牛タン
セーフハウスを確認するために宮城県は仙台市にやってきたおれたち一行。
しかしその雰囲気は筆舌に尽くし難いほどに悪い。
「殺す」
「ちかっぱ許さん!」
「ボクの前に首を差し出せ。そしたら一撃で首を刎ねてやる」
理由は単純かつ明快。
マリとエリを探しているらしい組織の追っ手が現れたからだ。
――厚切りの牛タンを焼いてる最中に。
明らかに人外の見た目をしたソレは八本腕で店舗の天井をべたべたと徘徊してきて、今まさに脂を滴らせていた牛タンの上に降ってきた。見た目は闇を固めたような黒いまんじゅう。ただしヒトほどのサイズがあり、棒切れみたいに細くて妙に長い腕が八本生えていた。
それが降ってきたことで牛タンは七輪ごと吹き飛び、壁や床に染みを作りながら転がった。
さらに最悪なことに、この追っ手はそれなりに知能があるらしく、細長い腕で落ちた牛タンを拾い上げるて中心の身体らしき部分に放り込んだ。
ギュッチャギュッチャと食慾を絶滅させる音を響かせながら咀嚼し、
『……んー、焼き加減がイマイチだね』
全員の神経を逆なでして激怒させることに成功していた。
「おい、腕を落とすぞ」
「かしこまりましたわおねえさま」
「フォローするけんバリやってほしか!」
元勇者二人組が《換装》によって呼び出した剣を振るう。
それに合わせて柚希ちゃんが管狐を操り、傷口を焼いていく。
ジュワリと水が弾ける音が響くが、どうやらそれでは止まらないらしい。街路樹よろしく、焼いた傷口の横から出鱈目な角度の腕が再び生えてきていた。
「式……それも色々取り込んだ呪式ですね」
「じゅしき?」
マリとエリを中心に戦えない人たちを背後に、護衛に徹する葵ちゃんの解説によると、祓魔師の中でも特に陰陽道の系譜は『式』と呼ばれる使い魔を使役する者が多いらしい。
有名なのは安倍晴明が操っていた十二神将や、役小角の前鬼・後鬼だろう。
いやおれも葵ちゃんに聞いて初めて知ったけど。
葵ちゃんペディアは三条ペディアに比べると情報が荒いけども、細かい解説が聞きたいわけじゃなくてざっくり分かれば良いので聞き流しておく。
「式作りは妖魔を調伏するほかは自分で作るしかありません。呪詛と何ら変わらない方法なので禁止されたものも多いのですが」
そこは法の手が届かない祓魔の世界だ。
目の前にいるアレはそういう『禁じ手』の塊なんだと言う。
「ボクの見立てでは核は人間ですね」
「ヴェッ!?」
「生きた人間と蜘蛛辺りが材料でしょう。再生能力的には他にも混ざってそうですけど、多分――」
「ストップ! ストップ!」
詳細は聞きたくないし言わなくて良いよ!?
何はともあれ分かったのは、『材料が人』であること。これはつまり、おれの奥の手である《淫蕩の宴》が使えないことを意味していた。
《淫蕩の宴》はえっちな経験の多寡に応じて強化・弱体化を掛ける権能だ。
環ちゃんを始めとした獣たちによって毎晩のようにアレコレしているおれたちは丼でもない倍率の強化が掛かる。
しかし、それは相手も同じこと。
相手がとんでもない経験を持っていたり、口には出せないレベルのアブノーマルな性癖を持っている人間だったら逆に追い詰められてしまう可能性もあるのだ。
使ってみてダメでした、では洒落にならないので今のうちに知れて良かった。
それに。
相手が人間ならば別の権能が使える可能性がある。
クリスとリア、そして柚希ちゃんが呪式を相手に攻めあぐねているのを見て、おれは体内で魔力を練り上げた。
紫銀の色を持ったおれの魔力が弾け、おれの身体を作り替えていく。
すなわち、背は高く。より蠱惑的なボディラインに。髪は伸び、そこから覗く尖角は太く。
――名を得たモンスター『月華の女王』の真の姿である。
名を得たモンスターは、理不尽そのものと言っても過言ではない権能を持つ。
おれの場合は種族特性に一辺倒なので単体では戦えないけれど、それでも強い。
「《魅了の紫瞳》!」
《魅了》の上位互換たる能力で相手の自由意思を奪ってしまえば、倒せなくとも無力化は容易なのだ。
……一応、マジカル☆あまねになれば神聖あまねブラスターとか使えるようになるけど、あれは全国どころか異世界まで含めてとんでもないエネルギーを集めないと数分で干からびるくらいにコスパが悪い。
こっちの方が、断然扱いやすいのだ。
決して、マジカル☆あまねになるのが嫌とか、これ以上メンタルに傷を負いたくないとか、そういう理由じゃないのだ!
「さて。効果は?」
「充分だろう」
「バリ効いとーよ」
《魅了の紫瞳》によって動きを止めた呪式。
胴体らしき闇色の部分が大きく裂け、中から巨大な眼と口が覗いていた。でろりと伸びた紫色の舌は完全に弛緩しているのが見て取れる。
どういう構造かまったくわからないし普通に気持ち悪いけれども、相手が無力化できたなら問題はないだろう。
斬ったり焼いたりしてうっぷん晴らしをしていた三人とバトンタッチして、護衛を一手に引き受けていた葵ちゃんが嬉しそうに呪式へと近づいていく。
「牛タンの――おっと、皆を襲った目的を洗いざらい吐いてもらうからな」
完全に牛タンの恨みだよね?
「黒幕が誰なのか。どうやってこの老舗牛タン屋さんが一見さんお断りで用意してくれてた離れの個室を突き止めたのかも、全部だ。早めに吐いた方が楽になるからね?」
いやだから牛タンの恨みだよね?
ツッコミたくてうずうずしてしまうけれども、葵ちゃんの笑顔には触れちゃいけない圧があるので頑張って口をつぐむ。
まぁ食べ物の恨みは恐ろしいってことにしておこう。
さて、尋問はやる気満々の葵ちゃんと、良い笑顔で補佐を名乗り出たリア、嘘を聞き分けるルルちゃんの三人に任せておれたちは後片付けやらご飯やらを済ませてしまおう。
食べ終わってから交代すれば全員が焼き立てアツアツを食べられるからね。
そんなことを考えながら内線に連絡を入れようとしたところで、くらりと来たのでその場に座る。
別に魔力切れってわけじゃないんだけども、どうやらあの呪式に《魅了の紫瞳》をかけるのに結構な魔力を使ったらしい。葵ちゃんの解説通り、一筋縄ではいかないレベルの相手なのは間違いないようだった。
急に魔力が抜けたせいでちょっと疲れた。
さらに言えば昨日はマリとエリがいたからそういうことはお預け状態だったし、まぁ仕方ない。
今夜は皆を栃木に送ったついでにクリスとデートにいこうかなぁ。奈良県に良い感じの展望台があったし、夜景を見ながら――……って外はめっちゃ怒られるから駄目か。
いやでも夜景を見た後はほら、やっぱりデートのシメということで、ねぇ?
「あまねさん、何か邪悪なオーラ出してますけどどうしたんです?」
「ヴェッ!? なななななんでもないよ?」
「そうですか……まぁ私は別に構いませんけども。マリが言いたいことあるそうで」
環ちゃんに促されてちょこんと顔を覗かせたマリは、くりっとした瞳に熱を浮かべながらおれを上目遣いに見つめた。
「えっと、その……助けてくださってありがとうございました!」
「いや、おれは何もしてないよ。クリスとリアと柚希ちゃんが頑張ってくれたおかげ」
「あまにちゃんが変身しからあったにまじむんぬうとぅなしくなたんやさ! ぬーがさんやし?」
普通に理解できないのでエリちゃん翻訳を頼ったところ、おれが変身してから怪物がおとなしくなったから関係あるはず、と予想してるんだとか。
「まぁ、それはそうかも。魔法的な技を使ったからね」
「魔法……ってことは、魔力を使ったの!?」
「エッ? うん。使った」
おれが答えるのとほぼ同時、マリがおれに飛びかかってきた。
殺気がなかったからか、クリスすら反応できないタイミングで抱き着かれ、そのまま唇を奪われる。
「ッ!? ――ッ!?!? っぷは! 何してるの!?」
「環ちゃんから聞いた! あまねちゃん、魔力がなくなると死んじゃうって!」
……えっと?
「ヒーローはこんなところで倒れちゃ駄目! もっとたくさんの人を助けて、世界を平和にするんだから!」
「うん。……それで?」
「魔力むちのーさしみらりーるのー清らかなみやらびぬしなさきてーんやてぃん」
「環ちゃん。マリに何て説明したの?」
「魔力を回復させられるのは清らかな乙女の愛情だけなんです、って言いました」
「魔力がなくなると死ぬってのは?」
「ほら、あまねさんは魔力メインの種族ですし、魔力がゼロになったら死んじゃいますよね?」
なるほど、嘘は吐いてないってことか。
「命を賭したヒーローと、救われた乙女! これはもう燃え上がるしかないシチュですよ!? 洋画ならベッド直行ですしインド映画ならダンスが始まります!」
うん。
ここ、日本だけどね?
「さぁ、据え膳食わねば――もがっ!?」
「あ、柚希ちゃんありがと。……クリス、そっち持って」
「分かった」
「もごー!? もごもごっ!?」
何言ってるか分かんないけど有罪に決まってるでしょそんなの。
柚希ちゃんの時と大差ないじゃん。
「ま、待ってください! ヒーローのためなら私……!」
あの、後ろでエリが何とも言えない顔してるからやめよう……?
とりあえず夜景デートが環ちゃんの反省会(物理)になっただけでお腹いっぱいだよ。
……というかおれがお腹いっぱいになるまで反省させるからね?
覚悟してね?




