番外編 バレンタイン(オチだけアルマ編)
―――――――十倍粥「食べ物で遊ぶんないけんことばい。食べ物ば育てた人、運んだ人、料理した人に申し訳なかよ」
「はい……おっしゃる通りです」
おれの眼前で、珍しい光景が繰り広げられていた。
環ちゃんが正座させられるのはまぁあることなんだけれども、お説教しているのがクリスでもおれでもなく、柚希ちゃんなのだ。
怒りゼロ、憎しみゼロ、NGもゼロのオールフリーな光属性だと思っていたんだけども食べ物をつかって遊んだのは流石に許せなかったらしい。
あと、本当はすごく料理上手なのに食材名しか言ってはいけない、というルールのせいでうまくいかずにフラストレーションが溜まってるのかも知れない。それに関しては本当に申し訳ないとしか言いようがないです、はい。
「あまねちゃんも聞いとー!? あまねちゃんにも言いよーったい!」
「はい……聞いてます……」
……ちなみにおれも正座中だ。
企画したのも唆したのも環ちゃんだけども、失敗したのはちょーっとだけおれの手際が悪かったせいでもあるし、仕方ない。砂糖と塩を取り違えたり小麦粉と片栗粉を取り違えたり、まぁなんか色々やらかした感じはする。
単語しか喋れない柚希ちゃんの意図を理解できずにわりとテンションで乗り切った気もする。
……まぁ良いんだよ!
配信は好評だったし、それで充分。過去は振り返らない!
「そもそも塩と砂糖間違えるなんて小学生でもせん!」
「あれは……《月華の女王》のドジっ子特性で――」
「言い訳せんで!」
「……はい」
「あまねおねえさま、その後も酷かったですわ。柚希おねえさまがどう考えても止めようとしてくださってましたのに『えっ!? 塩も入れるの!?』って……」
「売れない新人芸人みたいなボケかましてましたもんね」
「る、ルルは、楽しかった、ですよ……?」
葵ちゃんの鋭い言葉を拾ったルルちゃんが何とか場を和ませようとしてしてくれたけれど、盛大に失敗していた。
しかたないじゃん!
おれが砂糖と塩を間違って手に取った時にアドバイザーの柚希ちゃんが『塩!?』って言ってたんだし!
単語言われたら、それ使うのかなーって思うじゃん!
普段からバーニャカウダソースに白みそ入れたりとか、粉チーズでカルボナーラ作ったりしてるし、柚希ちゃん的な美味しくなる隠し味かと思ったんだよ!
世の中には塩キャラメルとかみたらし団子とかちょっとしょっぱいからこそ美味しいものもたくさんあるからね。市販のお菓子だってチョコポテチとか柿の種チョコとか結構びっくりな組み合わせあるし。
いやまぁそういうのあんまり手を出さないから美味しいのかは知らないけども。
頭の中でリアと葵ちゃんに反論するも、分が悪すぎるので口は噤んだままだ。
ちなみに味方はいない。
いや、ルルちゃんは責められてるのがおれだからギリギリ味方してくれてるけれども、柚希ちゃんの食べ物大切だよねに「はいです!」って言ってたので心情的には限りなく柚希ちゃん側だろう……そもそもルルちゃんの生い立ちを考えると食べ物を大切にしたい気持ちが強いのは当たり前だもんね。
フラストレーションが溜まってる柚希ちゃんは当然として、審査員としておれの料理を食べることになったクリス、リア、葵ちゃんも今回は完全に敵だ。
結果的に食べ物で遊んだ形になってしまったこともそうだけれども、この三人が怒っているのはそこではない。
「変身すべきじゃなかった」
「そうですわね……変身してからあまねおねえさまの魔力がぐっと強くなってお菓子に流れこんでましたもの」
「っていうかこれ、料理じゃなくて呪法ですよね? こういうの、親父と祓った記憶があるような……」
そう言いながら、ペットボトルの中に封印されたおれのチーズケーキを軽く揺する。いや他に密閉できそうなものがなかったんだよ!
応急処置だよ!
ペットボトルの中でぷるんと震えるチーズケーキだが、衝撃が加わったことで、
「み°ぎゃー”!」
「ぷ”ギィッー!」
「ぴょ”う°ー!」
中からは形容しがたい鳴き声的なのが聞こえてきた。
ペットボトルの中にいるのはそれぞれショッキングピンク、マゼンダ、黒の流動体。
クリスとリアの見立てでは、スライムに極めて近い性質を持つ魔法生物、とのことだった。魔法生物そのものがかなりレアなものらしく、二人とも伝聞系だったけれども。
簡単に生み出せるものではないから個体数も少なく、研究がほとんど進んでいないんだとか。魔力で動く、不老の生物ってことくらいしか伝わっていないらしい。
多数の食材とおれの魔力が反応した結果、オーブンの中で爆誕した可能性が高いとのこと。
葵ちゃんがペットボトルを弾くと、中にいた三体がまたSAN値を削りそうな悲鳴をあげる。
「あ! バスチーとレアとベイクをいじめないでよ! 可哀想じゃん!」
「……あまねさん……名前つけたんですか……?」
「名前ないと可哀想じゃん」
「いやそれ式神作るときの――」
「こいつらわりと可愛いよな」
環ちゃんが驚異的なものを見る目をおれに向けたけれども、なんか無害っぽいし普通に可愛いじゃん!
ちなみにショッキングピンクのバスチーとマゼンダのレアは、黒のベイクに比べるとすこーしだけ身体が小さい。
「スライムなら食べたことあるな」
何やら不穏なことを呟いたクリスと、それに追従したリアが一口ずつ食べたからね。勇者候補の修業時代に食べたことがあるらしい。
まぁスライムは雑草の味がするゼリーみたいな感じらしいけども、バスチーたちはこの見た目で無味無臭とのことで、逆に怖いとまで言われてしまった。
こんなに可愛いのに齧るなんて、ほんと酷いことするよな。
「柚希さーん、クリスさーん。私も被害者なんですよう。ちょっと焦げたり味にムラが出来たりしたのをみんなで笑いながら食べる予定だったんです! リスナーさんも私たちもニコニコ笑顔なプロジェクトでした! それなのに、オーブンを開けたらアレが出てきたときの気持ちと言ったら……!」
「環さん……みんなの笑顔を考えてくれてたんですね……!」
いや騙されてるよ葵ちゃん。
っていうか騙されてるのは葵ちゃんだけだよ。
クリスと柚希ちゃんは表情抜け落ちてスンッてなってるし珍しくリアもあきれた表情をしていた。ルルちゃんも嘘の判別がついちゃったらしくなんとも言えない表情で明後日の方を見ていた。
「反省してないな。――柚希、縛れ」
柚希ちゃんは懐から取り出した管狐をピカッとさせて、環ちゃんをガッツリ拘束していた。
「ヴェッ!? 何ですか!?」
魔力のない環ちゃんは管狐に抗う術など無いのでジタバタするものの動くことはできない。手足を拘束された環ちゃんを指さしたクリスは、リアと葵ちゃんに向き直る。
「二人で朝まで反省させて」
「「「っ!?」」」
三人とも声にならない叫びをあげるけれども表情は対照的だ。すなわち環ちゃんは驚愕に口を開き、リアは喜びに頬を染め、葵ちゃんは喜び半分罪悪感半分、といった感じである。
まぁでも欲望に忠実で貪欲な二人がクリスから許可をもらったのに止まれるはずもない。普段はあれだけの乱戦だから普通に朝を迎えられているけれども、皆がヘトヘトになった次の朝も気付けば二人はイチャイチャしてたりするからなぁ。
「待って! 待ってください! 相手がこの二人ってだけでも劣勢なのに――」
「柚希、喋れないようにして」
再びピカッとした。
「モガッ!? もごごっ!?」
「さぁ葵さん、そちらを支えて差し上げて。――行きますわよ環おねえさま」
「ええっと……その…………精一杯頑張りますね……!」
ちなみに環ちゃんを主と仰ぐアルマは最初こそ助けようとしていたけれども、
「良いですかアルマ。環おねえさまの生まれ育ったこのニッポンにはこういう言葉があります。『嫌よ嫌よも好きのうち』と」
「つまり告白を断わられたのも実はオッケーだった……?」
「……つまり環様がアルマめの提案する完全なる奉仕を拒むのも……?」
良くない方向へと約全員の思考が傾いていた。
っていうか異世界生まれのリアとぽんこつなアルマはともかくとして、葵ちゃんは普通に日本人なんだからその言葉に惑わされないでよ……リアがその言葉を知ってるのは十中八九環ちゃんがその言葉を告げながら色々したせいだろうし、自業自得だけども。
寝室に消えていった三人とアルマを後目におれは未だに正座を継続中だ。
「それで。コレ、どうするの?」
「うっ……」
「そもそも何食べるん?」
「だ、大根の葉っぱあげてみる、です?」
うん、ルルちゃん可愛い。
可愛いけどこいつらそういうの食えるのかなぁ……そもそも消化器官とかついてるんだろうか。
「魔法生物なら、だいたい魔力で動くはず」
クリスが指先から魔力を放出しながらペットボトルのふたを開けると、ベイクがもそもそっと出てきて魔力を吸収するのが感じられた。
なにこれぷるぷるしてて超可愛い。
「……飼おう」
「エッ!?」
「飼う、です?!」
「……まぁあまねが飼いたいなら――くっ!?」
クリスから御許しが出ようとしたその瞬間、ベイクがにゅるっと袖口に入っていった。
「あっ!? んっ!」
そのまま服の中をはいずり回っているらしく、いつも冷静なクリスが顔を赤くしながら身悶えしていた。なんていうか、非常に艶っぽくて素晴らしい光景である。
クリスを見ているだけでこいつらにあげる分の魔力がどんどこ湧き上がってくるのを感じる。
良いぞ、何だか分からないけどすごく優秀だぞベイク。
「んっ。ダメージはないが、ぁっ。鬱陶しいな……んぅっ。あまね、悪く思うなよ。《炎纏》!」
粘液系の何かが蠢く音に混じってクリスの美声が微かに漏れていたんだけれども、何が気に入らなかったのかクリスが魔法を発動させるとともに全身からぶわっと炎を噴き上げた。
炎は周囲どころからクリスの服さえも焦がさなかったけれども、ベイクにはダメージがあったらしく襟元から小っちゃくなってコロンと出てきてしまった。
せっかくクリスの可愛い悲鳴でおみみがしあわせだったのに!
「待ってろベイク! 今、魔力を――」
「させるわけないだろうが」
「あまねちゃん……こりゃいけんよ……」
「ベイクさん……尻尾さんみたいな動きだったのです」
ベイクはギリギリ死んでなかったけれども、クリスによると、『スライムは水分がないと生きていけない』とのことで、魔力でエネルギーを得て動けるようになったからクリスの色んなところから水分を集めようとしたんじゃないか、とのことでした。
ちなみに何度試してみても、シンクとかコップの水ではなくクリスや柚希ちゃん目掛けて一直線でした。
「あまねの魔力だからな」
「そうなー。魅了ん効果も薄っすらあるごたーし」
「エッ!?」
「あまねちゃん、ばっちし魅了されとーばい。魔力高かけん、大したことなかったい」
おれがこいつらを可愛いと思うのは……魅了のせい……?
いやそんなはずはない。こいつら最初から可愛かったし。
何はともあれ、魔法生物『ちーずけーき』は、魔力と人肌と水分が好きだということまでがわかった。
なんか大悟がすごく羨ましがりそうな生態してるな……あいつの部屋のエロゲ棚にそういうのとかあったような気がする。
いやまぁ服だけを溶かす都合の良い液体出したりとか、経皮吸収で気持ちが昂っちゃう成分とかは分泌できないらしいけども。
そのあと魔法で焼き尽くそうとするクリスを止めるのがすごく大変だった。魔法生物は寿命で死ぬことがないから、処分するならハッキリ手を下さないといけないとまで言われた。
あんなに可愛い声出してたのに、何が気に入らないというのか……今にも焼き尽くそうとするクリスにを止めてくれたのは、意外にも柚希ちゃんとルルちゃんだ。
柚希ちゃんは「食べ物粗末にしちゃいけん」とのことで、ルルちゃんは「る、ルルがお世話する……です……?」とのことでした。ルルちゃんは多分こいつらに勝てないと思うからやめようか。
控えめに言ってヌトヌト系の未来しか見えないよ……。
結局。
寝室に消えていった皆も含めて話し合いをした結果、ベイク・レア・バスチーの三体は魔力を抜いたあとにペットボトルで厳重に封印してあまね真教国の宝物殿に安置することになりました。
後日、皆で渡しにいったときにシンセロさんが「あまね様が、魔法生物を創造……つまり聖獣ですな」と真顔で言っていたけどノーコメント。
おれは聖獣とか一切言ってないから嘘は吐いてないしセーフなはず!
「どっちかっていうと性獣ですよね。……あまねさんの魔力特性なんですかね」
葵ちゃん?!
ちょっと黙ってなさい!
ちなみにこの件でお仕置きとか罰ゲームとか色々されるんじゃないかと戦々恐々としていたんだけれども、皆でおれを憐れんでくれた結果、そう言うのはなしになりました。
というのも。
「……お腹痛い……!」
「欲張って全員のを一度に食べようとするけん」
「弱いな」
「クリスさん……こういうのはよわよわって言うんですよ」
「よわよわ、です?」
「おねえさま……おいたわしや……」
「あまねお嬢様、まずはお体をお拭きします。それからお着換えをして、内臓を温めるためにお白湯をお持ちしましょう」
普段から食事を抜きまくってるせいで胃腸が弱くなっているおれは、皆からのお菓子を食べたせいでめちゃんこお腹が痛くなってしまったのだ。
普段もちょくちょく腹痛になるんだけども、今回は普段の比ではなかった。
ちなみに胃もガッツリやられてしまっているので何も食べられないくらい気持ち悪いしホントに酷かった。
「チョコとか油脂たっぷりですもんね」
結局、アルマに介抱されながらおれは一人寂しくベッドで過ごすことになってしまった。せっかく恋人が、とかそういうのが盛り上がるイベントなのに!
ちなみに貰ったチョコは少しずつ食べただけで残りは皆のお茶菓子と消えてしまった。クリスはチョコじゃなくてレアチーズタルトだったけども、どちらにしろおれが食べられなかったことにはかわりない。
ら、来年は全部食べれるようになってやるからな!
「食べられるよう改造しますか? β型消化器系改造なら胃袋が七つに増えますが金属やガラスでも――」
「却下ァ!」
黙ってお世話してくれてればメチャクチャ有能なのに!
吐き気止めに白湯、冷えないように湯たんぽを用意してくれたり寝汗を気にして体を拭いてくれたりと、本当にアルマなのか疑わしくなるレベルの有能っぷりを発揮してたのに!
なんで口を開くとこうなっちゃうかなぁ……ああ、おっきな声出したらまたお腹痛くなってきた……。
「来年こそはぁ……!」
「作者あああああああ!!!」
「どうしたんですあまねさん」
「おれの消化器なんとかしろよおおおお!!!」
「「「「「「」」」」」」
「みんなも何とか言ってよおおおおお!!!」
「あまねお嬢様、御体に障りますので落ち着いてください」
「アルマは嬉しそうだし! なんか病弱っぽい感じの扱い受けてるし!」
「体調が落ち着いてきたら十倍粥から始めましょう」
「離乳食じゃねーか!」




