後悔の朝(定期)
「はぁ……結局こうなるのか」
「どうなったと?」
「……本編読めばわかるよ……はぁ」
「あれ? いつもよかバリ短か」
「本編へごー……」
「元気もなかー」
環ちゃんが泣きながら懺悔したところによると、マリがあそこまで直接的な行動に出るとは思わなかったとのこと。
魔力を使ってマリを助けるおれを何度も見せることで、少しずつそういう雰囲気に持ち込もうとしたらしいんだけども、まさか最初の一回でキスまでするのは想定外だったそうだ。
いやまぁ、それは良いよ。
おれだって環ちゃんがそういう方向に持っていくだろうことは想像できたし。
……だけどさ。
「なんで回避したはずなのにこうなってるの!?」
「んー……? あ、おはよー。あまねちゃん! 魔力は回復できた?」
おれの眼前で、すやすやと眠っていたマリが目を開けた。
そう。
おれが! 鋼の! 鋼鉄の覚悟で回避したはずなのに、マリはあっさり加わってしまったのだ。
「お、おはようございます……あー……筋肉痛ですね……身体が痛いです……」
「環ちゃんも? 私もだー」
へろへろの環ちゃんも起きてきて、ナマケモノみたいな速度でおれに覆いかぶさってきた。何を思ってか、マリもそれに続く。
「ほら、私が何かしなくてもこうなったじゃないですか」
「いや切っ掛けは環ちゃんでしょ!?」
「それはそうですけども」
夜。
栃木に戻ってきたおれたちはマリとエリを部屋に送り届けた後で環ちゃんの反省会(物理)を行った。一番怒っていたのはクリスで、
「私の許可は?」
「ごめンンッ!? なさ、っいィ!」
「許さない」
「あっ、待って! まってくださ、んゥッ!」
「待たない」
「ダメ! これ以じょ、ンンンッ! は、ホントにッ! アッ! 待って!」
何か見てるだけでお腹が減りそうなことしながら責めまくっていた。
ルルちゃんはちょっと怯えつつもおれにしがみ付いてきて可愛かったし、柚希ちゃんは先にお風呂とのことで離席していたけれども、晩餐の始まりかとしたなめずりをしたところで思わぬ方向へと事態は転がることとなる。
扉がババンと開いて、バスタオルを身体に巻いたマリが入ってきたのだ。
「ヴェッ!?」
思わず変な声が出たけれども、マリは覚悟を決めた表情で部屋に足を踏み入れ、おれに詰め寄った。
「わ、私のために魔力を使ったんだから! 私が回復させるっ!」
「ええええ」
「わんやてぃん成人そーんしあにるくとーないんむんっ!」
「あっ、かわいい……!」
何言ってるか分からなかったけれども最後の『むんっ!』は可愛かった。
「いやでも」
「ちょっと落ち着こう」
「そういうのはもう少し大きくなってから本当に大切な人と」
色々宥めようとしたけれどもダメでした。
おれにも分かる言葉で解説してもらったところ、
「私、成人してるよ! そういうのだって色々聞いてるし知識あるんだから!」
とのことで。
いやそれって実際には経験ないっていう自白では……?
なんとか思いとどまらせようとしたんだけれども、おれの言葉にもクリスの言葉にもマリはヒートアップ。
「成人してるんだからね!? 年上のお姉さんなんだよ!?」
どうやら見た目に関してのコンプレックスを踏んだらしく、確かめて、とバスタオルを外してベッドにダイブしてきました。
まぁ見た感じ小学生か中学生くらいだもんね。そりゃ成人女性としては思うところあるよね……。
「それとも何!? そんなに魅力ない!? 素敵な人はみーんな私のこと子ども扱いするし! たまに私を女性扱いしてくれると思ったらロリコンだし!」
キレつつもおれに迫ってきたマリをどう扱ったもんかと悩んでいたら、アルマによってこっそり縄を外してもらっていた環ちゃんが参戦して、もうどうにもならない状態になった。
さらに言えば、おれもマリとエリに遠慮して我慢していたのも良くなかった。流石に意識を飛ばすようなことはしなかったけれどもおれ自身のブレーキも効かない状態になりつつあったのだ。
大きな溜息を吐いたクリスがぽつり。
「……序列だけ守れば良いか」
諦めなのか呆れなのか微妙な一言を呟いて参加してしまった。
ともかく、カモがねぎ背負ってくるよりも美味しい状況になってしまったのでペロッといただいてしまいました……ああ自己嫌悪。
ご、合意の上! 合意の上だからセーフ!
むしろおれは迫られた方だからね!?
「んふふー。これでヒーローに貢献できた」
いやあの。
おれは魔力回復にそういうことが必要だけど、昨夜マリを泣かせてたのはだいたいおれじゃなくてクリスと環ちゃんだからね?
っていうか、こういう夜のアレコレで貢献させるヒーローって別の意味でダークヒーローすぎませんか……?
「いやあまねさんも充分すごかったですよ?」
「良いの! おれは仕方ないの!」
生理現象! 生理現象だから!
こころの声が漏れていらしく環ちゃんから突っ込みを食らったけれども、過去は変えられないし仕方ない。
「……エリになんて言おう」
「お姉? 大丈夫。お姉、そういうの気にしないタイプだから」
いや気にしようよ。
それはもう大らかとかじゃなくて無関心って言うんだよ!
何はともあれ、こうしている訳にもいかないのでみんなで着替えてお風呂に突撃。ザバザバ洗ったり現れたりもにゅもにゅ洗ったり洗われたりして身も心もスッキリしたところで朝食だ。
いや長湯だったせいでもうブランチだけども、悪いのはおれじゃなくてお風呂中に突撃してきた葵ちゃんとリアだよ。
うん。
あとルルちゃんがのぼせちゃったのは極悪非道な尻尾さんのせいだし、おれはまったく関係ないよね。
「お待ちしておりました。作りたてのような朝食です」
「まって。『のような』って何?」
「お嬢様方の湯あみが長かったので」
「ああ。温め直したってこと?」
「いえ。作りたて状態を保持しました」
どういうことだよ。
ジト目でアルマを見るけども、こういう不可思議な言動は今に始まったことじゃないのでスルーしておく。何より、おれ以外のみんなが慣れきってて普通に食べてるしね。
「ふぉーふぃっはは、」
「いや食べるか喋るかにしようよ葵ちゃん」
「……」
食べる方を選ぶんかいっ!
どこぞのゴム人間みたいな行動をとった葵ちゃんはガンガン食べて、最後にキンキンに冷えた麦茶をがぶ飲みして人心地ついた。
「いやすみません。ボクもリアも尋問でものすごく疲れたんで、つい」
「それはありがとう。何か分かった?」
「まぁ、一応は」
歯切れが悪い葵ちゃんに、皆の視線も集まる。
ちなみに葵ちゃんもリアも昨日の深夜まで尋問をしていた。
終わった後に電話で送迎を頼まれて《転移》したけれども、二人そろってすぐさま横になってぐっすりだったのだ。
……まぁ寝起きすぐにお風呂に突撃してアレってのがまた二人らしいけれども。
ともかく、知能があって会話する能力もある呪式なので色々聞き出したそうで、葵ちゃんの説明にリアが少し補足したものをまとめると、
「『月島中佐』って人が指示を出して、『秋津守』って人が色んな術式を使っていた、と」
「そうです。あの呪式を作ったのも、卜占でボクたちの居場所を突き止めたのも秋津守って人みたいですね」
「葵さんやおねえさま方に比べると随分効率が悪い術式でしたが、組み方そのものは綺麗でしたわ」
聞きたいことを聞き終えたところで祓ったらしいんだけども、攻撃減衰やら再生能力の上昇なんかが組み合わさってとんでもないタフさだったらしい。
つまるところ、秋津守って人は相当な実力者だ。
「クリスさんに丸ごと焼いてもらうのが早いと思ったんですけどねぇ」
「クリスおねえさまの手を煩わせるなんて、私にはできませんの」
二人して全力全開の攻撃を放って何とか祓魔に成功したらしい。
それでへとへとの汗まみれだったのか。
「月島中佐ねぇ……軍人さん?」
「少なくとも自衛隊とかではありませんね」
「そうなの?」
自衛隊が軍隊じゃないってのは知ってるけど、何でそう言い切れるんだろう。
「自衛隊に中佐という階級はありません。中佐相当だと二佐ですね」
どうやら呼び方が違うらしい。
環ちゃんの予想では、月島なる人物は元軍人か、そうでなければ傭兵崩れじゃないか、とのこと。傭兵と言う言葉が耳慣れないけれども、実は海外ではそういう商売も普通にあるらしい。
「どこかの国に属していたり、組織立って行動しているのであれば秋津守って人に階級がないのが不自然ですし、自分の部隊を持っているならそれも動かすもんだと思いますけど」
環ちゃんに説明されたのはかなり納得のいく理論だ。
結果を見ればおれたちにはほぼ危険なしだったけれども、相手からすれば完全な不意打ちを決められるチャンスだったはずだ。
場所まで割り出して呪式に襲わせたのだ。混乱するはずのおれたちを放置するのは不自然だ。
「軍人崩れが単独で雇われて参謀とか顧問みたいなことしてるんじゃないですかね。武器の入手に手間取ってるとかそういう可能性は否定できませんけど、祓魔師協会と戦えるレベルの組織ならそのくらいはさっさと準備できると思うんですよね」
「それはそうですね。特殊な儀式が必要な呪具とか、この世に一つしかないような逸品でなければ、準備に時間がかかることはないと思います」
「あとは、単純にあだ名が中佐って可能性もありますけど……普通にイタいので除外しましょう」
わりと辛辣なコメントで〆ていた。
ちなみに月島中佐は三〇前後の女性だそうだ。
もう一人の秋津守に関してはまったく情報が出てこなかった。
卜占に呪式と凄腕っぽい気配はしているが、具体的な情報が一つも出てこないのだ。
「《認識阻害》系の術式でしょうか。見た目、年齢、性別、声の雰囲気すら覚えていないというのはちょっとすごいですね」
「……ちなみに、祓魔師協会の方でそういうことが出来そうな凄腕って心当たりあったりしない?」
「ちょっと連絡取ってみます」
葵ちゃんが席をはずそうとしたところでクリスから待ったがかかる。
「こちらから攻めたい。居場所を占えないか?」




