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◆052 根源

 降臨祭。

 あまね真教国にてそう名付けられた宴は、人々に幸福と笑顔をもたらした。地平の果てまで伸びるような大商隊を率いてあまね真教国に来た俺は、それをどこか他人事のように眺めている。

 連日連夜続く、おとぎ話にもないような宴の光景は、どうにも現実感がなかった。

 喧騒は大きくどこもかしこも無料みたいな値段で料理が振舞われている。

 子供も大人も。

 男も女も。

 それどころか、人も獣人も関係なく、皆が笑顔になっていた。

 飢えることなく、搾取されることもない。

 一時のものかもしれないが、確かにここには幸福が存在していた。


「おや、楽しめておりませんかな?」

「シンセロ高司祭。充分に楽しんでいるつもりですが、どうにも旅の疲れが抜けないようで」


 苦笑とともに言い訳を返すが、実際には何かがあるような気がして不安になっているだけだ。結局、この国に着いて一週間以上が立ち、祭りが始まっても何の異変も起こっていないので杞憂だと思いたい。

 何も、といえばシンセロ高司祭の言っていた『聖なる声』とやらも聞こえてこない。

 もしも聞ければ、それが『ガラスの君』のものであるかどうかくらいは判別できるというのに。

 内心でゴチャゴチャと考え事をする俺を見て、シンセロ高司祭は優し気に笑った。


「疲れが取れないのであれば、どうでしょうか。試しにあまね様に祈りを捧げてみては」

「祈り、ですか」

「左様。あまね様は『身体を癒し、心を救う』と言われております。この祭りのために粉骨砕身してくださったクリード殿にも、きっと加護がありましょうぞ」


 面倒くさい。

 相手が善意で言っているからこそ断りづらいというのが宗教のたちが悪いところである。俺は神なんて信じていないのだ。

 もちろん、『あまね様』が革命の夜に空を飛び回り、人々を癒して回ったという話は聞いている。実際に癒してもらった者もたくさんおり、皆が褒めたたえていたが、全員を一瞬で癒すならともかく、回復魔法を掛けてまわったとすれば奇跡というには少し弱い気がした。

 もちろん、この聖都中をまわったというのが事実ならば魔力量的に奇跡ではあるが。

 どう断ろうかと思案しているときに、それが始まった。


『――みなさん。敬虔なるあまね真教の教徒たるみなさん』


 声が、街を満たすように響いた。


「おお、『聖なる声』ですぞ!」


 一瞬にして喧騒が消える。

 見れば、道端を歩いていた者も、串焼きを頬張っていた者も、皆が膝をついて胸の前で手を合わせていた。座っている者ですら座った姿勢のまま手を合わせ、目を閉じている。


『皆さんにお願いがあります』


 間違いない、『ガラスの君』の声だ。


『あまね様の慈悲は感じておりますか? あまね様の慈愛は感じておりますか?』


 そこかしこで、是の声が挙がる。

 街についてから取引した相手に聞いたことだが、あまね様は実際に月夜を飛び回り、人々を癒してもらったんだとか。月夜に咲く大輪の華のような女神が、癒しの慈悲を降らせたのだと興奮しながら語っていた。


『あまね様は、今、この時もあなた方を救おうとしています。あなた方だけではなく、あらゆる人を救おうとしているのです』

「なんと慈悲深い……!」


 シンセロ高司祭が驚嘆の呟きを漏らす。


『あまね様は、邪悪を打ち払うために祈りを欲しています。――エッ、映像? 出来るの? ホントに? うん、じゃあお願い。――ごほん。あまね様が戦う邪悪の姿を、空に映します。邪悪の姿に怯えず、疑わず、あまね様に祈ってください。皆さんの信仰こそがあまね様の力となるのです』


 瞬間、空に巨大な樹木のモンスターが映し出された。

 神代の魔道具か、それとも奇跡か。

 大聖堂よりも大きな魔物の姿が、空に映し出されている。その姿は、まさに邪悪そのものであった。至る所から蔦を伸ばし、絡め取られた者達が苦痛に呻きながらぶら下げられている。みちみちと嫌な音がして人の身体がぐちゃぐちゃになった。力任せに捩じ切ったのか、血飛沫と臓物が飛び散った。

 幹の半ばから生える少女の上半身は、その血しぶきを受け止めるように浴びながら怒りと憎しみに満ちた表情でこちらを睨みつけていた。

 そして、少し離れてはいるものの、それに対峙する少女の姿も映し出される。

 あまね様だ、とどよめきが満ち溢れるが、そこかしこから生まれた声がそのどよめきを打ち消した。


「畏れるなッ! 畏れる暇があればあまね様に祈りを捧げるのだっ!」

「我らが女神に祈りを! 勝利を届けるのだ!」

「女神様! 負けないで!」

「祈れ! 祈るんだ! 我らが女神に力を!」

「あまね様に勝利を! 邪悪を打ち払うだけの力を!」


 シンセロ高司祭を始めとした宗教者が、そこかしこで叫びを挙げる。

 それに合わせるように、男が、女が、子どもが、老人が声を上げた。

 声は大きくなり、そして消える。

 後に残るのは、一心不乱に祈りを捧げる民衆たちだった。

 祈る。

 祈る、祈る、祈る。


『あまね様は、全てを癒し、救ってくださいます。祈ってください』


 懇願するような『ガラスの君』の言葉。

 シンセロ高司祭からの視線を感じて、俺も祈りの形を取った。

 別に信徒でも何でもないが、祈ったふりをするだけで揉め事が避けられるのならば、それもまた悪くはいないだろう。

 しかし、『ガラスの君』の必死な言葉。

 あまねとは一体どういう存在なのか。思いを馳せながら、目をつぶった。

 そして、最後に聞こえてきたのは、『ガラスの君』よりも幾分か幼さを感じさせる、澄んだ少女の声。さきほど映し出された、月光のような銀髪の少女のものだ。


『お願いします。皆さんの力を貸してください。皆さんの力が、どうしても必要なんです』


 シンセロ高司祭が頭を地面につけたまま怒鳴る。


「あまね様のお言葉だぞっ! 全員、祈れ!! 祈りがまだ足りないんだ!!!」



***


 スマホの充電部分に指を突っ込んだアルマが頷いた。

 異世界に向けた放送はここでいったん終了としたようだ。あとは、おれたちが生き残れたら(・・・・・・)お礼を言おう。

 たくさん、本当にたくさんお礼を言おう。

 決意しながらも自分の掌を見つめて、ぐーぱーしてみる。

 意識して感じ取ろうとすると、自分に何かが流れ込んできているのが分かる。これが、環ちゃんの言っていた向けられた感情なんだろうな。

 おれの存在も変質しているんだろうけれど、不思議と嫌な感じはしない。


「《結界》もあと10分が限界ですわ」

「こちらもその辺りが限界だと踏んでいる。呪符も魔力もなくなりそうだ」


 未だにメキメキと嫌な音を立てながら成長する《命枯らす樹》を見据えながら、皆が限界時間を教えてくれる。


「《月光癒》」


 試しにクリスに魔法を放つけれど、呪いが解ける様子はない。


「まだ足りないんですね。アルマ、出来る限り感情を集めて」

「了解しております。先ほどから、環様の命をこなすため、あらゆる手段を講じております」


 アルマは目を閉じてスマホの操作へと意識を集中している。これでダメなら本当に終わりだ。

 環ちゃんの命令に従ったアルマは、異世界との通信を行って環ちゃんの演説を放送した。それどころか、どんな改造を施したのか、50台のスピーカーを使って空中に《命枯らす樹》の映像まで映し出した。

 スピーカーにアキバのジャンク品を足すだけで空中に映像映すってオーバーテクノロジーにも程がある。

 だけど、今はそれがありがたかった。


「クリス」

「いい」


 謝ろうとしたおれを遮り、クリスはぽふんと抱きしめてくれた。呪いの《吸精》で辛いはずなのに、ちっともそんな様子は見せない。真っ白な顔で、しかし気丈に振舞う。

 ……駄目なのか。

 本当にもう手立てはないのか。


「ずっと一緒だ。最期まで」

「うん。ずっと一緒だ。例え何があっても」


 ぎゅっと抱きしめ返し、啄むように頬にキスを落とす。


「ルルも、です……!」

「ウチもおるけん」


 ルルちゃんと柚希ちゃんも抱きしめてキスをしてくれた。当然、抱きしめ返してキスも返す。環ちゃん、リアと続いてアルマにもハグをしようと向きなおったところで異変を感じる。


 ――力が。


 ――魔力が。


 ――人の想いが。


 溢れんばかりの感情が、おれの中で渦巻くのを感じた。今までとは比べ物にならない程の強烈なエネルギーが、おれの中へと注がれていく。

 変わる。

 変わっている。

 まるで進化するときのような、強烈な熱が身体を包む。

 手元に視線を向けると、おれの身体が光り輝いていた。


「……いったい、何が?」


 呟くような疑問に、目の前のアルマが戸惑ったような表情を見せる。


「ええと、俗語(スラング)でしょうか? てぇてぇ、とは何の符丁で?」

「てぇて、ぇ……?」


 異世界の人がそんな概念を知っているはずがない。

 そもそも、萌えなんて言葉も存在していないのだ。意味が分からずに眉根を寄せるおれをよそに、環ちゃんがアルマへと問いかける。


「……アルマ、もしかしてコレ(・・)ネットにも(・・・・・)流してる?」

「はい。可能な限り強い感情を、とのことでしたので、異世界だけでなく、ネット上の信者にも配信しております」

「エッ、アッ!?」

「さきほど、クリスお嬢様があまねお嬢様と愛を確かめられてから、急激に接続数が伸び、掲示板も今までにない速度で書き込みがなされております」

「嘘ッ!? 配信されてるの!?」

「あまね。嫌?」

「……ウーッ! 嫌じゃないけど! 嫌じゃないけどめちゃくちゃ恥ずかしいんだよ!」

「また、引退映像も加工して投稿しております」


 こそっと聞くと、引退動画をを切り貼りしして遺言にすら感じられるような動画を作ったらしい。頭を抱えるおれに、にんまりと邪悪な笑みを湛えた環ちゃんが近づいてきた。

 そのまま頬に口づけを行う。

 見せつけるように。

 スマホのカメラにばっちり映るように。


「チャンスですあまねさん。リスナーさん全員が限界オタクになるほど見せつけてやりましょう! 脱ぎますか!? それとも脱がせますかっ!?」

「脱がないよ! 何言ってるの!?」


 おれの反論に、くすりと笑う。


「良かった、元気になりましたね。私はリスナーさんたちに呼びかけます。あまねさんは解呪を」

「わ、分かった!」


 今ならいける気がする。

 全力全開、溢れるエネルギーをそのまま乗せて魔法を放つ。


「《月光癒》!」


 バシンッ!

 おれから溢れた紫銀の魔力がクリスを包むと、何かをひっぱたくような音とともにクリスを蝕んでいた呪いを千切り飛ばした。同時に、血の気をなくしていたクリスの顔色が良くなっていく。


「いけるっ、いけるぞ!」


 おれは魔法を連発した。

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