二人の敵
クリスとしては待ちの姿勢を貫くよりも、こっちから攻めてボッコボコにしたいとのこと。
いやボッコボコとは言ってないけども、おおまかにはそういう意味合いの主張だった。
葵ちゃんを通じて三条さんに連絡を取ったところ、近日中に占星術が得意な者を選定してくれる手はずとなった。
のだけれども。
「えっと。とりあえず私が見てみるとか、どう?」
マリがおずおずと手をあげた。
……そういえばマリは沖縄では有名な霊能者なんだっけか。
すっかり忘れていたけれどもそれはおれだけじゃないようで、葵ちゃんも柚希ちゃんもクリスも環ちゃんもちょっと驚いた顔をしていた。
うんそうだよね。
普通に昨晩のことが衝撃すぎて忘れるよね……合法ロリって本当にいるんだなぁ……。
何はともあれ、マリに頼んでみることにした。失敗しても別に損はしないしね。
準備してくる、と脱兎の如く駆け出したマリは、ものの五分で戻ってきた。
「というわけでこんな感じ! かっこいいでしょ!」
にっかり笑ったマリは白の着物に足袋、頭にも白いタオルという恰好に着替えていた。元気はつらつな表情でピースサインをする辺りがまた幼いんだけれども、三条さんが気にするくらいの腕前なわけだしここは頼らせてもらうことにする。
別荘を出てすぐ。
大悟がよくテントを張る辺りまで移動したマリはそのまま跪いて手を合わせる。
祈祷。
一瞬にしてそれまでとは違う空気になったのを感じる。
同時に、日本――というかこの世界特有の薄い魔力が渦巻くような気配がした。傍に立つエリは特に気にした様子もないけれども、クリスは万が一に備えておれの傍で剣を構えてくれているし、柚希ちゃんもバリバリの戦闘態勢でマリを見つめていた。
「……ア、アア、アアア……」
マリの喉から、引き攣れたような声が漏れる。
声が絶叫へと変わり、どうやってバランスを取っているのかわからないほどに仰け反る。
「マリ!? マリ、どうしたの!?」
エリが仰け反ったマリの両肩を掴む。どうやらこれはいつも通りというわけではないらしい。クリスが腰を落としていつでも動けるように準備をしたところで、カッと見開いたマリの目がおれを見据えた。
漏れるのは、嗄れた声。
どう考えてもマリじゃなかった。
「選べるか……?」
「エッ」
「選べるのか、お前は」
「な、何を?」
「過去か未来か……或いは全てを」
何の話かまったく分からずに困惑していると、マリの身体からくたりと力が抜けた。両肩を掴んでいたエリがそのまま抱きかかえるように受け止めて支える。
「マリ!? 大丈夫ッ!?」
「大丈夫だよ。何慌ててるの?」
「えっ……?」
「秋津守の場所はダメだったけど、月島中佐の居場所は分かったから地図持ってきてもらえない?」
……どういうことだ、コレ。
なんとも言えない空気におれたちは顔を見合わせる。
「とりあえず中に入るか」
クリスに従って、全員がリビングダイニングに戻ることとなった。
お茶を出して人心地ついたところでエリとマリから話を聞く。
「普段なら、あんな風にはならないのよ」
「いつもはどんな感じなんです?」
「祈祷の姿勢のまましばらくじっとしてて、おわり。それだけよ?」
突然エクソシストみたいな仰け反り方して、嗄れ声でおれに語り掛けたのは全て想定外ってことになるわけだ。
だとすればあの狼狽え方も頷ける。
一方でマリはけろっとしている。
訊ねてみたところ、自分が喋っていたことすら気付いていなかったらしく、
「ここです」
貰った地図帳をペラペラとめくって自身が霊視したらしい場所を指さしていた。
「体は何ともない?」
「いつも通りですよ? あっ、でも」
言い淀んだマリに全員が固唾を飲む。
緊張が走る中でマリだけは頬を軽く染め、やや秋波を感じさせる視線をおれに向けた。
「昨日ちょっと慣れない姿勢とか取ったから、筋肉痛はあります」
だあああああああああ!?
そういうことじゃないんだよッ!
どんだけマイペースなの!?
肩透かしを食らったおれの反応がどう映ったのか、マリは慌てた様子でおれの手を取った。そのまま両手で包むように握る。
「でもでも嫌ッてわけじゃないからね! 誤解しないで!」
「ヴォッ!?」
「ヒーローのためだし、私を守ってもらうわけだし! いつでも協力するから言ってね!」
「ヴィっ?!」
「あまね」
「ま、まって! まってクリス! これは誤解だから!」
誤解っていうかおれのせいじゃない!
無罪! 無罪です!
嫌な汗に背中が濡れ始めたところでクリスがおれからマリの手を奪い、そのままひょいっと小脇に抱えてしまった。
「とりあえず、話をしてくる」
「OHANASHIですね!? 私も参加させてください!」
「環は駄目。絶対ややこしくなる」
あ、はい。
正妻のお仕事お疲れ様です……。
なんかちょっと釈然としないものを感じるけれど、うやむやになってしまったマリの言動を蒸し返す気にもならない。
知識がある葵ちゃんと普段を知っているエリはいるものの、当事者不在だし。
「さ、さて。葵ちゃんもリアも、フェリーに送ろうか」
「あ、はい」
「よろしくお願いしますわ」
慌てて席を立とうとするけれども、がっしり肩を掴まれてしまった。
――エリに。
「ちょーっとだけ聞きたいことがあるんだけど、良ーい?」
「……はい」
「なんかマリの様子が変だった気がするんだよねぇ。あまねちゃん、昨夜はマリと何してたのかなー?」
「えっと、その、ですね……?」
案その一。
夜の大運動会をしていました。
……駄目だ。発言から反省とかが見て取れない。
案その二。
魔力回復の手伝いをしてもらっていました。
……嘘じゃないけどもそれだとマリの態度がああなった説明がつかないし、具体的に何をしていたか聞かれたらマズい。
案その三。
おれじゃない! 悪いのはおれじゃないんだ!
……真偽はともかくとして言い訳から入るのは男らしくないし、いつの間にかフェードアウトしている環ちゃんに罪を被せるのも微妙だ。かといって突撃してきたマリ自身のせいにもしたくない。
結局美味しくいただいちゃったのは間違いないわけだし。
っていうか何で環ちゃんいなくなってるの!?
きょろきょろと辺りを見回せば、キッチンで洗い物をしていた。
普段はアルマにまかせっきりで絶対しないじゃん! なんでこんな時だけ!?
「あまねちゃん?」
「あの、えーっと、そのですね」
案その四。
環ちゃんになり切ったつもりで言い訳してみる。
いわゆる、嘘は吐いてません的なアレだ。何度も煮え湯を飲まされていることもあり、なんとなくだけどおれにもできる気がしたのだ。
「マッサージをしていました。――広義の」
「ふぅん? それじゃあ私にもそれ、してみて?」
「エッ!?」
驚いてエリをみれば、にんまり笑っていた。
「私も環ちゃんから聞いてるから大丈夫よー。まぁ、昨日の今日で手を出されたのは意外というか、すごいというか、コメントし辛いけどねぇ」
「ご、ごめん……」
「まぁ本人が望んでるならそれで良いってことにしておきましょー」
ヒラヒラと手を振るマリにほっと胸を撫でおろす。
家族に色々言われるのは流石に気まずいよね……いやまぁ実は柚希ちゃんのお兄さんである正樹さんなんかは、良い笑顔で普通に言ってくるけど。
その後柚希ちゃんに怒られて管狐で吹き飛ばされるまでがお約束というバイオレンスな兄妹だったりする。
「……まぁでも、本当に少し考えないとな」
前々から自分の本能には強い疑いを向けていたけれども、今回の件は本当に酷いと思う。いくら環ちゃんの策略があったとしても、おれ自身がもうちょっときちんとしていればこうはならなかったのだから。
マリとクリスが戻ってくるまでは一人反省会をしよう。
もうちょっとまともな人間にならねば……サキュバスだけど。




