第九話 特異体質なんです だから最強にして最凶の聖女なんですよ
戦闘開始から15分以上が経過した。
賊達の被害は相当だ。
ユスティナに意識不明に追い込まれた者が5名。
殴って回復、殴って回復を繰り返され心が折られた者が4名。
もう半分近くが戦闘不能である。
死者が出ていないのは奇跡に近い。
途中から集団の利を活かして多少は粘るようになった成果か。
あるいは、単にユスティナが手加減しているだからだろうか。
「私は心優しい聖職者ですからぁ。命を奪ったりはしないんですよぉ」
確かにその通りではある。
だがその言葉がとても胡散臭く聞こえるのは何故だろう。
賊達の戦意低下は著しい。
けれど逃亡も許されない。
逃げた瞬間追いつかれるからだ。
背中から攻撃されればまさに一方的になる。
それならばまだ正面から立ち向かった方がましだ。
「く、くそっ、こんなはずじゃ」
「身体強化の呪文でもかけてるってのかよ、あの聖女は! なんて破壊力してやがんだ!」
「しかも全然ばてる気配すらねえ。あんなに動いてるってのに」
そうなのだ。
多人数相手に大立ち回りをすれば普通は疲れる。
傷は回復で治せるにしても、疲労は確実に蓄積されるはずだ。
なのにユスティナは軽快に動き続けている。
汗もほとんどかいていない。
「ほらほら、頑張ってくださーい。よだれたらして私に向かってきたあの威勢はどうしたんですかぁ? ニワトリより脳みそ軽いんですかねぇ?」
しかも煽りまくってくる。
賊達も男である。
こうまで女1人に舐められて黙っていられるものでもない。
「くそが!」とわめき襲いかかった。
「その意気ですぅ」
にっこりとユスティナは笑った。
やはりその動きは鋭いままだ。
多人数相手に優位を保てるのは卓越したフットワークの賜物である。
ユスティナの外見はただの年相応の女の子である。
筋力は平均的、骨格もごく普通だ。
スタイルはいい方ではある。
しかしこの高性能の身体能力を裏付けるものではない。
魔力燃焼。
ごく限られた人間しか知らないユスティナだけの特技であった。
† † †
どんな人間でも体内に魔力と呼ばれるエネルギーを持っている。
魔力の根源ははっきりとは分からない。
魂が生まれながらに保有する力とも、自然の恵みによる力とも諸説ある。
この魔力の保有量は修行で鍛えられるものではない。
個人差はあるものの成長するにつれ増加していく。
ならば個人が鍛えることが出来るのは何か?
魔力を使った魔術、あるいは特殊な技術である。
どちらも特定の手順、例えば呪文の詠唱や専用の道具を通して魔力をある現象へと変換する。
分かりやすいところで言えば魔術師の使う攻撃的な魔術だろう。
火炎を球状にしてぶつける火炎球、電撃を槍状にして投げつける紫電槍などだ。
これらは魔力を術ごとに決められた詠唱により、火炎や電撃に変換して使う。
しかしここに欠点がある。
魔力というある種の物質をまったく異なる状態の物質へと変換するため、どうしてもエネルギーロスが生じてしまうのだ。
他に方法が無いため仕方ないとはいえ、効率的とは言えない。
どれほど高位の魔術師であっても魔力のロスは40%以上になるという。
だがユスティナの魔力燃焼は違う。
そもそも魔力を他の物質に変換して使っていない。
ユスティナは彼女の魔力をそのまま自分の体で喰らうことが出来る。
先天的に体が自分の魔力と合うのだろう。
少し集中するだけで自分の魔力を体内で吸収出来た。
吸収された魔力は燃焼されて身体能力の底上げに使われる。
これが何を意味するか。
ユスティナは全くエネルギーロス無しで自分の身体を強化出来る。
身体強化の呪文を唱える必要も無い。
極めて高い効率性による筋力と運動神経の飛躍的増加。
ロスが無いことによる長時間の継続性。
この両方を兼備しているのがユスティナの魔力燃焼であった。
そして恐ろしいことに。
ユスティナの「人を殴った時の感触が大好きなんですよ〜」という性格はこの魔力燃焼と極めて相性が良かった。
しかも魔力燃焼の素質が開花したのは聖女の修行中だった。
「これってもう好きなだけ暴力を振るいまくって」
天賦の才に目覚めた時、ユスティナは喜悦の表情を浮かべた。
大きく空を仰ぐ。
「聖女として覚えた回復で敵を治して」
胸が高鳴った。
空はどこまでも青い。
まるでユスティナを祝福するかのように。
「また殴ることが出来るってことですよねぇ!? 夢の永久機関の完成じゃないですかぁー!!」
こうしてガルステン国の歴史において、最強にして最凶の聖女が生まれた。
† † †
いくら素早いといっても相手は多数。
攻撃をかわすといっても限界はある。
例えばユスティナが攻撃した直後。
一瞬の硬直時間に合わせて攻撃されれば、さすがに回避しきれない。
15分も戦えば、賊達でも何発かはヒットさせられる。
1対1なら圧倒的な技量の差があったとしてもだ。
しかしその攻撃が通らない。
「くっ、何で効かねえんだよ!」
「あなた方が弱いからではぁ?」
「おかしいだろうがっ。背中に短剣で切りつけてるんだぞ!」
ユスティナに煽られ、賊が思わずつっこんでしまった。
そうなのだ。
彼だけではない。
さっきからある程度攻撃は当たっている。
なのにユスティナに攻撃が通らない。
賊の短剣は確かに聖女の背中にヒットした。
けれど刃は皮膚まで届いていない。
法衣の布に強化が施されているわけでもなさそうだった。
何故そう考えるのか?
弾かれるのだ。
ユスティナの柔肌に。
「魔力燃焼すれば筋肉も硬化できますからねぇ。そんなちゃちな短剣じゃ届かないですって〜」
ユスティナはわざわざ説明してやった。
もっとも相手が理解しているとは思えない。
説明と共に正拳突きを叩きこんでいるからだ。
それも顔面、胸、腹へと3発連続で打ち分けて。
手応えあり。
拳に伝わった感触にユスティナはにんまりする。
満足感に浸ったまま、後方へくるっと振り向いた。
左手を掲げて防御の体勢を取った。
ゴツン、と重い棍棒の一撃が左手に当たる。
ちょっとだけ勢いに押された。
でもそれだけだ。
「惜しい、惜しい。もうちょい仕掛けが早ければ私の後頭部に当たられたかもですぅ」
煽りながらユスティナは右の横蹴りを繰り出した。
メキリという破壊音。
相手の左膝がくの字に折れている。
また1人、声にならない絶叫と共に地にひれ伏する。
「大丈夫ですよぉ。回復ならいくらでもかけて差し上げますから〜」
自分の楽しみの為なら努力は惜しまない。
ユスティナはそういう女であった。




