番外編 初詣
「うーん……」
「どげんしたと?」
「磯辺焼きに辛味餅、あべかわ餅も捨てがたいしオーソドックスにあんこも……」
「おもち、です!」
「全部食べれば良いんじゃないですかね?」
「ダメ」
「え……何でですの、クリスおねえさま」
「あまね、お腹弱い。すぐお腹痛くなる」
「あー……精気ばっかりで普段食事抜きまくりですしね」
「クソぉ! 要らない設定を! 絶対に要らない設定を!!」
一夜明けて新年。
暖房が掛かっていてもどこか冷たさを感じる冬の空気に頬がきりっと引き締まった気持ちになる。実際のところ頬はゆるっゆるなんだけども。
「似合う、です?」
「うんうん。可愛いよ」
「です!」
黄色の振袖を身に纏ってくるくる回るルルちゃん。
その横にはえんじ色の振袖をビシッと着こなしたかっこいいクリスと、タオルを何枚も入れただろうに主張が激しい感じになってる桜色の振袖の柚希ちゃんがいる。
今は環ちゃんと梓ちゃんが着付けをしてる最中なんだけども、もうすでに眼福だ。
ちなみに葵ちゃんも着付けを習ったらしく、リアとルルちゃんを担当してくれた。リアの時だけ妙に遅かったし服装も微妙に乱れてる気もするけども深くは触れない。
触れたらいけないってサキュバスのセンサーがビンビン反応してるからね!
ちなみに環ちゃんと梓ちゃんのチョイスでおれは花柄のピンクだ。
解せぬ。
解せぬけれども梓ちゃんも手伝ってくれたので文句をいうわけにもいかないし、濃紫の袴と黒のブーツを合わせたらちょっとかっこいい感じになった気がするので気にしないことにした。
却下するか微妙なラインを選んでくるのがまた環ちゃんらしいというかなんというか。
微妙にヒールが高くて歩きにくいけど、みんなも振袖でゆっくり歩くはずだしおれも気をつけて歩けば問題ないはず!
ぽんこつ属性はちょっと恐いけど大丈夫。大丈夫ったら大丈夫……だと良いなぁ。
「先輩、だらしない顔してるっす」
「だってみんな綺麗だし」
「それはそうっすね。自分も楽しみっす」
大悟はファー付きのモッズコートにジーンズを合わせて、中は開襟シャツにセーターという大学生らしいファッションだ。
みんなが和装なのでなかなか浮く気もするけど、大悟自身と梓ちゃんが気にしないなら別に良い。
別行動……は多分だけど環ちゃんが許さないだろうなぁ。
大悟、強く生きろよ。
おれの真摯な祈りも知らずに大悟はだらしない笑みを浮かべている。梓ちゃんの振袖が楽しみなのはわかるけど正直ちょっと気持ち悪い。
放置しても良いんだけど、ことあるごとに環ちゃんの邪魔が入るのは可哀想なのでアドバイスしてやるか。
「大悟……」
「なんすか?」
「その顔なんとかしないと、環ちゃんに色々いわれるよ?」
「ヴァッ?!」
「もっとこう、付け入る隙を与えないような雰囲気でさ。『梓ちゃんを任せるに値する男だぜ』みたいなオーラを」
おれの言葉に、大悟の顔がチベットスナギツネみたいになる。
「……なるっすかね? 男っすけど」
ああうん。そもそも性別的に厳しいよね。環ちゃんは筋金入りの男嫌いだもんね。
「えー、じゃあ諦めるの?」
「ぐっ……何か気の引き締まるような一言をお願いするっす」
そうだよね。諦められないもんね。
「んじゃあ環ちゃんが言いそうなことをあらかじめ予想して余裕で返せるようにしておくとか?」
「お、効果あるかも知れないっす」
おれたちが意気込んでいると想い人の名を聞いた葵くんも参戦することになった。当然ながら、リアも参加だ。
クリス? なんかおせちに入ってたサーモンとチーズのテリーヌに感銘を受けて冷蔵庫内にまだ見ぬチーズがないか探しに行ったよ。振袖で。
ちなみに柚希ちゃんとルルちゃんは不参加。二人でお手玉して遊んでます。
うーん、ほっこりするしそんな二人を見てるのもいい元旦になりそうなんだけども。
「んー……とりあえず鉄板なのは『梓ちゃんを見る目が気持ち悪い』とかかな」
「ヴァッ?! ……あ、梓ちゃんがどう思うかが重要っす。他の人にどう思われても良いっす」
「環さんがお義兄さんに言いそうなことですか……『男って時点でない』とかですかね?」
それはもう言われ慣れてるし大丈夫かな。いや、これに慣れてるって時点で相当なんだけどね。
「あとは『新年早々視界に入らないで』とか?」
「ヴェッ!?」
「『車内では呼吸しないで』とかですかね」
「ヴォッ?!」
「『今日の服装が店頭のマネキンそのまますぎて笑う』とか仰るかもしれませんわ」
「…………」
「あれ、大悟?」
見れば、胃の辺りを押さえながら俯いていた。
どうやらおれたちの話した仮想環ちゃんがド刺さりしたらしい。もちろん悪い意味で。
「な、何か懐柔する術もお願いするっす……」
「お年玉とか? 予め用意しといたら好感度あがるんじゃない?」
「そ、それっす! ポチ袋がないからティッシュに――」
「田舎のおばあちゃんか!」
「じゃあ先輩、ちょっとそこのコンビニまで《転移》で!」
「えー面倒。おれにもお年玉くれるならいくけど」
「先輩、お年玉って……タマはすでに落としてるじゃないっすか。サキュバスになったときに」
「ぐっ!? げ、下品だぞ!?」
「だいたい先輩は自分と環、どっちの味方なんすか!?」
それはちょっと答え辛い。大悟の味方もしてあげたいけれども、環ちゃんのこと好きだもん。
逡巡していると、リアがスマホをポチポチしておれに見せてきた。
画面に映ってるのは……タイマー?
「悩んでた時間を環おねえさまに報告しますわ」
「環ちゃん! もうどう考えても環ちゃんの味方でしかないよね! ノータイムで環ちゃん!」
っていうか脅しじゃねーか!
時間が掛かってるのがバレたらどんな恐ろしい罰が待っていることやら……。まぁリアは日夜環ちゃんに教育されてるからもうしょうがないんだろうけども。
「リア、覚えとけよ……!」
「っ! はい! 一言一句、心に刻んでおきます!」
ちがう、そうじゃない。
っていうか嬉しそうにするのやめなさい。隣の葵ちゃんもちょっとそわそわしながらおれとリアを交互に見て顔を赤くしてるし。もうこの二人は本能に忠実すぎて困る。サキュバスより本能で生きてるのすごいと思うよ。
《奔放な獣》を発動したか考えてしまうくらいのケダモノっぷりはいっそ清々しい気すらする。真似したいとは思わないけども。
そんなことを考えていると、後ろから聞きなれた声が聞こえた。
「何を心に刻んでおくんですー?」
「お待たせしました」
環ちゃんと梓ちゃんが着替え終わったのだ。
「あ、あああ、あずしゃしゃっ、きれい、ですっ!」
「噛みすぎ。キモ」
「もう、環ちゃんったら。ありがとうございます、大悟さん。嬉しいです」
はにかむ梓ちゃんは大悟が噛み噛みになるのも仕方ないくらい綺麗だった。着慣れているからか、所作というか空気と言うか、一つ一つがすごく様になっているしかんざしでまとめられたヘアアレンジも似合っている。
いやまぁちょっと涙ぐんでる大悟は確かにキモいけども。
ジト目で大悟を見ていたら、環ちゃんに脇をツンツンされた。
「あまねさーん。あの兄貴ですら誉め言葉が出てきたんですけど、私は褒めてもらえたりしないんですかね?」
「アッ!? ごめん! うん、すっごく可愛いよ!」
「うん。まぁ許してあげましょう」
にっこり笑いながら何故か頭を撫でられた。
解せぬ。
「それじゃあ出発……ってアレ? アルマは?」
「私の着付けを手伝えなくてガチで落ち込んでました」
「ああうん。お世話中毒だもんね」
環ちゃんの着替えを手伝うことができなかったのはアルマ的にはあってはならないことらしく、現在スマホに接続してあらゆる着替えの方法を習得中なんだとか。アルマのネットサーフィンを後ろから眺めてたら着物どころか世界中、古今東西の衣装に関する知識を集めていた。
「これで完璧です! お着物をお脱ぎになる際はぜひアルマをご用命ください! 羽生譲も真っ青な回転で帯を解いてさしあげます!」
「……回転?」
「はい! 帯をくるっと! 高速回転ですのでジャイロ効果で倒れることは絶対にありません!」
いや、アーレーは正式な脱がし方じゃないよ!?
というかそもそも高速で脱がそうとしないで! 帯がギュっとなってるしグルグルされたら気持ち悪くなっちゃうから!
「アルマ……分かっていませんね。アーレーはむしろゆっくりな方が良いんです」
環ちゃんがチッチッチッ、とわざとらしく否定するとおれをビシッと指さした。
「今夜あまねさんで実演するので学びましょう」
「ヴェッ!? なんでおれ!?」
「私がしたいからです! もちろん私もアーレーしても良いですよ?」
「あ、環おねえさま。それでしたら私と葵さんが先ほど練習しましたので志願いたしますわ! やる方もやられる方も!」
ああうん。そうだよね。着替え遅かったもんね。
というかそういうのは隠さなくて良いの?
流石に葵ちゃんは恥ずかしそうにもじもじしてるけれども、リアはどこか誇らしげだ。
「そのあと帯留めを使って動けないように結ぶところまでバッチリですわ!」
「……リア、あとでお仕置きね」
「そんな、環おねえさま……!?」
よよよ、と期待した顔でウソ泣きするリアを他所に、クリスを回収して出発だ。
「誰があまねを剥くかは話し合いね」
「全員やりたいのであれば終わった後にまたあまねさんに着てもらって──」
「それだと雰囲気が──」
「むしろアーレーよりその後美味しくいただく方を──」
いつから聞いていたのか、正妻の宣言によって剥く人は白紙に戻った。
それどころか皆で寄って集って不穏な会議まで始めてしまった。
梓ちゃんは大悟が隔離してくれてるからこの会話を聞かずに済んでるけど、貴女の妹も皆に混ざって相当な発言してますよ?!
というか!
なんで!
おれが剥かれるのは決定なんだよ!?
チクショォォォ!
「き、きもち悪い……!」
「回し過ぎ……です……!」
「気持ち悪かぁ……帯も帯留めもえずかぁ……」
「完璧です。このアルマの完璧な重心計算によって縛ったあまねお嬢様ならば二〇分ほど回し続けられることが実証されました」
「クリスぅ……帯留め解いてぇ……!」
「無理……私も……気持ち悪い……」
「アルマ……あとでお仕置きだから……うぷっ」
「な、何故ですか!? これでもまだ回転が足りませんか?! かくなるうえは三〇分越えを目指して――」
「環ちゃぁぁぁん! 止めて!! 全力で止めてぇぇぇぇぇ!!!」




