敬礼と力強い笑みを返して部屋を後にした。




